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60.アベルくんと男娼。

60.アベルくんと男娼。




 俺は子供部屋でロッティーやリサ、ローズ、そしてアンネたちと、勉強の手伝いや、アンネの魔素呼吸の修練を見たりと、いろいろ忙しくやっていた。


 子供には子供の付き合いがあるのだ。


 中身が大人としては気恥ずかしかったり、鬱陶しく感じることもあるんだが、この身体で年上の姉やメイド達を、妹や娘だと思って接すればなんてことないんだ。


 そんなだからヨハンに「老成している」と、からかわれるのだが。


 「ちょっとトイレに行ってくるね。」

 俺はそう言って子供部屋を出た。


 子供の身体はなぜか大人の様に我慢が出来ない。

 マジで漏れそうになるのだ。


 漏らすこともなく無事に用を足し、トイレから出てくると、妖艶な人影とすれ違った。

 「おや、アベル坊じゃないかい。」


 「ああ、婆ちゃんか。」


 そこには、見た目20代中盤、しかし中身は600歳越えのハーフエルフ、楼閣主が立っていた。


 銀色の何のゆがみのないロングヘア、小ぶりの顔には、見るものを引き込む切れ長の目と妖しい濃い紫の瞳。

 赤くぽってりとした下唇と薄い上唇の中から白い歯がのぞく。


 エルフの血が入っているとわかる長い耳、そしてスレンダーな肢体にはそれに似つかわしくない胸部装甲を備えている。


 もう、バインバイン。


 マリアさんもハーフエルなのに残念仕様なのは、人間側の遺伝のせいなのか、はたまたエルフの血の方が濃かったのか。


 などと、いささか失礼なことを考えていたら

 「まだ婆ちゃんと呼ぶのかい、あちきにはリラって名前があるんだ。アベル坊は名前で呼んでおくれよ。」

 婆ちゃんはその切れ長で妖しい目を細め、俺をじっと見つめる。


 大人の身体だったら、その胸に飛び込んでいると思う。

 攻撃力が高すぎる眼力だ。


 「何言ってんの婆ちゃん、600年も生きた伝説の元遊女が、乙女のように甘えんじゃないよ。」

 そう俺は言い放つ。


 「あちきはいつでも乙女のつもりだよ。まだ見た目も悪くないと思うけどねぇ。」

 しなを作って見せつける。

 3歳児に向ける態度ではない。


 「婆ちゃんはいつ見ても綺麗だよ。でも婆ちゃんは婆ちゃんだ。」

 この人といると本当にクラクラ来るから、一線を引いておかないと。


 「いやだ、褒めてくれんのかい。嬉しいねぇ。お礼にあちきが抱っこしてあげようか。アベル坊なら、揉んでも吸ってもいいんだよ。」

 婆ちゃんはそう言って迫ってくる。


 揉んでも、吸って持って。

 恐ろしすぎる誘惑だ。


 「はい、やめやめ。そう言えばさ、婆ちゃんに聞きたいことがあったんだけど、時間ある?」

 俺は婆ちゃんを制止させ、この間冒険者ギルドで考えていたことを聴くことにした。


 「おや、なんだい、スリーサイズかい。あちきに興味が出たとは嬉しいね。」


 ほらボケる。

 だから婆ちゃんなんだよ。


 「だからさ、時間あんの?」

 そろそろいい加減にしていただきたい。


 「御領主との会合は済んだからね。あとは帰るだけさ。ゆっくりおいたでもするかい?」

 父さんとの会合ね。

 お金の関係かな?割と収入的に大きいらしいからね。


 「だから聞きたいことがあんの!もう進めようよ。ね。」

 まあ、ちょっとキレる。


 この人は人の気持ちがすぐわかるようで

 「あいよ。ここで立ち話かい?」

 婆ちゃんは素直になってくれる。

 

 「すぐそこに談話室があるからそこで話そう。」


 談話室は使用人たちの休憩所としても使われている。

 俺たちが使っても問題はないけど、ちょっと気を使わせてしまうから、あまり使うことはない。


 「じゃあ、エスコートしておくれよ。」

 はいよ。


 「婆ちゃん、しゃがんで。僕の腕に手を通してって、出来るか!」

 乗り突っ込みをしてしまった。


 「アベル坊は面白いねぇ。」

 と婆ちゃんはコロコロと笑う。


 こういう姿は24、5歳の若い娘さんと変わらなく見えるから困る。


 「でば、行くべか。」

 「あいよ、アベル坊。」


 談話室に入ると数人の休んでいたメイド達がスッと立ち上がりこちらにお辞儀をする。


 「あ、休んでいていいよ。ごめんね煩わせちゃって。そうだ、ミー。俺たちにもお茶入れて。」

 やっぱり気を使わせてしまったか。


 婆ちゃんも一緒だしな。


 俺は近くにいた猫耳メイドのミーにお茶を頼んだ。

 「はい、少々お待ちくだにゃい。」


 話し方がかわええ。

 ミーはエレナとコンビといっていいほど仲がいい。


 職場は仲のいい友達が一人いるだけでも潤うよね。

 前世の俺は潤うことが一秒たりも無かったわけだが。


 手ごろなテーブルの椅子に座るが、俺の頭がテーブルから出ない。

 婆ちゃんはそれを見て大爆笑するが、椅子に座っている俺をスッと持ち上げ、自分が椅子に座り俺を膝に座らせる。

 

 クソ、またこのパターンか。

 前、マーガレットに同じことをされてしまった。


 「さて、なんの御用だい。冒険者ギルドでの一件が関係するのかい?アベル坊。」

 やれやれ、どこから情報を仕入れてくるんだか。


 ギルおじさんたちが大声で喧伝しているわけがないんだがな。

 「さすがに良く分かるね。誰から聞いたの?」


 俺は婆ちゃんの顔を見るために顔を上にあげる。

 その度に、後頭部に柔らかい肉が当たる。

 邪魔だなぁ、気持ちいいけど。


 「ニュースソースは秘匿するのが長生きの秘訣さね。」

 そう言って婆ちゃんは薄く笑う。


 それはなんとなく分かる。

 余計なことをペラペラ話す奴は、煙たがられるしね。

 

「そだね、それは良く分かるよ。でね、聴きたいのは男娼の中で最近休んでいるとか辞めた奴はいない?」

 

そう俺が聞くと、婆ちゃんはちょっと驚いた風に目を見開き

 「アベル坊、一人で其処にたどり着いたのかい?」

 と言った。


 へぇ、婆ちゃんが珍しく驚いてる。

 「話の途中を省くのは良くないよ。」


 俺が婆ちゃんに注意をしていると

 「お待たせいたしましにゃ。」


 ミーはそう言ってティーセットを乗せたワゴンから、優雅にお茶を出し始める。

 凄いミー、お茶を出す姿が様になっている。


 そしてティーカップを二つ並べ「お待ちどう様ですにゃ。」

 そう言ってミーはぺこりと頭を下げる。


 俺は頭の猫耳を触ってみたい衝動に駆られるが、ぐっと抑える。


 「ミー、休んでいるところを悪かったね。あとでとっておきのお菓子あげるよ。」

 俺がそういうと


 「本当ですにゃ!?あたちもシャーベッにょっていう冷たいお菓子食べたいにゃす。」

 そう言って目を輝かせるミー。

 

「そうだね、また今度作るよ、その時にエレナと一緒に来な。」

 「はい!アベル様大好きにゃ。」

 こらこら、そんなこと言うと、マーガレットに怒られるぞ。


 「ミー、ありがとう。」

 俺がそう言うとミーはぺこりと頭を下げ、スキップしながら去って行った。

 だからマーガレットに。


 俺とミーとのやり取りを見ていた婆ちゃんは興味深そうに

 「ふーん、アベル坊はああいう獣人もいける口かい?」


 だから3歳児に何聞いてんだよ。

 「とりあえず種族の好き嫌いは言わないようにしているし、自分でもないと思っているよ。マリアさんも婆ちゃんもハーフエルフだけど、好きだしね。」


 これはほんと素直な気持ち。

 でも、恋愛感情じゃなくてね。


 「あれ、うれしいこと言ってくれるじゃないか。あちきもアベル坊が大好物さね。」

 まだ食すには早いと思うよ。


 気を取り直して、俺と婆ちゃんは出されたお茶を一口飲む。

 「話を戻すかね。アベル坊の言うとおりさ、一人、男娼が飛んだ。」


 はっきりと見えない婆ちゃんの顔は神妙な雰囲気を醸し出している。

 「で、そいつの上客の名前がエルザ・サルヴァドール。」

 俺がそう呟くと


 「ああ、そうだよ。アベル坊は大したもんだね。惚れ直すよ。」

 婆ちゃんはそう言って小さくため息をつき俺の背後から抱きついてくる。


 ギュッと押し付けられ、強大な圧力が俺の背中を蹂躙する。

 この人、狙ってやってるんだもんな。

 困ったもんだよ。


 「もうギルおじさんも冒険者ギルドも終わった話にしてる。二人のことは追いかけないさ。確認するだけだね。」


 「へぇ、確認ねぇ。」

 「そう、確認。二人はもう城壁の外でしょ。そうだ、男娼の名前だけでも聞いておこうかな。」

 背中を抱えられた状態で婆ちゃんに聴いてみる。


 「ゴドヴィン。優しいだけが取り柄の優男さ。」

 ゴドヴィンね。面白い響きの名前だ。


 二人は大金の入った通帳片手に、どこへ逃亡したのやら。

 俺は婆ちゃんのぬくもりをかみしめながら、物思いにふけった。


 「婆ちゃんは、二人がどこに逃げたかわかる?」 

 素直に聞いてみよう。


 「さあねぇ、ゴドヴィンの部屋はきれいに片付いて物家の空だったらしいよ。几帳面な男さね。アベル坊、追いかけないんじゃないのかい?」


 「追いかけないさ。興味があっただけ。ギルドの大金くすねて逃げた行き遅れの女と、公共娼館から飛んだ男娼が何処でどう生きるのか。」

 そう言って俺はお茶をゆっくりすする。


 「さあね、そんなありふれた三文芝居、掃いて捨てるほどあらぁね。」

 婆ちゃんは、お茶を上品に飲む。


 「その掃いて捨てるほどある人生も、興味があるのさ。」

 「アベル坊が他人の人生を気にするなんてね。」


 「人の人生の上に、僕の人生も成り立っているんだよ。」

 「人の人生の上に自分の人生か。アベル坊、哲学者にでもなるのかい?」


 「んなもん成らないさ。人は一人では生きられないって事さ。」


 「そうだねぇ。あーあ、早く12年経たないかねぇ。」

 急になんだ?


 「どうしたの?12年て。」

 俺はビックリして聞いてみた。


 「だってアベル坊の成人だろ。」

 ああ、それか。


 「成人だね。」

 「早くあちきをアベル坊の女にしてもらいたいのさ。」

 婆ちゃんは妙に艶のある声で、俺の耳元で囁く。


 「婆ちゃん、それ3歳児に言う事じゃないよ。」

 「何が3歳児だよ。あちきは早く女にしてもらってね、アベル坊の心の奥を見てみたいのさ。その寂しそうな眼の奥をね。」

 この人、何をどこまで気付いているんだろうね。




「そんなもんかな。」


「そんなもんさね。」



ここまで読んでいただき、有難うございます。

続き読みたいなぁって思ったら、是非ブックマークしてやって下さい。

作者が喜びます。

外されると病みます。

嘘です。

とにかく気に入ってくださると幸いです。


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