74.アベルくんと宰相様。
73.アベルくんと宰相様。
母さんにお茶を裏庭へ誘われた。
そういえば庭には行った事がなかったな。
などと考えながら、行ってみる。
おお、ヴァレンティアのビル爺さんの庭とは言わんが、素晴らしくきれいにしてある。
手近なテーブルに母さんが座っている。
「早かったわね。」
母さんは紅茶のカップを片手に持ち、俺の方をチラッと見てまた木々を眺めはじめる。
「うん、今日はゆっくりもしてられないでしょ。」
昨夜のトランプ大会で眠いけどね。
「午後からだから、まだ平気よ。」
あくまで余裕のある母さん。
「母さんは実家に帰るだけだから、のんびり構えて居られるんだよ。」
「そうかしら?」
「そうだよ。僕と姉さんは初めてお会いする爺ちゃんと婆ちゃんだ。ちょっとは緊張もするさ。」
まあ、俺の前世の場合、行きたくないナンバー1だったがな。
「アベルでも緊張するのね。」
「そりゃするさ、なんたって宰相様なんだからね。」
「そんなたいしたことないわよ。ローランドと同じ、領地経営か、国政かの違いだけよ。」
地方公務員と国家公務員の違いって言ってんのか?
「そんな簡単な話かな?」
「簡単な話なのよ。ただ、死は近いかもね。」
また物騒な話だな。
なんとなく言わんとしている事は分かるけど。
「最終決定権保持者の近くに居るとって話?」
「今更だけど、あなた本当に5歳?本当に今更ね。」
ホント、今更だな。
「5歳だよ。母さんのお腹から出てきてね。殺されたりもしたけど、楽しい人生を送っているよ。産んでくれてありがとう。」
「あら、お礼なんて言わなくていいのよ。元気に明るく生きてくれてさえいれば。」
「そうだね、母さんが産んでくれたこの素敵な世界で、まだやりたいことをたくさん見つけなくちゃ。」
「あまり暴れないでね。寿命が縮むわ。」
「善処します。」
「アベル、その茂みの奥に行ってみなさい。」
へ?何だろう。
「うん、わかった。」
うわ、こりゃスゲーや。
別邸から2キロほど先に白亜の城が建っていた。
すり鉢の縁の両端と言えばわかるんだろうか?
手前に別邸が建っていて、奥に城が建っている。
そんなイメージ。
道はそのすり鉢の縁にあるんだろう。
別邸はそう見ると立地は良いんだろうな。
いつの間にか母さんが後ろに居て、俺の肩に手を置いていた。
「凄いでしょ。」
「うん、凄いよ。これは。」
「ノヴァリス城よ。お爺様の職場ね。」
「職場って言われると、何かありがたみがなくなるね。」
どんなビルでも職場って思うと、しょぼく思えるもんよね。
「でも中も荘厳よ。今度行かなければならいわよ。:
それか、考えてなかったんだけどな。
「母さん、そろそろお昼を食べて行かなきゃ。」
「あら、そうね。行きましょう。」
そう言って俺の右手を取って母さんはにこやかに歩くのだった。
*********
玄関に馬車がスタンバっていた。
家族4人で馬車に乗り込む。
そして馬車は城の方面に走っていく。
「アベル、さっきは緊張していたみたいだったけど、大丈夫?」
母さんが俺に聞いてくる。
「まあ、今は平気かな。母さんのお父さんとお母さんだもんね。良い人たちに決まっているし。」
「あら、それはどうかしらね?」
母さんなんかやさぐれてる?
「まあ、会えばわかるしね。」
「いい人たちだよ。きっと気に入る。」
父さんはいつもと同じく穏やかだ。
仕事をやっていなきゃね。
「私も早く会いたいわ。宰相の仕事ってどんなものか聞きたいもの。」
そんないいものじゃないと思うけど、ロッティーはこういうの好きだよね。
和気あいあいとした雰囲気の中、目的地に着いた。
別邸も相当だと思ったけど、この家の豪華さには敵わない。
もうね、玄関から違う。
何、この沈むようなカーペット。
玄関に使うもんじゃないよね。
「母さん、よくこの暮らしを捨てて、冒険者になったね。」
「私も若かったからね。魔法で腕試しって無茶したものだわ。でも楽しかったから後悔はないのよ。あなたたちとも会えたし。」
やっぱこの人は強いな、敵わない。
と、思っていたら執事が現れ、玄関ホールの豪華さもそこそこに、こりゃまた豪華な部屋に通された。
そこには、初老のご夫婦が立って待ち構えていた。
父さんはじめ我々は膝をついて挨拶をする。
貴族としての位は同じなんだけど、役職が高いからな。
「この度はお呼びいただき、誠にありがとうございます。また、こうして伺うまでに長い期間を要したこと、謹んでお詫び申し上げます。」
父さんが代表して挨拶をする。
「ローランド辺境伯、アリアンナ、そして孫たちよ。そうかしこまらんで是非顔を見せてくれんか。」
そう行って初老の男性が我々を気遣う。
「そうですよ。アリアンナ、私たちの孫を紹介して下さい。」
「では失礼します。」
と、父さんが言って、我々はその場で立ち上がった。
「シャーロット、アベル、こちらがウイリアム・セントクレア宰相閣下と、クリス・セントクレア夫人です。ご挨拶なさい。」
母さんが俺たちに挨拶するよう促す。
「お初にお目にかかります。シャーロット・ヴァレンタインでございます。どうかお見知りおきを。」
と、カーテシーをしてロッティーは挨拶をした。
「初めてお目にかかります、アベル・ヴァレンタインでございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。」
俺は最敬礼で挨拶する。
「おうおう、ヴァレンティアの二人の至宝とはよく言ったのだ。年に見合わぬ立派な挨拶。大したものだな、のう、ローランド卿」
うわぁ、至宝呼びはここまで聞こえていたのか。
ロッティーだけでいいのに、参ったね。
「お褒めいただき光栄にございます。アリアンナの教育の賜物でしょう。」
「いいえ、この子たちは勝手に何でも覚えるのよ。教育したのは魔法くらいよ。父様。」
母さんがいきなり作法無しでぶっちゃける。
「まぁ、そうなの?ローランド卿に似たのね。アリアンナじゃこうはならないもの。」
婆ちゃんもぶっちゃける。
ん?なんだこの二人。
父さんは“始まった”的な顔をしている。
ああ、この二人のデフォなのね。
ちょっと険悪な雰囲気を打ち消すように、爺ちゃんが発言する。
「シャーロット、アベル、其方たちはヴァレンティアで大それた改革をしたと聞いたが。」
「お爺様、改革の草案をすべて作ったのはアベルですわ。私はちょっとお手伝いしただけ。」
などと、謙遜するロッティー。
あんたもだいぶ口出ししてたでしょ。
「僕はお爺様の政策をまねただけですよ。だから草案作ってヨハン達に丸投げでした。そんな難しいことではなかったですね。」
「其方、その草案を作ったのは何歳の時だ。」
「3歳、あっ!」
やべっ、ってまあいいか。今更だ。爺ちゃんだって分かって引っ掛けてんだしな。
「やはり其方ら兄弟は尋常ならざるものだ。爺もびっくりだ。」
そう言って笑いだす爺ちゃん。
「アベル、いつもとおり、爺ちゃん婆ちゃんでいいわよ。そう呼んであげた方が喜ぶから。」
「ホント?婆ちゃん。」
「ええ、いいわよ。あなたの婆ちゃんですもの。」
「うん、ありがとう。」
俺はそう言ってにっこり笑った。
「本当に美しい兄弟ね。頭脳、礼儀、外見、全部そろっているじゃないの。アリアンナ、母親冥利に尽きるわね。」
「ええ、外見わね。でもね、中身に私が追い付けないことがあるのよ。特にアベル。」
婆ちゃんはことさら驚いて
「あら、あなたで何が追い付けないっていうの。」
「魔法がね、ちょっと人と違う考えで昇華させるのよね。」
「普通の人とどう違うの?」
婆ちゃんは興味津々。
「ファイアーボールでね、鉄を溶かすのよ。」
「なんだと!そんなファイアーボールは来たことがない!アリアンナ、本当か!」
爺ちゃんに飛び火しちゃった。
「周りにあまり言わないでね、これはアベルだけが使える魔法なの、私じゃ使えないのよ、イメージが出来ないの。」
「セイナリアに来る途中で大規模な盗賊に襲われたんですが。」
ありゃ、その話する?
「そうらしいの、大変だったそうだな。でも何も被害がなたった話だったが。」
「40騎の盗賊の30騎をアベルが退けたんですよ。」
あ~あ、言っちゃった。
まあ、身内だから言ったんだろうけど。
「なんと!アベルの魔法はそれほどか。」
爺ちゃんがやや大げさに驚いている。
大げさ?
いや?大げさだよ。
「しかしそれは世間に言えんの。」
「ええそうよ、まだ5歳ですもの、もっと伸び伸びさせたいの。向こうのお父様と剣術の修練もやっているのよ。」
伸び伸びか、母さん考えてくれてんだ。
ありがたいことだね。
「剣では無敵の弟子とな。そりゃ大したもんだわい。で、魔法と剣術、どちらを取らせるんだ?」
現状どちらかを選ばなきゃいけない。近接戦闘が得意になると、同も魔法のイメージが出来難くなるという症状がおこるそうだ。
だから、この世界では、魔法使いか、近接戦闘かできっちり分かれる。
で、俺はというと。
「この子ったら、どっちにもなりたいって、英雄王様もどっちも使えたのだから、その道はあるはずだっていうのよ。」
「わっはっはっは、英雄王様を出してきおったか。本当に大物だ。どちらも出来るといいの、アベル。」
なんか茶化しているんだろうな。
それはそれでいいんだが。
「僕はまじめに取り組みますよ。皆に笑われてもいいんです。でも、剣では無敵、そして一閃の剣、お転婆魔法使いの息子ですからね。全部いただきますよ。」
一応、大見得を切っておこう。
親が言っちゃったなら、仕方ないもんね。
「でも、この子を見ていると、出来そうなのよね。そんな気がするの。」
母さんがいつになく神妙だ。
「さぁ、ここでお話もいいけど、夕食にしましょう。」
婆ちゃんが皆に呼び掛ける。
「さあ、二人とも行こう。」
父さんが俺とロッティーを食堂へ促す。
「姉さん、爺ちゃんに何か聞くことがあるんじゃないの?」
「食事の時に聴こうと思うの。慌てるお話でもないし。」
ロッティーは鼻歌でも歌いそうな浮かれた顔をしている。
こんな顔して宰相に何を聞こうってんだ?
「アベル、あなたにも関係することだけど、もう済んだことなのよね。」
姉さん、母さんに口調が似てきたな。
「もう済んだ、俺の事ね。」
なんだろうね。
「大した話じゃないのよ。ちょっと気になっただけ。」
「そう、まあ姉さんが聞きたいことなら、僕がどうこう言う必要もないしね。」
「うんそうよ、アベルはいつも通りでいいのよ。」
なんかこわい。
俺は本来小心者なんだからね。
姉さんの顔色を見つつ、食堂に向かう俺だった。
ここまで読んでいただき、有難うございます。
☆の評価ポイントとブックマークで得られる作者の栄養があります。
よろしければ、下にある☆とブックマークをポチっとしていってください。
どうかよろしくお願いします。
この作品を気に入ってくださると幸いです。