78.アベルくんとトラウマ。
78.アベルくんとトラウマ。
雪山から立ち上がった王子はスッと俺に剣を向ける。
俺はそれを見て恐怖で歯を鳴らす。
怖い!叩かないで!斬らないで!
フラッシュバックが目の前を占める。
物心つく前から殴られていた記憶、カッターのようなもので背中を切り刻まれた記憶。
前世の記憶で目の前が真っ暗になる。
俺は及び腰になっていたんだろう、足元もおぼつかない。
もう、なにがなんだか分からなくなっていたその時、ドン!!と誰かが体当たりしてきた。
俺と当たってきた人物はよろめきながら転んだ。
なんだ?何が起きた!
俺は必死に現状を知ろうとするが、恐怖の方が先に立つ。
「痛い!!」
と、いう女の子と声とともに、金属がキン!と石に弾かれたような音がする。
痛い?
誰だ?
この香りはロッティー?
意識がハキッリするとロッティーが俺を守るように覆いかぶさっていた。
ロッティーの脇から見えた王子はロッティーにも目をくれず、剣を振り上げる。
このままじゃロッティーが斬られる!
「オスカー止めなさい!!」
王妃の切迫した声が聞こえる。
王子はそのまま剣を振り下ろした。
「ド畜生が!!」
俺のトラウマがごっそり目の前から消えて行く。
その途端、自分の首の下、鎖骨の上の当たりで、魔素タンクになっと時と同じようにニキビが潰れるような音がした。
すると、今まで体内だけでたまっていた魔素が、頭にまで溜まり始め、目の周りまで覆った途端、すべてがスロー再生になっていく。
俺は気が付くとガストーチ魔法を使っていた。
いや、色が違う、青白い炎ではない、まばゆい黄色の炎。
剣のように伸びたそれの周辺は、雪山周辺の水を蒸発させながら陽炎になって行く。
その炎の刃を、振り下ろされた子供用の剣の刃の根元に合わせていく
ヌルっとした感覚とともに、王子の剣が根元から切れる。
魔法が触れたその剣の根元は、溶岩のように赤く、水あめのようにただれていた。
何故かうずくまっているロッティーを引きはがし、ロッティーの足元を見ると、さっき振り下ろした剣が当たったんだろう、左足のふくらはぎの皮がペロンと剝けて肉が見えていた。
俺は茫然とこちらを見ている王子を睨み、本気で殺してやろうかという思いを押し止め、王子の頭全体を酸素で覆い魔力固定、次に酸素を抜いて魔力操作で固定する。
こうすることで、王子の頭部の周りは真空状態になった。
俺を見つめ呆然としていた王子は、少し苦しそうに藻掻くと昏倒し、倒れ掛かった。
その王子を俺は受け止め、その場で寝かせ、俺は魔力固定を解いて王子の呼吸を正常にする。
「オスカー!」そう叫びながら王妃は駆けつけ王子を抱き上げる。
俺はその親子を横目に、血まみれになったロッティーのふくらはぎの剝けた皮と肉を生成した水で洗い流す。
「アベル!オスカーは平気なの!?」
うるせーな!
俺はロッティーの治療で必死なんだよ!
俺は上着を脱いで、シャツの袖を炎を使いながら引きちぎり、包帯にしてロッティーの皮と肉を重ね合わせる。
包帯代わりの袖でふくらはぎを縛り、ひと段落着いてから俺は言った。
「王子には危険な状態でしたので昏倒して頂きました。しばらくすると気が付かれると思います。こちらも遊び過ぎました、申し訳ありません。王妃様、出来れば姉のために治癒魔法士を呼んでいただけると嬉しいのですが。」
アンネもいなし、ましてリーサの奇跡なんて使えないしな。
「わかりました。治癒師を呼びなさい!」
メイドに向かって王妃が叫ぶ。
「シャーロットには申し訳ない事をしました。痕が残らなければ良いのですが。」
王妃は心配してくださるが、今はそこじゃない。
「王子はこんな暴走が今まであったのですか?」
俺は率直に聞いてみる。
「いえ、少し傲慢な態度や粗雑な部分はありましたが。」
少し?まあいい。
「他人に向けて殺気を放ち、あまつさえ剣を振り下ろすようなことは…」
催眠やマインドコントロールの類か?
また厄介な。
「呪術的な何かに掛けられているのかもしれませんね。」
「呪術?アベルはそのようなものに詳しいのですか?」
「いえ、そのようなことはありませんが、剣を向けられた身からしますと、無邪気だった6歳の王子が放つ殺気ではなかった様に思います。まして、あれほど妃に欲しがっていた姉を、巻添えに害しようとするとは到底思えません。何かが裏で操っているのではないかと愚考いたします。これが、王や王妃、王女にまで向けられたらと思うと気が気でなりません。」
嘘だけど。
でも、考えられることは⋯
「オスカーを使って謀反を目論む輩がいると?」
王妃が俺の思っていたことを言ってくれる。
「私は子供ですから、迂闊なことは申せませんが、もし本当に王子に術のようなものが掛かっているのならば、あるいは…」
「そうですね。これは詳しく調べる必要があるかもしれません。しかし、本当に申し訳ありません。女の子に傷をつけるなんて。ローランド卿にもアリアンナにもなんと申し開きしたらいいかわかりません。」
俺に謝れても困るんだ。
ロッティーと両親にしてくれ。
「私は平気です。アベルを守ることが出来ただけでも嬉しいくらいですから。」
あれ?ロッティー、起きてたの?
まったく、うちのお姉ちゃんたら、優等生なんだから。
「姉さん、動かないでね。固定した皮が剥がれちゃうから。」
「はい、私の可愛い弟の言うとおりにします。」
「よろしい。」
「ふふふ」「ハハハ」
なぜか可笑しくなって二人で笑いあう。
「あなた方兄弟は強くて仲がいいわね。うちの子たちもそうあってほしいものだわ。」
王妃はしんみりした様子で、独り言のように語った。
「王妃様の愛情はきっと届いています。その証拠に、ほら。」
ロッティーが示した先に、オリビアが居た。
どうもオスカーが放った殺気に気圧されて、メイドの後ろで泣いていたらしい。
そのオリビアが、自分の母親に駆け寄り縋り付いた。
「王妃様、治癒師が到着いたしました。」
「ではこちらに通して。」
メイドの案内で治癒士がこちらにやってきた。
「王妃様、お怪我をなさったのはこちらのお嬢様ですかな?」
「そうです、ふくらはぎの皮がむけた状態になっています、早く見てあげてください。」
「ではさっそく。」
治癒士は俺が施した包帯代わりのシャツの腕を丁寧に剥いていき、怪我をした部分を露出させた。
「ふむ、適切に処置がしてありますな。これなら綺麗に治るでしょう。」
「そうですか、ではお願いします。」
「では。」
そう言うと、治療師は怪我に向け両腕を伸ばし、両手に魔力を集中させる。
集中させる?
あれ?なんでそんなものが見える?
自分の魔力は陽炎の様に立ち上る感じで今までも見えていた。
他人の魔力は初めて見えた。
さっき起こった、魔素が頭部まで流れ込んできた現象の所為か。
ようわからん、検証していかなければ。
とにかく治療の方だ。
治療師の手からはやはり陽炎のように魔力が湧き出ている。その湧き出た魔力を魔力操作によって、ロッティーのふくらはぎ全体に纏わりつかす。
ふくらはぎの肉の方からジワジワ水分がにじみ出てきているような?
血小板ちゃん!?
か、どうかはわからんが、その液体が介在して細胞が活性化しているように見える。
みるみる剥がれた皮膚がふくらはぎにくっ付き、端の部分も張り付いて行く。
そう言えば、アンネの様に「治れ、治れ」って言わなくてもいいのな。
あれはリーサがふざけて教えたのか?分からんけど。
そうこうしているうちに皮膚は張り付き、端の部分だけちょっと白く盛り上がった程度になっていた。
治療師は魔力を止め
「王妃様、端の白い盛り上がりはすぐ消えると思います。以上で治療は終了となります。」
「そうですか、ご苦労様でした。」
王妃がそう言うと、治療師は立ち上がり恭しくお辞儀をすると庭園から出て行った。
「姉さん、綺麗に治ったよ。」
「うん、もう痛くない。」
「よかった。僕も最初ふざけなければこんな事にならなったかもしれない。姉さん、ごめんなさい。」
「いいの、アベルが無事だったし。」
「うん、助けてくれてありがとう、姉さん。」
脇で俺たちのやり取りを見ていた王妃が何故か涙ぐむ。
「良かったわ。シャーロット、本当にごめんなさいね。」
謝罪し、頭を垂れる王妃を見て
「王妃様、お顔をお上げください。私はお陰で直りました。アベルも元気です。王妃様が私たちのことで気に病むことはないのです。むしろ王子様の事をご心配成された方がよろしいかと思います。」
そうロッティーは王妃を気遣った。
そういや、そこに転がっている王子のことをすっかり忘れていたよ。
どうしたもんかね、あいつに頼むしかないか。
あれならマインドコントロールであれ呪詛であれ解除できるだろう、曲がりなりにも神様だからな。
「王妃様、王子の精神面で頼りになるであろう人物を知っているのですが。」
「それは誰です!」
いや、美人さんがそんなに食い気味に来られるとちょっと引く。
「フェアリー族のリーサというものが私たちと一緒に首都入りしました。私の命の恩人でもあり、この手の呪術的なこともおそらく通じていると思われますので、一旦も戻って相談しようかと思いますが、如何でしょう?」
「まあ、フェアリー族の方ですか。そのような希少な方が一緒に来られていたとは。ぜひ取り次いでいただけますか?」
「承知いたしました。ただ、こちらに来てから別邸を離れあちこち寄り道をしているみたいなので、別邸に帰って来しだいお城に先触れを出そうと思います。それでよろしいですか?」
リーサは最近フラフラどっか行っちゃうんだよな。
高次元まで行っちゃうからたちが悪い。
神様同士の付き合いでもあるのかね。
「はい、それで構いません。リーサ様のよろしいようにとお伝えください。」
「わかりました。」
とりあえず別邸に帰ったら、リーサを押さえておかないとな。
なんて思っていたら。
「うーん…」
と、呻きながら王子が目を覚ました。
ここまで読んでいただき、有難うございます。
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