77.アベルくんと城の中庭。
77.アベルくんと城の中庭。
王を追っかけようと扉に向かおうとしたら、メイドさんに止められた。
「お嬢様とお坊ちゃんはこちらにおいでください。」
そう言われ、促された扉の方に向かう。
「父さんたちは?」
俺はメイドさんに聞いてみた。
「辺境伯御夫妻は両陛下と宰相様を交え会談なさるそうです。お坊ちゃま方には王子様と王女様にお目通りをとのことですので、そちらにご案内いたします。」
と、立ち止まってメイドが簡潔に説明をした。
「わかりました。それでは案内を続けてください。」
ロッティーがメイドに対して案内を促す。
大人だけで会談をして、子供たちで親交を育めという事ね。
俺たちが居たら混ぜっ返すとでも思ってんのかね。
くだらなかったら混ぜっ返すが。
しかし、クソめんどくせー!
と、言ってもこれも務めか。
ロッティーも腹をくくったらしいし、お姉さまの迷惑にならない程度の対応はしないとな。
カーペットの敷いてある廊下がいつの間にか石畳へと変わった。
そして前を歩くメイドの頭の向こうに、花々の咲くアーチが見えた。
どうやらここが目的地のようだ。
アーチをくぐるとそれはそれは立派な庭園が目に張ってきた。
ヴァレンティア城の中庭も負けたないと思うけど、こっちはスケール感が違う。
広いから、空間をふんだんに使っている感じがする。
うちのビル爺が作る庭園はここまでのダイナミックさはないが、緻密な計算がなされている。
なんて、よく分かっていないんだけどね。
感想だよ、感想。
目の前を見ると数人のメイドに囲まれた二人の子供がいる。
そりゃいるよな。
ん?もう一人、あれはクラウディア王妃か。
あれ?会談なのでは?
などと考えていたら
「ヴァレンタイン家のお二人をお連れしました。」
と、メイドが既に居た3人に報告をする。
「ありがとう。よく来たわね、シャーロット、アベル。」
そう言って微笑むのはクラウディア王妃だ。
「お呼び頂き有り難うございます。王妃様。」
先に姉であるロッティーが挨拶をする。
続いて俺が
「有り難うございます。」
と、軽くお辞儀をする。
王妃は俺たちのあいさつを満足そうに聞き終えると
「紹介するわ。二人ともこちらに来なさい。こちらの男の子がオスカーよ。今は6歳ね。そしてこちらの女の
子がオリビア、4歳になったのよね。さあ、二人ともこちらのお客様に挨拶をしなさい。」
「貴様らが、ヴァレンタイン辺境伯領で至宝と呼ばれている子供らか。私がオスカー・ノヴァリスである。良しなに頼む。」
6歳の癖に尊大な挨拶しやがって、後で絞めてやる。
王子のあいさつを聞いた王妃の眉間に皺が寄ってる。
この人はやはりまともなんだな、王もこんな感じじゃなかったし、となれば取り巻きか。
「私は王女のオリビアです。ようこそいらっしゃいました。」
こっちはまともだ。
おっと、お次はこちらか。
「オスカー王子様、オリビア王女様。私はローランド・ヴァレンタイン辺境伯が息女、シャーロット・ヴァレンタインと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。」
ロッティーは口上の後にちょこんと可愛いカーテシーをした。
おい、オスカーの奴、ロッティーのカーテシーを見て顔を赤らめてなかったか?
色気付くには10年早かろう。
「はじめまして、私はローランド・ヴァレンタインの息子、アベル・ヴァレンタインと申します。よろしくお願いします。」
俺は普通に頭を下げた。
フォーマルな場じゃないしね、最敬礼じゃなくてもいいだろ。
「あなた方見ましたか、これがフォーマルなご挨拶です。ヴァレンタイン卿は本当に良く教育が行き届いていますね。先ほど私は恥ずかしくなりましたよ。ねえ、オスカー。」
「何が恥ずかしかったというのです?お母さま。」
オスカーが王妃に聞く。
「あなたの尊大さです。もう少し歳相応に気持ちを抑えないと、周りから人が居なくなってしまいますよ。」
王妃ったらしっかりしたお人だ。
「周りの者は、いずれ王になるのだから威張っていた方が良いと言っていました。それが間違っているという事ですか?」
やっぱり取り巻きか。ガキに気持ちよくなるよう吹き込んで、後からいろいろ誘導させようとしているんだろうな。
「あなたはまだ王太子としての指名を受けていないんですよ。あなたより遥かに優れた人はいくらでも出てくるものです。そのような気持ちでいると、優れた人たちに王位を譲らなければならなくなりますよ。」
王妃は王子を懸命に諭す。
この国は一応王の長子が王太子になる。
が、何らかの事情があった場合、王が他の者を王太子として指名できる制度がある。
ノヴァリス王が存命中の頃から制度として定められていたから、彼が作ったものなのだろう。
まあ、王の目から見ても、どうしようもない長子を切り捨てる策を先に講じたってところなんだろう。
王たち自身がうまく育てればいいだけなんだが、取り巻き達によって歪められる今回のオスカーのような例が出てくるからな。
まあ、俺には関係ない話のはずだが、嫌な予感がする。
「では私が尊大であれば、他の誰かが王太子になるのですか!?」
子供としては思い通りにならなければすぐに動揺してしまうのも仕方ないか。
「あなたがこれからしっかり民のことを考えながら生きて行けばそんなことにならないわ。その前に、年の近いお友達と仲よく遊ぶことよ。シャーロットとアベルはとても頭がいいから、オスカーとオリビアのいい刺激になると思うわ。」
「お母様、こ奴が私の代わりの王太子なのですか?」
俺を指さし、わけのわからんことを叫ぶオスカー。
ふぁっ!なんですと!どこからその発想を持ってきた!このガキは。
「あら、さっきオリビア王女との縁談を陛下がとりはかろうとしていたわ。アベルが王太子になるのかしら。」
ロッティー、何言ってんだよ。場をかき乱すな。
「わ、私の旦那様ですか!」
ほら、王女の目がまばゆく輝く。
女の子は歳の大小に限らず、この手の話題には食いついてくるからな。
「妹を嫁に貰い、あまつさえ王太子の座まで奪うだと!」
オスカーが俺を指さし、憤った様に怒鳴ってくる。
「はい、はい、さっきの王の発言は冗談の域を超えないからね。姉さんも煽るようなことを言わないで。」
俺はこの場を治めようと発言した。
「お父様の冗談だと…」
オスカーの興奮がちょっと収まる。
「そうですよ、私と家族へのちょっとしたリップサービスのようなものですよ。それより私の姉が王太子妃になる方が妥当とも思えるのですが。
からかわれたんでね、ちょっとロッティーをからかってみよう。
ロッティーが
「むぅ!」
と言いながら、こちらを睨むが気にしない。
「本当か、其方、私の妃になってくれるか!」
オスカーのテンションがまた上がる。
こいつはボイラーより温度の上げ下げが激しいな。
「アベル、あまりオスカーをからかわれては困りますよ。ねぇ、シャーロット。オスカーまだ決まってもないお話に、あまり気分を高揚させてはいけませんよ。何事も冷静に、それが為政者としての心構えです。」
「なんだ、まだ決まっていないお話でしたか。アベル、貴様俺を謀ったな?」
またオスカーが口をはさむ。
「いえいえ、お似合いだろうなと思っただけですよ。弟の私が言うのも憚られますが、姉は美しいですからね、オスカー様にお似合いかと思っただけです。しかし、まだ私やオリビエ様も含めてまだ幼い。このような話はしない方がよろしいのでしょうね。王妃様。」
「まあ、アベルったら、私を美しいだなんて言って。あとでお菓子あげるわね。」
うちの姉は相変わらず俺にはちょろい。
「そうね、早い家ではあなた方くらいの都市で婚約が決まってしまう所もあるのだけど、王家の嫁を選ぶとなると、騎士学校や魔法大学校を卒業してかしらね。」
クラウディア王妃はあくまで優しく静かな口調だ。
「そうか、では私が騎士学校を卒業した暁には、シャーロット嬢、其方を迎えに参るからな。」
シャーロットを指さし高らかに宣言をするオスカー。
こいつ本当に惚れたのか。
「ええ、いいですわよ。その代わり、魔法と剣と学力において、アベルより下の者と結婚は致しませんの。そう心に決めておりますので。」
また、余計なことを。さっきの意趣返しか、困った人だよ。
「まあ、今から楽しみね。オスカー、勉強も魔法も剣術も頑張らねばなりません…剣術も魔法も?アベルは可能なのですか?」
あ、クラウディア王妃が気がついちゃった。
この世界では、魔法と剣術は両立しなというのが常識だからな。
それを子供が覆そうとしているというのは、奇異に映るだろう。
「いえ、剣術は祖父に教わっていますが、まだ形と素振りしかしておりませんので。魔法は母から教わりまして、今はイメージと魔力操作の訓練に勤しんでいます。両方できるのかとのご質問でしたら、鋭意研究中としか申せません。」
俺は俺の現状を率直の王妃に伝える。
隠しても仕方ないからね。
「ふむ、研究中ですか。それは可能であると踏んでいるわけですね。」
王妃が食いついてくる。まあある程度、ロッティーと俺の特殊性は耳にしているだろうから、興味を持つのも仕方がないか。
「はい。私は可能であると信じております。彼の英雄王様が可能にしていたと、文献に乗っておりましたので。もちろん英雄王に近付こうだなんて滅相もない話ではありますけど。」
俺は胸中を打ち明ける。ここら辺は正直言うことで、失敗してもやっぱりかで済むもんね。
「これはうかうかしていられませんよ、オスカー。剣と魔法が可能ではなくても、アベルの教師は「剣では無敵の元近衛騎士団長エドワード」魔法は「お転婆魔法使いの二つ名持ち、元A級冒険者のアリアンナよ。超一流の二人がアベルの先生だもの、あなたもいい先生を見つけて今から修練しないと追いつけないわ。」
ああ、お転婆魔法使いはいまだに言われるのか。
母さんも難儀なものだ。
「アベル。そんな有能な家庭教師を二人も!貴様ずるいぞ!」
俺を指さし、また興奮し家事めるオスカー。
「いやいや、うちの祖父と母ですから。ずるいとか言われても手近に居たら、そうなるのは必然でしょ?」
こいつ面倒くせぇな。
「祖父と母か。それは凄いな、お前のうちは。確かローランド卿も元A級冒険者だとか。うむ…」
「そうですね、うちは王家と比べるべくもないですけど、恵まれた環境であるとは思っていますよ。姉も勉学と魔法でも優秀ですしね。」
本当に恵まれているんだよね。国境沿いという立地以外は。
「アベル様、魔法をお使いになれるのですか?」
この可愛い質問はオリビア王女だ。
今までの切迫したやり取りの緩衝材になってくれるね。
「使えますよ。簡単なものだけですけど。では姉と二人で面白い魔法を見せましょうか。」
そう王女に告げるとロッティーに目配せをする。
ロッティーは首をすくめやれやれという感じだ。
「王妃様、お見せしてもよろしいですか?」
俺は王妃に許可を取る。
魔法は危険だから、なにが起こるかわからない。
この場の責任者に許可を取るのは必要なことだ。
俺では何かあってもケツは拭けんしな。
「許可します。」
王妃は微笑みながら、そしてちょっと楽しんでいるような顔で微笑んだ。
「それでは失礼して。」
そういうと、俺は両手を腰の高さまで持ってきて、手のひらを上に向ける。
そしておもむろに両手からファイアーボールを二つ出現させた。
お会い向かいに立っているロッティーも同じくファイアーボールを発生させている。
俺たちは同時にファイアーボールでお手玉を始める。
二つのファイアーボール度手玉をしつつ、もう一つ増やし、三つでお手玉が始まる。
「はい!」
と俺がロッティーに声を掛けると、二人同時に右手にあったファイアーボールをアンダースローでゆっくり投げる。
これは息が合っていないと危ないんだよね。
そして六個のファイアーボールをロッティーと二人で受け渡しながらお手玉にしてしまう。
数回やって、ロッティーが頷く。
俺は
「はい!」
と叫んで、すべてのファイアーボールを上空にあげ、魔法変換で雪に変えた。
きらきらとした雪の粒は地面に積もる前には気温で消えてしまった。
水びたしってこった。
そして俺とロッティーは見学者の皆さんに軽くお辞儀をした。
王妃と王女は惜しみない拍手をくれている。
王子はなぜか茫然自失だ。
周りにいたメイドさんたちも喜色満面で拍手を下さった。
「凄い!!凄いです!お二人とも!」
オリビア王女は大興奮。
「見事な魔力操作と魔法変換ですね。さすがアリアンナの指導が行き届いた賜物ですね。」
一方、王妃は落ち着いた感想をくれる。
俺とロッティーは、お辞儀をしながら
「お褒めの言葉、痛み入ります。」
と返した。
「オスカー、このレベルに今から達するのは容易なことではありませんよ。大丈夫ですか?」
王妃は優しくオスカーに問う。
「お母さま、素晴らしい。いや、素晴らしかった。シャーロット、どうしても私は其方を妃に迎えたくなった。私も学問に、剣術に、魔法に奮起すると誓う。アベル、今日から貴様はライバルだ、負けんぞ!」
王子はまた興奮気味に俺を指さし、叫んでいる。
ほら、言わんこっちゃない。ロッティーが余計なことを言うからだ。
「お断り申し上げます。」
俺はにべもなく断った。
「なぜだ!」
王子は激昂する。
「そうですね、私自身は、王子様と王女様には臣下として、また友人としてお付き合い願いたいと愚考しております。それ以外の役目とならば、いささか私にとっては重荷となりますので、どうかお許し願いたい。」
こういう輩はハッキリ断らないと言うことを聴いてくれないものだ。
「しかし、シャーロットは貴様に勝たねば嫁に来ぬと言ったぞ!」
誰だよ、こいつ躾けている奴は。あからさま失敗作だろ、礼儀作法役は首だ首。
「わかりました。我々が成人しているのを待っていると、姉は私より5歳上ですから20歳になってしまいます。それではすでに行き遅れ、姉に申し訳が立ちません。ですので、今勝負をしましょう。」
めんどいから、早めに決着が良かろう。
「よし、あい分かった。その勝負受けよう。して、どのようにする。」
「そうですね、私は魔法で、王子は魔法をお使いになられますか?」
「私はまだ魔法は使えぬ。」
「それではその吊るしている剣でよろしいですよ。」
「貴様、馬鹿にするなよ、これは子供用に短いとはいえ、ちゃんと刃が付いているのだぞ。」
「馬鹿にはしておりません。真剣でも挑まなければ、家族に申し訳が立ちますまい。王妃様、よろしいですか?」
「ここまでなっては止めようがありませんね。回復魔法で治らぬようなことにはならないようにしなさい。少し痛い目にあった方が薬になるでしょう。」
「はっ、なるべく怪我が無きようにいたします。」
と、俺が王妃に挨拶していると
「おーい、こちらが広い、ここでやるぞ。」
と、自分の母親そっちのけで、勝負の場を選定する王子。
王妃も苦労するね。
俺は王子の元へ歩いて行き、そして対峙した。
「貴様、ちと遠いぞ!」
王子が叫ぶ。ホントこいつうるさい。
「私は魔法ですから、少し距離を開けないと。ハンデくらいくれるんでしょ?」
いくら子供相手でも剣の間合いでやれるかよ。
「ふん!あい分かった。いいだろう、ハンデをやろう。」
単純で助かる。
「ではこの銅貨が地面に落ちら始めましょうか。」
俺はポケットから銅貨を取り出す。
「コインが地面に落ちたらだな。いいだろう。」
「それでは行きますよっと。」
そう言って俺は右手の親指で、銅貨を真上にはじいた。
キィンと金属音がなると同時に俺は右手で大きく円を描く。
すると描いた右手を追いかけるよに、ファイアーボールが出現する。
「うぉりぁああ!」と、気合を入れた声を上げながら、王子が走ってくるのはわかるが、それはそれを無視して円を完成させる。
円の中心に右手を置きパッと手のひらを広げると、中心から円に向かってすべてファイアーボールで埋まり、数十個で出来たファイアーボールの盾が出来上がる。
そしてそのまま腕を突き出すと、ファイアーボールたちが前に進む。
それだけで王子の気合と、駆けてくる足音が止まった。
「貴様!ズルいぞ!!」
王子が叫ぶ。
気持ちはわからんでもないが、勝たせるわけにもいかない。
「対魔法戦にズルもなにもないですよ。」
ないよね?ね。
「では行きますよ!」
俺はそう言って指をパチンと鳴らす。
「アベル!」
王妃とロッティーの声が重なる。
「兄さま!」
王女も叫ぶ。
そんな危ないことしないよ。
俺は魔法変換でファイアーボールをすべて雪玉に変え、魔力操作でもってすべての雪玉を王子にぶつけていった。
「いた!うぐっ!」
などと呻いたり叫んだり騒がしかった王子が黙ったと同時に雪玉もなくなる。
王子の方を見ると、しゃがんだまま雪玉を受けたんだろう、小さな雪の山が出来ている。
「仕方ない、助けてやるか。」
俺は誰にも聞こえない小さな声で呟き、その雪山に近付いた。
その途端。
ザバッ!!
っという音とともに、雪山から剣が付きだされた。
それと同時に、俺に向けられた気配。
6歳とは思えない殺気。
ハッキリと俺を殺すために向けられた刃。
家族の前で辱められた羞恥がそうさせるのか、年下の俺にやり込められた悔しさがそうさせたのかわからない。
ゴソゴソと雪山から出てきたそれは、殺気を纏った武人、そのものだった。
ここまで読んでいただき、有難うございます。
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