76.アベルくんと白亜の城。
76.アベルくんと白亜の城。
来ちまったよ。登城する日が。
まあ、父さんたちは必要な行事で、俺はお味噌みたいなもんなはずなんだけど、王子や王女が居たら、相手をしなければならないらしい。
おそらく向こうも辺境の田舎者の相手をしなければいけないとか思っているに違いないのだが。
大人たちは、父さんがモーニングの様なフォーマルな出で立ち。
母さんは、白に近いベージュのシックなドレスを着てる。
真っ白だといけないらしい。良く分からんが。
この人、華美なドレスが嫌いなんだよね。
ロッティーは、フリルが適度についた、歳相応に可愛らしい子供用のドレスを。
珍しく気合が入っているな。いつもは装飾もない地味なワンピースドレスなんだけど。
それが似合っているし、ロッティーは装飾が無い方が彼女のかわいらしさが際立つからな。
俺はというと、半ズボンにワイシャツとジャケットと紐タイだ。
4人そろって馬車に乗り込み、別邸を後にする。
「アベル、緊張しているのかい?」
父さんはいつものような口調で俺に話しかける。
「緊張はしていないんだけど、面倒くさいんだよね。」
本音を直球ストレートだ。
「気持ち話わかるけど、これも務めだからね。」
そう言って父さんは俺の頭をなでる。
「姉さんはどうなの?」
おとなしいロッティーに聞いてみた。
「黙って立っていればいいのでしょう?楽勝よ。」
我が姉つえーな。
「そう言えば、王子と王女がどうのこうのって話が合ったけど?」
「僕とアリアンナは王と王妃との歓談の時間があるからね。途中まではシャーロットとアベルも入ってもらうけど、あとは庭園で遊んでもらうって形かな。」
父さんは簡単に説明する。
「アベル、あまり無茶しちゃダメよ、あなたの魔法見せるとか。あれはここでは使えないことになっているんだからね、」
母さんに釘を刺されたわけだが。
「私が付いているから大丈夫よ母様。」
あれ?ロッティーが頼もしい。
「エドワードお義父様が付いていても、ローランドが付いていても、私が付いていても目を離せないのがアベルよ。
ロッティーのことは信じているけど、それを飛び越えて行っちゃうのよね。」
母さん、俺に対する信用は無いのですか。うん、無いよね。
「とりあえず大人しくはしておくよ。僕も城で斬首はされたくないからね。」
「さすがにアベルでもそこまではしないだろ。しないよね?」
父さんは困惑した!
「そうよ、おとなしくしているのよ、王子に喧嘩売ったらダメなんだからね。」
母さん、いくら俺でもそこまでじゃないよ。
「アベルを馬鹿にするような奴なら、売らないでもないわ。」
「姉さん、さすがに王子、王女を奴とかいうのは不敬じゃないかな。」
母さんも流石にまずいと思ったのか
「ロッティーもいつもの優しい口調でいいのだからね。」
と母さんが釘をさす。
「はい、母様。」
「よろしい。」
この親子はどこまで本気なんだ?
「母さん、見せちゃいけないのは魔改造最強ファイアーボールXとガストーチくらいでしょ?」
「連射もよ。」
「ああ、あれはダメだね。母さんの得意なお手玉はいいよね。」
「あれは平気よ。とことん見せつけてやりなさい。」
などと、面白おかしく家族で話をしていたら、立派なロータリーから立派なひさしに入った。
馬車が止まると、いつものように父さんが先に降り、母さんをエスコートし、ロッティーを持ち上げ、俺はその横をピョンピョンと飛び跳ね降りる。
「アベル!」
と、母さんに怒られるまでがデフォだ。
しかし、この階段の段数は何だ?
日本の一般的な集合住宅なら、2階まで行っちゃうよ。
「父さんが前に進むと、近衛騎士だろう人からチェックが入る。
「ローランドじゃないか。」
どうやら知り合いらしい。
「アレクさん、元気ですか?」
「このとおりだよ。お父様はご息災かい?」
「ええ、この子の剣の指導をしてますよ。アベル、この型は近衛騎士のアレクシス・カヴァリエさんだ。通称アレクさんだな。」
そう言って父さんは俺の肩を掴んで前へ出す。
「私は近衛騎士団のアレクシスだ。アレクと呼んでくれていい。団長のお孫さんであり、ローランドの息子なのだからな。それで、坊やは剣では無敵から指導を受けているのかい?」
「アレクさん、初めまして。アベル・ヴァレンタインです。まだ形だけですけど、爺ちゃんはいい先生です。」
「そうか、爺ちゃんか。エドワード団長は、私の上司だったのだ。怖かったのだぞ。」
「爺ちゃんは優しいですよ。いつもニコニコしています。」
「団長も人の子か、孫には敵わんと見える。おおっと、世間話が過ぎた。ローランド・ヴァレンタイン辺境伯とそのご家族、登城を許可いたします。お通り下さい。」
「アレクさん、あとで家に来てください。やりましょう。バルドさんも来ますし。」
父さんはグラスを持つふりをする。
「ほう、バルド殿か、いいな。では遠慮なくよばれるよ。またな。」
そう言ってアレクさんは持ち場へ戻った
「ごめん、待たせたかい?行こうか。」
父さんは昔なじみに会ってうれしかったのだろう、テンションが高めだ。
廊下を進むとメイドと文官のような人が俺たちを控室に案内する。
直に謁見の間に入るわけではないんだね。
王様たちも準備とかあんのかな。
知らねーけど。
すると文官らしき人が呼びに来た。
「国王がお呼びでございます。謁見の間へご案内いたします。」
おそらく父さんも母さんも謁見は何度もしたんじゃないかな?有名な冒険者だし、親も城内で要職についていたんだから。
まあ、手続きというか、茶番というか、そういうのが必要なんだろう。
面倒なことだ。
案の定、母さんをエスコートして歩いている父さんと、エスコートされ、しおらしく歩いている母さんは余裕の表情だ。
ロッティーですら、鼻歌を歌いそうな雰囲気。
この姉の胆力たるやどうだ。
俺?俺は小心者だもの。
トイレ行っておきゃよかったとか、余計なことなどを考えてるよ。
父母の両脇を我ら兄弟が挟んで歩く。
本当はここにバ神がいるはずだったんだが、今朝起きたら居なかった。
リーサめ、逃げやがったな。
飯を一皿作なくしてもらおう。
食わなくて平気なのがつまらんが。
さて、でかい扉の前に着いたら、両脇についていた人たちが観音開きを一斉に開けた。
壁が斜め上から両脇にかけて、すべてガラスで出来てる。
だから自然光がたくさん入ってくる。
天井からはこれでもかっていうくらいのシャンデリアがぶら下がり、明かりの魔道具が周りを照らしてる。
下に気を向ければ、両脇白で通路は赤のカーペットはふかふかだ。
もうね、贅を凝らしたとはこういう事を言うんだなってわからされた。
メ〇ガキさんになった気分だ。
レッドカーペットを途中まで進み、片膝を付き顔を伏せる。
「ローランド卿、久しぶりであるな。」
30代後半から40代前半の声だな。
「ははっ!長らくご無沙汰しておりまして、誠に恐縮に御座います。」
「卿も領地経営やら色々あったのであろう。仕方あるまい。まあ、良い。固いあいさつは抜きだ。面を上げ楽にせよ。」
「はっ!」
父さんはそう言ってその場に立つ。
俺達もならってその場に立った。
いやはや、豪華な玉座が目の前にあった。
きらびやかだねぇ。
その脇に見知った人物が。
俺と目があったらウインクしてきた。
お茶目なウイリアム爺ちゃんだ
そして玉座に座っておられるのは、金髪の偉丈夫、ヴィクトル・ノヴァリスⅢ世王だ。
事前に聞いてはいたのだが、この王様、華美な服装は好まないらしい。
今回も仕立てのいいシャツと、ジャケットを着込んでいるだけ。
分厚いマントは伝統のようで、羽織っておかなければいけないらしい。
歳は33歳。父さんとあまり変わらない。
そのお隣で慎しまやかに座っておられるのはクラウディア王妃だ。
この金髪の美人さんは奉仕活動に夢中だそうだ。
政治体制変えた方が早いよとか言ったら、俺の首が飛びそうだから言わないけどね。
「アリアンナも壮健そうであるな。」
「お心に留めていただき、恐れ入ります。おかげさまで、健やかに過ごしております。」
おお、フォーマルな母さんも良いものだ
「うむ、そうか。して、その両脇の子供たちは其方等の子か?」
「そうでございます。こちらの女の子が長女のシャーロット、そしてあちらの男の子長男のアベルでございます。」
「さあ」
そう言って母さんは挨拶をするように促す。
「シャーロット・ヴァレンタインでございます。両陛下にはお見知りおきいただきますよう、申し上げます。」
完璧なカーテシーと共にロッティーは挨拶をする。
「アベル・ヴァレンタインでございます。両陛下にはお見知りおきいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。」
俺はそう言って最敬礼をする。
なぜか周りの大人からおお、と声が漏れる。
まあ、ロッティーは完璧超人だからな。仕方ない。
玉座の二人もなぜか口が半開きだ。
おっちゃん達、行儀悪いよ。
俺が思ったのを読んだのかはしらないが、王は平静を取り戻したがいきなり
「流石だ。流石だぞ、ヴァレンタイン卿よ。素晴らしい子供たちだ。わずか10歳と5歳であろう?ヴァレンティア城の二人の至宝の話は聞いておった。しかしここまでとは、なあクラウディア。」
「はい、陛下。大人でもこのような場で、あのように優美かつ実直に挨拶を出来る者はなかなか居りますまい。」
またまた大袈裟な。
まあロッティー一人ならわからんでもないが、二人って俺もってことでしょ。
みんな冗談がキツイ。
「セントクレア卿もこのような孫を持って鼻が高かろう。」
王が爺ちゃんに話を振る。
「いえいえ、ヴァレンタイン辺境伯家の子供たちでありますれば、私というよりエドワード元団長の孫と言った方がよろしいかと思います。」
家の話、血の話ってなると、貴族の中でもこの手の話は難しいだろうね。
一般の日本人でも難しい家系があったらしいし。
「半分はセントクレアの血だ。誇ればよいのだ、のう、アリアンナ。」
「はい、ですが私もヴァレンタインの人間でありますので。」
母さんは嫁としての立場を保つようだ。
根が真面目だし、父さん大好きだからな。
しかしこの話を母さんに振るとは、この王はいやらしくないか?
「うむ、なるほどのう。して、シャーロットとやら、そなたノヴァリス大百科を全て諳んじることが出来るとは、本当か?」
ロッティーは少し父さんの顔を見上げる。
父さんは、しっかりロッティーの目を見て微笑みながらうなずいた。
「はい、陛下。誠にございます。」
良く通る声でロッティーが発言する。
ホントなんだから嘘をつく必要はない。
だが、ここで試すのかね?
んな事したら、いよいよもってこの人の評価が、俺の中でダダ下がりなわけだが。
「いや、そう固くなるものではない。其方の噂は十分城にも届いておったのでな。本人の口から本当のことか、真意を聞きたかっただけだ。心配かけさせたなら、申し訳なかったの。」
「王は、ずいぶん前からシャーロットが来るのを楽しみに待っておったのです。あの大百科辞典を何巻も読破するだけでも大変なのに、それを諳んじることが出来る子供がいると聞いて、ビックリしていたのですよ。」
そう言って、王妃はフォローを入れる。
軽率な王に出来た嫁だ。
「いえ、私は気にしておりません。」
ロッティーはそうさっきと同じくハッキリ通る声で言うと、ニッコリ笑って見せた。
「うむ、そうか、ヴァレンタイン卿、良い娘を授かったな。」
「恐縮でございます。」
そう言って父さんは目礼をする。
「さて、アベルといったか。聞いたところによると、エドワード先生から剣を習っているらしいの。ならば余が其方の兄弟子であるな。」
そう言って豪快に笑いだした。
周りのモブな人達から、「剣では無敵から教えを乞うておると?」「陛下と兄弟弟子で…」などの声が聞こえてくる。
「はい陛下。爺…祖父エドワードに師事し、研鑽を積んでいるところでございます。」
「して、先生は健やかであられるか?」
「はい、爺ちゃんは元気です。あ…」
なんてね。
わざと言ってみて反応を見た。
必要はないんだけど、さっきのロッティーへの対応がね。
俺的には引っかかった。
いや、許せなかったのかな。
「はは、先生も爺ちゃんか。良い良い。まだ其方も5歳なのだ。貴族の仕来たりなぞに染まるのは早かろう、なあ妃よ。」
「はい、そのとおりです、陛下。むしろ先ほどのような挨拶を平然とやってのけるほどの知性と技量を持ち合わせた方が稀というもの。アベル、そのまま健やかに育ちなさいね。」
「はい、ありがとうございます。王陛下、王后陛下。」
俺はそう言ってお辞儀をした。
あれだね、王は雑なところはあるが、器量の大きさで慕われてるんだろうな。
王妃はその雑なところをきっちりフォローしてる、良く出来た嫁ってわけだ。
理想的なニコイチ夫婦なんじゃないか。
ロッティーの時に感じたような、悪意はないように思ったよ。
王妃にバレるかなって思ったけど、大丈夫…なんか身内からすごい圧を感じるんだが。
「それではヴァレンタイン辺境伯、ご苦労であったな。下がって良いぞ。」
「はい。失礼いたします。」
そう言っていみんなで最敬礼し、先ほどの控室に戻った。
そしたらいきなりですよ。
「アベル、さっきのは何?」
と母さんが詰め寄ってきた。
「さっきのとは?」
「何、とぼけてんのよ。わざと言い間違えたでしょ。なんのつもり?ねぇ。」
うわ、ヤベ、これマジで怒ってらっしゃる。
「どうせロッティーへの対応が気に入らなかったとかなんでしょ。だからってね、一歩間違えればあなたどうなるかわからないのよ。もう心配かけないで。お願いだから。」
そこに
「王がお入りになられます。」
と、文官が知らせに来た。
とりあえずまた身支度をみんな整え、王が入るのを待つ。
「いや〜!ローランド!お疲れ!」
などと、えらくラフな物言いで入ってきなのはヴィクトル王だった。
「こちらこそ申し訳ありません。ヴィクトル様。子供たちには何も説明無しだったものですから。」
父さんの物言いもラフなものになっている。
「そりゃ仕方ない。その緊張感こそが必要なのだ。その中でいささか遊びに興じておったものも居たみたいだがな。」
ヴィクトル王は俺を見てニヤリと笑った。
バレてた?なにこれ。さっきまでのは茶番だったってこと?
「なんだ?アベル。お主のように頭の切れる幼児でも、解せぬか。いや、先ほどはお主等に酷い対応を見せて悪かったな。シャーロット、許せ。」
一国の王が10歳の幼女に謝罪するとか。
さっきと違いすぎて混乱するんだが。
「シャーロット、アベル。ザックリ説明すると一部の貴族と王族が仲が良いと気に入らない貴族がいるんだ。そこからはお前が思っているとおりだよ、アベル。」
父さんが、親切なことに途中まで説明してくれた。
挨拶だけで驚いて見せたり、ロッティーを試すような言動したり、爺ちゃんの名前で話を広げようとしたり。
今更地方の有力領主に取り入ろうって見せてたってこと?
「なんだ、アベル。解ったか。」
ヴィクトル王は楽しげに俺に聞く。
「陛下とうちの両親は既に仲が良いから、ことさらに誤魔化してみたってところでしょうか。陛下と父さんたちの雰囲気を見ると、何となくですが、そんな気がします。」
俺の答えに対し、答えたのは父さんだった。
「まあ、正解だね。打ち合わせはほとんどしなかったんだけど、シャーロットとお前はうまくやってくれたよ。アリアンナに怒られるまでがデフォなんだろ?」
父さんはそう言った後にクスリと笑う。
「アベルの歳はオリビアの一つ上か。アベル、オリビア貰わんか?オリビアはクラウディアのようにキレイになるぞ。」
何言ってんだこのおっさん。いきなり王女貰えとか。
「ヴィクトル様、さすがにそれはどちらの子供も早いと思いますよ。」
すかさず母さんが口を挟む。
母さんの口調からすると、王家とヴァレンタイン家は完全家族ぐるみなんだな。
じゃ、さっきあんな怒らなくても良かったんじゃね?
「アリアンナ、ほら、気に入らぬ顔をしておるぞ。何かしたのか?」
「謁見の間で余計なことをしたのを叱ったのです。ヴィクトル様とクラウディア様が上手に執り成してくださったから、事なきを得られましたが。」
全部王の掌の上の茶番なら、マジで余計なことだったわけか。
反省。
「母様、いつ頃から王家と親密な関係になっていたの?」
ロッティーが真っ当な疑問を母さんにぶつける。
「ヴィクトル様の帝王学の家庭教師は代々宰相を送り出していたセントクレア家、私の父様だったの。だから私はその頃からヴィクトル様には面識があったのよ。そしてお義父様はヴィクトル様の剣の先生だったでしょ。ローランドもその頃から仲良かったのよね。」
「なるほど、そうだったのね。お爺様たちが有名人だと、自然とつながりが出来るものなのね。」
「父さんと母さんも有名だしね。」
俺は母さんたちの会話に割り込んだ。
「で、聞きたいんだけど、謁見の間で僕たちを面白くないと思っていた人って誰なの?その人ってこの前の盗賊団につながりがあるのかな?」
「それを話すのは別の部屋に行こうか。時間があればだけどな。」
王はそう言って、さっさとドアをくぐって行った。
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