64.アベルくんと棺。
64.アベルくんと棺。
俺は気が付くと棺桶の中にいた。
ヤバ、息ができない、猛烈な吐き気がする。
「ゲェ」
身を捩り、吐き出したものは血だった。
「ぷはぁ、はぁはぁ。」
呼吸を取り戻す。
そっか、刺された時に肺に血が溜まってたんだな。
「アベル様!」
アンネか?誰かが棺桶の上から覗き込んでいる。
霞んで目がぼんやりだ。
やぁ、アンネ。そんなところで何してるんだ?
ありゃ、声が出ない。
「あちこちの機能が弱くなってんでしょ。全体的に回復してやんなさいよ。あと血液の生産を速めてやんないと、また死ぬわよ。」
「血液って何ですか?」
3歳児は知らない言葉だよな。
誰だか知らんが。ちっとは気を使え。
しかもなんだ、なんだ生意気そうな声は、
「あんたね、助けてもらったのに生意気とか何よ。私から見たらあんたの方が生意気なんだからね。」
ああ、このアレゲな喋り方は、トレーサか。
「アレゲってなによ。」
言っていいのか?怒るだろ。
「怒るようなことを言うのが悪いのよ。」
トレーサがまともなこと言ってら。
「何よ!私は神の一柱なのよ。まともに決まってるでしょ!」
「あなたの何処がまともなんです?」
あれ、誰だ?
でも、目が見えなくても分かる、神々しい何かがいることを。
「余はアルケイオン。アベル、そなたを守護するものでしたが、そこの悪しき神によってそなたはその巫女の騎士になってしまいました。」
「誰が悪しき神よ!そうよ、アルケイオン。アベルはもう私の神託を受けているのだから私のものよ。」
人をもの扱いしてんじゃねーよ。馬鹿神。
アルケイオン様、初めまして。アベル・ヴァレンタインでございます。
ヴァレンタイン家をいつも庇護していただき、誠にありがとうございます。
「うむ、アベルよ、いつもそなたのことを見ていました。その馬鹿神が余計なことをしなければ、そなたに祝福を与えていましたでしょうに。」
「何よ、アルケイオン!あんたまで私をバカにして!」
「余の祭壇で勝手な振る舞いをしたのです。敵対していると思っても仕方ないではないですか。」
あのう、ちょっといいですか?
そこでアンネが困っているんですが。
それと、俺も治して貰いたいし。
「そうでしたね、そら、そこの巫女、アベルを回復なさい。」
それを聞いたアンネは、俺に向かって手を伸ばし「治れ、治れ」と繰り返す。
かわい。
「でもアルケイオン様ですか?神様が二人も。」
「アンネローゼ、あんたわかってないわね。神のことは人ではなくて、柱っていうのよ。わかった?」
3歳の女の子に何威張ってんだよ。マウント取ろうとするとか、ダサダサ。
「違うわよ、マウントとか取ろうとしてないもん。」
馬鹿、お前、神の癖に何泣きそうになってんだ。
「だって、助けたのに、アルケイオンと一緒に私を責めるから。」
わかった、わかったから。
アルケイオン様、トレーサは、まがりなりにも私を助けてくれました。
アンネローゼとその母親が元気でいられるのも、トレーサ神のおかげなのです。
そのお怒りをどうぞ鎮めて戴きたく申し上げます。
「アベルのそなたの願いはしかと受け取りました。しかし、礼拝堂を他の神に荒らされたとなっては、他の神に示しがつきません。」
おい、トレーサ、謝れ。
「なんでよ!あんた助けるためにここに来たんでしょ。」
それはわかる。ありがとう。本当にありがとう。
「なによ、可愛い所あるじゃない。」
しかし、やっぱここは謝れ。
第一、アルケイオン様とバチバチにことを構えて勝つことができんのか?
「うっ!」
戦争と平和の神に勝てないだろ?
頼むよ。ここで神同士の争いは止めてくれ。
「わかったわよ。あんたの頼みは聞いてあげるわ。アルケイオン。悪かったわね。謝るわ。」
アルケイオン様。これでなんとか怒りを鎮めていただけませんか?
「トレーサの謝り方は気に入りませんが、アベルの頼みです、聞いてあげましょう。しかし、一つ条件があります。トレーサの神託は反故にしなさい。代わりに余の祝福を授けましょう。」
「おい、トレーサよ、それでいいか?ありゃ、声が出た。」
アンネの回復魔法のおかげだろう、声が出るようになっていた。
だが思考がハッキリしなくなる。
アンネの「治れ」の声が遠くなっていく。
「巫女よ、アベルの血が足りません。血を作ってあげなさい。」
アルケイオン様がアンネに指示をする。
「はい。血よ廻れ。血よ廻れ。」
アンネの呪文が変わった。
廻れなんて言葉を知っているんだね。
あ、なんだか体が温まってきた。と同時に、身体中が震え始めた。
なんだこれ。
「今まで体が冷え切っていたんだもの、血が廻り始めて体温を戻すために筋肉が動き始めたのよ。」
トレーサさん、医大出身ですか。
「あんたの前世の基準を持ち出すんじゃないわよ。」
「あー、あー、声でてる?」
俺はマイクテストよろしく、声を出してみる。
「アベル様、聞こえます。聞こえますよ。」
そうアンネは言うと、泣き声になった。
「ほら、あんたがしっかり回復魔法をかけないと、アベルが起きれないわよ。」
トレーサがアンネを急かす。
「はい。」
アンネが返事をすると、途端にさっきより強い光が俺を包む。
なんだか体がミシミシ言ってる。
硬直していた筋肉が正常に戻っていっているのかな。
震えもすっかり止まり、光だけが認識できた目も、回復した。
アンネが泣きながら俺を回復しているのが分かる。
「アンネ、そんなに泣かなくても何処へもいかないよ。」
「どうです?アベル。トレーサの神託、余の祝福、どちらに決めました?」
その声は俺の頭のほうに、キトンを着て右手には装飾のある凄い剣を持ち、左手にはオリーブの枝を持った、すごい美人が立っていた。
頭に茨の冠をかぶっている。
痛そう。
目が回復したからよく見える。
アルケイオン様、美人さんの女神なんだね。
まいったなぁ、トレーサのはただのお願いだし。
「コラ!あたしの神託を何だと思ってんのよ!いい加減にしなさいよ。」
いちいち心を読むなよ、うるさいな。
「この子は本当に!神である私が心配してあげたのに!!」
トレーサ、それについては本当に感謝してるよ。
だから黙って。
アルケイオン様、祝福って何かあるんですか?
それともう一つ。
それを受け取ることによって、アンネを守ることが出来なくなるってことはないですよね?
「余の祝福ですか。そうですね。特に考えていませんでした。」
マ!!
「ええ、マジです。トレーサに対しての嫌がらせですから。」
「あんたね、そんなんだから皆に嫌われんのよ。アルケイオン。」
アルケイオン様が嫌われている?
てか、怒鳴っている蚊トンボがいる。
なんだあれ?
「蚊トンボじゃないわよ。可愛いフェアリーモードのトレーサちゃん!」
そう言って、宙返りをする。
何がトレーサちゃんだよ。
「トレーサ、恥ずかしくないのですか。」
「別に恥ずかしくないわよ。アルケイオン、あんたも何かに受肉すればいいのよ。」
「余は世俗へ顕現などしなくても、結構。こうしてヴァレンタイン家及び、わが信者たちを見守っていられますから。トレーサ、なぜその姿に受肉したのです?」
アルケイオン様がそういうと、なぜか顔を赤く染めたトレーサは
「わが巫女と、神託の騎士を見守りたくなったのよ。悪い!」
顔を突き上げ、アルケイオン様を威嚇する。
悪い!って子供かよ。
では、アルケイオン様。俺はトレーサの神託にしておきます。
家族は守らなければならないですからね。
心配もかけましたし。
「そうですか、わかりました。まあ、そなたならそう言うだろうとは思っていましたが。それでは余は帰ることにしましょう。この姿もエネルギーを使うのでね。では、ヴァレンタイン家を見守っておりますよ。アベル、壮健なれ。」
そう言って、アルケイオン様はまばゆく光ると、光の粒になり雪のように消えた。
「アルケイオンたら、ええ格好しいでさ、だからほかの神々に嫌われんのよ。」
「トレーサ!それ以上言ったら戦争です!!」
「あら、アルケイオン、まだ居たの。ああ、あなたの礼拝堂だったわね。」
全くトレーサの憎まれ口は消えない。
そんなことを思っていると、棺の上から「はぁ、はぁ」と息遣いが聞こえてきた。
「アンネ、どうした。疲れたか。俺は良いから休め。」
俺はアンネを気遣う。
そう言ったの単に、アンネはガタンという音とともに棺の脇へと消えた。
「アンネ!」
俺じゃ反射的に身を起こす。
あれ?余裕で動くじゃん。
棺からアンネが消えた方を覗き込むと、疲れたんだろう、アンネが寝息を立てて寝ていた。
「あんたを思って、ちゃんと寝れなかったんでしょうね。」
トレーサがそう言う。
「みんなに心配かけちゃったな。アンネをそこの長椅子に寝かせて、みんなのところに行くか。」
そう言って歩き出そうとしたが、もう一つ疑念があった。
「トレーサ、お前これからどうすんだよ。」
トレーサに聞いてみる。
なんとなく答えはわかるけどね。
「答えが分かるんならいいわ。私があんたとアンネを見ていてあげる。」
「はぁ、その格好でここに住むってこと?」
「そうよ、悪い!」
だから子供かよ。
「仕方ねぇなぁ。希少種のフェアリーさんでとおしてもらうぞ。トレーサ神だなんて言ったら、みんな聖王国との戦争に備えっちまうからな。」
「えー、いいじゃない、トレーサで。」
「ダメ。そうだな。リーサなんてどうだ?今のフェアリーの身体に可愛くてピッタリだ。」
「あら、あんたセンスいいじゃない。じゃあそれでいいわよ。」
「では行きますか。フェアリー族のリーサさん。」
「行きましょうか。死にぞこないのアベルさん。」
二章終わり。
この回で二章が終了です。
引き続き、三章もお楽しみ
ここまで読んでいただき、有難うございます。
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