10話 Cliffhanger:くりふはんがー
由美子お手製のおそばは非常に美味しかった。
かさねの希望ではあったが、心愛が一番喜んでいたかもしれない。
食器を片付けてすぐに、
買ってきた袋菓子とコーラの栓を抜いていく。
女子たちの食欲はムゲンなのだ。
由美子がトースターで表面を焼いたピザを持ってきたところで、
ソーニャのテンションがバク上がりする。
「わぁー! 待ってましたぁっ」
猿とオットセイを演じてからというもの、
ソーニャのテンションは少しアベレージを上げている気がする。
「おらっ。こぼすから、食う時は大人しくしろよ」
意外と世話焼きなかさねが、ソーニャの前で台拭きを往復させる。
はーい、とソーニャも素直に応じている。
あれ。
なんだろう、この感じは。
ピザは一瞬にして全員の腹に収まり、
今度はお菓子の食べさせあいっこが始まった。
かさねは嫌がったが、由美子にぽっきーを差し出されると、
頬を染めながらも応じた。
心愛とソーニャは互いに右手を差し出して、
スナック菓子を食べさせあった。
食べたことのある塩辛さだったが、
今日はいつもと違ってもっと塩分を感じた。
「あーこんなに食べたの、久しぶりー」
由美子がばんざいして床に寝ころんだ。
いつもはていねいな感じの由美子が
そんな姿を見せるのは初めてだ。
心愛は料理を頑張ってくれた由美子の仕事を減らすため、
さりげなくこたつの上のゴミや飲み物の整理をしていく。
すると、同じことを考えていたらしいかさねとばっちり目が合う。
おずおずと頭を下げると、かさねは少し口の端を上げて(!)
心愛の頭を撫でてくれた。
え。
ケンシロウが頭撫でてくれた。
あのコーラって、お酒入ってなかったよね。
トランプを取り出してきて、4人で大富豪をやった。
「なんかさ、楽しいねー。すっごく年末っぽい」
「そうすね」
「楽しいねーソーニャちゃん」
「はい。楽しいですっ」
素直に返事をしたソーニャの目の前で、
由美子が数字の揃った4枚を出した。
由美子があがってしまい、
眉間にしわを寄せたソーニャがにらみつける。
「あー!」
「油断した? ふふふ」
ソーニャの迫力ある視線を受けても、
由美子はまるで妖艶な魔女のように、不敵に笑っている。
さすが吹奏楽部で部長をしているだけはある。
年季がちがうのだ。
0時まであと5分というところになって5回戦目が終わった。
では結果発表。
最強なのはやっぱり由美子で、次点をソーニャとかさねが争い、
心愛は最初から最後まで大貧民のままだった。
ふぅー。
みんなの息がこたつの上で混ざる。
あと1分。
3、2、1。
掛け時計がポーンと小さな音を立てた。
淡々と古い一年が終わり、新たな一年が幕を上げた。
ちょっとした感動が心愛たちを包み込む。
しばしの時間をおいてから。
「・・・あのさ。かさねちゃん」
由美子が呟いた。
「はい」
かさねが返事をする。
「来年から部長になってくれない?」
「・・・」
目の前で、由美子とかさねの視線が交わる。
それは決して穏やかなものではない。
由美子がソーニャと心愛の方を向いた。
「3年生は10月にもう引退してて、
次の2年生から部長を選任しなくちゃいけないの。
選任は、3年生全員の意見が反映される。
年明けに人を集めて、みんなの前で発表するんだけど。
2年生は粒ぞろいで、それぞれのパートリーダーのだれがやっても
問題なく陽明の吹奏楽部の精神を受け継いでくれるって、
3年生の間では意見がまとまってる。
・・・でさ」
「それで、最終判断は、松本部長ってわけですか」
かさねが強く言った。
由美子は少し寂し気に頷く。
「一応みんなにも確認したよ。かさねちゃんでどうかなって。
みんな、ぜったい応援するって」
「自分には無理です」
かさねが首を振りながら立ち上がる。
さっきまでの優しい雰囲気は完全に消えていた。
「どうしても・・・?」
「どうしてもです」
心愛は最初、かさねのことが怖かった。
だってケンシロウみたいなんだもん。
だが彼女は、面倒見がよくて、実は優しいところもある。
そして細かい気配りもできる。
厳しいところはあるが、
だがそれも、強い部活には必要なもののような気もする。
あれ。
そうなってくると、かさねは部長として適任なのではないか、
という思いが強くなる。
きっと由美子もかさねのそんなところをしっかり見たうえで、
部長に推薦したいのだろう。
由美子の気持ちが、心愛にはわかるような気がした。
しかし、それなのになぜ、
かさねは部長推薦を断ろうとするのだろうか。
「私はかさね先輩、
部長に向いてると思いますけど」
ソーニャの言葉に、かさねの眉間がケンシロウのごとく盛り上がった。
「おまえみたいに見た目しか取り柄のないやつに何がわかる」
「ちょっと、かさねちゃん言い過ぎよっ」
由美子が立ち上がって、かさねの肩に触れる。
かさねの顔がはっと持ち上がって、
すぐにソーニャに頭を下げた。
「・・・悪かった。ごめん」
「いえ、私は全然」
由美子が苦笑いをして手を振った。
「私もごめんねー。
ここで言う話じゃなかったよね。
なんだか、雰囲気に流されちゃってぇ・・・」
「いいえ。自分はもう寝ます」
「あ・・ちょっと」
かさねが座敷から出て行くと、重苦しい沈黙が訪れた。
ソーニャはどこ吹く風でテレビを見ながらポテチをつまんでいるが、
心愛はポテチどころではなかった。
頬杖をついて、宙を見つめる由美子を垣間見る。
少しだけ目が合ってドキっとしたが、
由美子はただ笑っただけだった。
「あのね」
テレビの音に紛れるような声で由美子は言った。
「私とかさねちゃん。ちょっといろいろあって」
「・・・は、はい」
「いろいろといっても、トラブルとかそういうことじゃないの」
「は、はい・・・」
いつもは余裕がある彼女の瞳が揺れていたので、
心愛は頷くしかなかった。
「ソーニャちゃんの言う通り、中学の頃からフルートが大好きで、
陽明に入ってからも、ずっとフルート吹いてきた。
一年生からファースト(その楽器で演奏が一番うまい人)
だったのも本当。
好きこそものの上手なれ、っていうでしょ。
とにかく好きで、練習しまくった。
心愛ちゃんならわかってくれるでしょ?」
心愛は頷いた。自分も絵が大好きだ。
だからずっと続けられたし、少しは上手くもなれた気がする。
「2年生になった時、かさねちゃんが入学してきた。
かさねちゃん、私のこと中学の頃から憧れだったって。
それで陽明に来たって。びっくりしたけど、うれしかったなぁ」
きっと以前の記憶を思い出しているのだろう。
由美子の嬉しそうな視線が上を向いた。
「知ってると思うけど、かさねちゃんはすごく練習する子で、
めきめきと上達していった。
それで、一年後にかさねちゃんは私の次にうまい子になったの。
私だって負けないくらい、一生懸命練習した。
でも、最後のコンクールで、オーディションがあって、
かさねちゃんが私を追い抜かして、ファーストになった」
由美子が目尻を下げて、呼吸を整えた。
何かを覚悟するようにお茶を一口飲む。
「その時の自由曲にはね、ソロパートって言って、
フルートが1人で吹くところがあるの。
ほんの数秒だけど、私もふくめてフルートの子達はみんな、
それを吹くために1年間練習してきた」
「は、はぇ~・・・ほんの数秒・・・」
「そう。それを、かさねちゃんが吹くことになった」
由美子はどんな気持ちだったのだろうか。
きっと、めちゃくちゃ悔しかったに違いない。
「かさねちゃんったら、泣きながら絶対に全国に行くって。
金を取るって、約束してくれたの。
私も少し泣いちゃった」
「そう、なんですか」
「うん」
かさねが泣いているところなど想像もできないが、
尊敬する由美子を差し置いてソロパートを吹くことになって、
とてつもない重圧を背負ったに違いない。
「でも、だめだった。全国には行けなかったの。
金賞は取れたけどね」
金賞は取れたけど、全国にはいけなかった。
良かったけど、目標通りではなかったということだろうか。
心愛は何となくそう理解した。
「その日から、かさねちゃんは行き詰っているみたい。
練習は死ぬほどしているけど、前みたいに楽しそうじゃなくなった」
「そ、そう・・・ですか」
横を見ると、いつの間にかテレビを消したソーニャが
テーブルに突っ伏していた。
でも彼女は起きている。
心愛には気配でわかった。
「私はどうしても、かさねちゃんに部長をして欲しい。
あの子が部長になれば、陽明は全国に行ける。
・・・んだけど、どうもあの調子じゃあ受けてくれなさそうねー」
由美子が気の抜けた笑みを浮かべると、
キットカットの小袋を開けた。
半分に折って心愛にくれる。
いつもは甘いのに、なんだかほろ苦い。
「ごめんね。
こんな話聞かせられても、こまるよねー」
由美子は長いため息をつく。
心愛も一緒になって息を吐いた時だった。
「あ・・・・いいこと思いついたかもー!」
由美子が飛び上がり、心愛の両手を掴んだ。
ちょっとちょっと、急展開すぎるんですけど。
「ええ!?」
説明を受けた心愛は声を上げた。
寝たふりをしたソーニャが「ぶふ」と体を震わせる。
由美子の提案は、本当にろくでもなかった。
ありがとうございました。




