11話 Invite:お招き
昨晩は遅かったのに、早朝からかさねは練習に行ってしまった。
心愛は由美子の作ったお雑煮を食べると、
学校へ送り出された。
「おはよーございまーす。
おめでとーございまーす」
職員室に入ると、『さむいが優しい山田』がいた。
「おお。中井 心愛か。
おめでとう。今年もよろしくな」
山田は準備していたのか、美術室の鍵を渡してくれた。
「終わったら、ちゃんと戸締りしろよ」
「あ、はい」
「ああ? 中井ちょっとこい」
「はい」
少し近づくと、山田がこちらをまじまじと見た。
「おまえ、なんか変わったか?」
「い、いえ。ななな、何にもかわってません」
心愛は瞼を眼帯の上からぽりぽりと掻いた。
山田もぽりぽりと頭を掻く。
「そっかぁ・・・気のせいかぁ」
「は、はい・・・そうだと思いますぅ」
心愛は美術室に行って画材一式を手に取ると、
今度は音楽室に向かって歩き始めた。
フルートの音がだんだん近付いてくる
音楽室にかさねがいるのだ。
心愛がノックをすると音が止まった。
ドアが勢いよく開き、フルートを持ったかさねが姿を現す。
「なんだ。美術部か」
「は、はいぃぃ・・・」
かさねはつかつかと教室の中央に置いてある譜面台まで戻ると、
出入口で突っ立ったままの心愛を見てため息をついた。
「おまえは何なんだ。いったい。
何しに来たんだ」
「あ・・あのその、えっとですね」
「用件があるならさっさと言えよ・・・はぁ」
心愛はゴッホと由美子からお願いされた用件を思い出す。
意を決した言葉は、「ゴッホのごとく絵を描きたいんです」
という上昇志向丸出しの優等生の決意表明であった。
「お、おう。そうか・・・」
かさねは恋人同士の逢瀬を目撃したかのようにバツの悪い顔をした。
憐れむような恥ずかしそうな顔をしてこっちを見ないでくれ。
「美術部・・・もう少しちゃんと説明しろよ」
「あのですね・・・」
心愛は吹奏楽部が今年4月から張り出す新入生勧誘ポスターを
自分が描きたいと申し出た。
「松本部長に言われたんだな」
「な、なんのことでしょうか」
さすが吹奏楽部。肺活量には自身がおありのようで、
かさねはこれ以上ないほど長くて深いため息をついた。
「おまえは美術部で忙しいだろ。
わざわざそんなことに時間を使わなくてもいいよ」
かさねがちょいちょいと手招きをしたので、
心愛がおずおずと教室内に入った。
譜面台のすぐ近くに椅子を出すと、肩を掴まれて座らされた。
「まぁ、ちょっと聞いてけ」
かさねの演奏が始まった。
知っている曲もあれば、知らない曲もあった。
すごいすごい。キレイキレイ。
いつまでも聴いていたい。
一通り曲が終わると無意識に拍手をしていた。
心愛はスタンディングオベーションどころか、
ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んだ。
「す、すすすすごいです。かさね先輩っ」
「そうかよ?」
「そ、そうですよ! プロになれますよぜったいっ」
かさねが頭を掻く。心愛は今しかないと思った。
「私、最初は頼まれただけだったけど、
かさね先輩の絵が描きたいです」
かさねがにやりと笑った。
「やっぱり頼まれたんじゃないかよ」
「は、はい。すすすみません。
でも、だ、だめですか?」
かさねが立ち上がり、心愛の頭を撫ぜる。
「いいよ」
かさね先輩マジイケメン。
女子にも人気があるだろこれは。
それから2人は、楽器とキャンパスにそれぞれ向き合い、
自分がするべきことをした。ほとんど言葉も交わさなかった。
かさねの指はよどみがない。
美しい。なめらかで、綺麗で、それでいて力強い。
これほどの技術を手にするまでに、
どれだけの努力をかさねてきたのだろう。
素晴らしい演奏をしているのに、するかさねの表情は硬かった。
こんなに上手なのに、何でかさねは少しも満足していないのだろうか。
「~♪」
絵は、自分にとって何なのだろう。
絵を描くとき、心愛はさまざまな技法を使って、
目の前に見えるものをキャンパスに映し出す。
でも、ただそれだけではない気がする。
「・・・」
絵を描く。
深く、深く、風景やものと一体になって。
絵と一体になって。
そうすれば、心愛はいろんなことを感じられる。
いろんなものを感じながら、心愛は生きて行く。
それが自分にとっての絵なのかもしれない。
それなら。
ただ絵だけを描いてきた自分は、
少し間違っていたのかもしれない。
まだ仕上げにはほど遠いが、絵の輪郭が出来上がる。
いつの間にか、かさねが隣に立っていた。
「おまえには、こう見えるのか」
「はい」
2人は、しばらく絵を見ていた。
「美術部よぉ」
「はい」
「おまえ言ったよな? 音が悲しいって」
「・・・はい」
「正直いうと、あたしはずっと悲しかった」
かさねの声がしっとりと濡れていた。
だから心愛は絵から視線を動かさないようにした。
「死ぬほど練習して、松本部長のかわりにソロパートを吹いたんだ。
でも、それで、全国に行けなかった。
ダメ金だったんだ」
「き、金ってすごいんじゃあ」
「なんだとこらぁ」
「す、すすすすみません!!」
「ったく・・・金賞ってのは何校か選ばれるんだよ。
で、その中でもとくにうまいやつらが、全国大会に行けるんだ」
「な、なるほど・・・それでダメ金」
「そうだよ。あーくそっ。
こんなことになるなら。松本部長に任せれば良かったんだ。
最後に松本部長が吹いていたら、全国に行けたんだ。
こんなあたしが、部長になるなんて、許されないだろ」
かさねは由美子に申し訳ないと思っていた。
その後、由美子がどれだけすごいか、かさねは熱弁した。
「へー」
「ふーん。な、なるほどー」
相づちをしながら、心愛はなーんだ、と思う。
かさねは由美子が大好きなだけだった。
一通り話すと、心愛は音楽室から追い出された。
「今日はもう終わりだ。
それと、さっきのはぜったいにっ、松本部長には言うなよ」
ありがとうございました。




