4. 香澄さんへの憧れ
「やっと終わったぁ~」
「お疲れって言おうと思ったけど、涼はほぼ寝てたからむしろ休めたんじゃない?」
「……たしかに」
入学式の後、教室でそれぞれの自己紹介等を済ませ、ようやく下校時間になった。
俺は愛花と海斗の2人と一緒にテニス部のコートのある運動場の方まで向かっていた。男子テニス部と女子テニス部のコートは隣同士なので向かう場所も同じになる。
コートに向かって行くうちに段々と練習を行うテニス部員たちの声が聞こえてくる。
「お、やってるね」
「すっげぇ! やべ、俺テンション上がって来たかも!」
海斗はテンションが上がっているようで俺の後ろで興奮が抑えきれずにピョンピョンと飛び跳ねていた。
打球音からして中学生のものとはまるで違う。重みのある音。
これが高校の、都内でもトップクラスの人たちの打球か。
自分がどういう高校に来たのかを今、ようやく実感できたような気がする。
もちろん練習について行けるのかという不安はあるが、それ以上にこの環境の中で練習していけば俺のテニスを成長させることができるというワクワク感で高揚している。
「俺たちはここの練習に明日から参加できるんだよな?」
「たしかそうだったはず」
明日から俺たちは正式に春風高校テニス部の一員となる。
俺たち3人が目をキラキラさせながら練習風景を眺めていると、テニス部員の1人が俺たちに気が付いたようで歩み寄ってくる。
俺たちは一瞬ビクッとしてしまったが、その人はニッコリと優しそうな笑顔を見せて話しかけてくれた。
「君たち、新入生かい?」
「「「は、はいっ!」」」
「ここにいるってことはテニス部に入る予定ってことでいいのかな?」
「「「もちろんですっ!」」」
「あはは、そんなに緊張しなくていいよ。それじゃあ、明日から参加するってことだね。よろしくね」
なんというか、とても優しい人だった。
この人が俺たちの先輩か。直感的にこの部活で上手くやっていけるような気がしたのは、この人が優しく接してくれたおかげなんだろうな。
その後もしばらく練習を眺めていたが、見れば見るほどハイレベルなテニスだと感じた。
それに、皆が同じ内容の練習をしているわけではなく、それぞれが苦手な部分の克服だったり、得意な部分をさらに伸ばす練習だったり、人によって様々だった。
それぞれに合った練習をすることで皆が成長していける環境になっているのだろう。
これが強豪校の練習なんだ。
「よし、良いもの見れてモチベ上がったし、俺は帰って筋トレするわ」
「おう、またな」
海斗は練習を見ていて自分も体を動かしたくなったのだろう。
駆け足で帰っていった。
「それじゃあ、私も帰ろっかな。涼はまだ残る?」
「うん、もう少しだけ見ていくよ」
「オッケー、それじゃあまた明日ね」
「またな~」
愛花も帰っていった。
愛花が見えなくなったのを確認してから、俺は体育館へと足を向かわせた。
なぜ、体育館なのかというと、テニスの練習を見学していた時から感じていたのだが、体育館からボールの音が度々聞こえていたのだ。
それの何がおかしいのかと思う人もいるかもしれないが、今日は室内スポーツの部活は休みのはずなのだ。それなのに、ボールの音が聞こえてくるのはおかしいのだ。
俺はその音の正体が気になったので、体育館へと向かったのだ。
「お、着いた」
体育館のドアが少しだけ開いているのを確認した俺は、その隙間から中を覗く。
「あ、あれは……」
体育館には、1人の女性の姿があった。
それは、香澄さんだった。
1人で何度も何度もサーブを打っていた。
このまま覗いていたら変人だと思われてしまうかもしれないので、俺は声を掛けることにした。
「香澄さん、1人で何してるんですか?」
「え!? 涼くん?」
「体育館からボールの音が聞こえたので気になって来ちゃいました」
香澄さんは少し息が上がっていた。
部活は休みなのに1人で結構ハードなトレーニングメニューをこなしていたのかもしれない。
「涼くんはこの時間まで何してたの?」
「テニス部の練習を見学してました」
「そうだったんだね。どうだった?」
「めっちゃ良い刺激受けました。明日から参加できるので楽しみです!」
「それは良かった。それじゃあ、もう少しだけ待っててくれる? あとちょっとサーブの確認したら終わるからさ」
「はい、わかりました!」
俺に気を遣ってくれたのか、元々もう少しで終わる予定だったのかは分からないが、香澄さんはあと少しだけサーブの確認をしたら終わるようだ。一緒に帰ってくれるってことだよな。内心、結構嬉しかったりする。
だけど、それ以上に香澄さんの練習風景に目を奪われてしまう。
俺はこれまでずっとテニスをしてきているからバレーについては詳しいわけではないが、香澄さんの放つサーブはとても美しく見えた。
無駄な動作が一切ない、完璧なフォーム。
もしかしたら、本人は納得していないのかもしれないが、少なくとも俺にはこれ以上のサーブがあるとは思えないほどに美しいと思った。
香澄さんは何度サーブを打とうと、1本たりとも手を抜いていないのが俺からでも見て取れた。
「かっこいい……」
俺は自然とその言葉を口にしていた。
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