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58.アベルくんとギルドの学校計画。

58.アベルくんとギルドの学校計画。




 「もうギルおじさんの方から聞いているかもしれませんが、このギルドの職員の育成と、何より職員の増員を目指す学校の設立案を提案します。」

 完全なプレゼンだ。


 「それって可能なの?」

 フレイヤが聞いてくる。小首傾けているのがうざい。


 「それが可能かどうか、皆に見極めてもらうために今日は来たんだよ。と、いうことでいいかな?」

 俺は3歳児のかわいい子首の傾け方を披露してやる、


 「いいわよ。アンネちゃんも可愛いけど、やっぱりアベルちゃんも可愛いわね。」

 クソ、余計なことをしなきゃよかった。


 「ざっくり説明すると、街の子供、領内に広げてもいいけど、を集めて無料で街の私塾と同じ授業を行う。それと合わせて、一般的なモラルと、ギルド職員としてのモラル、ギルドの仕事の授業を行う。」

この案の基礎だけを話してみる。


 「それって大丈夫なんですか?私塾から反発が来ないでしょうか?」

 ソフィアさんがメモを取りながら、真剣な顔で俺に聞いてくる。


 「そうだね、そう思うのは当然だ。で、ギルおじさんと話し合ったのは、基本的に私塾に通えないほど生活が困窮しているうちの子。またそれに準じる子供たちがターゲットだ。」

 俺がそう言うと


 「なるほどね。私塾じゃ、始めから当てにならない子を学校に入れるのね。これじゃ文句は出ないわ。」

 あら、フレイヤがまじめだ。


 「それも狙い。最終的にはギルドの職員になってもらうってのが一番の狙い。このまま貧乏生活を送らないで済むという希望を与えたい。」

 俺はフレイヤのほうを見ながら言った。


 「アベルちゃんは奉仕がしたいの?いうて、ギルドは冒険者の生産活動拠点よ。奉仕活動の場じゃないわ。」

 フレイヤを見ていた俺に向かって、目を細めて言ってくる。


 野郎、挑発してきたな。


 「そのとおりだね。でも現実的に職員が足らなくて、その生産拠点も危ぶまれてる。」

 俺は両手をちょっと上げ、台無しって感じのジェスチャーを披露する。


 「でもそういう子の親って、あれじゃない。その子の稼ぎを当てにしちゃったりする場合が多いじゃない。病気だったりさ。そういう場合はどうするの?」


 それはちゃんと考えてありますとも。

 「親が病気でどうしても昼働かなきゃいけないような子が居た場合は、夕方授業をやりましょう。あと自分は働ける健康な身体なのに、子供の金を巻き上げているようなクズは、子供だけ寮に入れて保護し、親は放っておこう。」


 どやっ!


 「寮ねぇ。これってお金も人手もかかるわよ。その予算はどうすんの?」

 フレイヤは急に扇子のようなものを取り出して口元を隠す。


 「ちょっとお金のことは置いておきましょう。ギルおじさん、実際の話、毎年何人ギルドを辞めて、何人ギルドの職員として入ってくるの?」

 俺はギルおじさんに向き直って聞いてみる。


 「それは私の方から言いますね、だいたい毎年の退職者が50名程度。新規採用者が15~30名程度ですね。」

  ソフィアさんがギルおじさんの代わりにデータの提示をしてきた。


 「退職者の5割程度減って行ってんじゃん。こりゃ深刻だ。」

 俺はことさら驚いてふうに言ってみる。


 「だから坊主に相談したんだろ?フレイヤ、何かあるか?」

ギルおじさんはソファの背もたれに身体を預け、フレイヤを見据える。


 「そうねぇ、草案としてはよく出来ていると思うわ。貧乏な子たちを捕まえて、ただ飯食わせて雁字搦めに職員にするとかって、普通は考えないものねぇ。もっと細かく詰めると問題も出るかもしれないけど、アベルちゃんは優秀なのね。流石至宝。でもあれよ、お金の話は大事よ。アベルちゃん。」


 「お金の話は領主側は関与しません。ギルドの運営に口出ししたらいろんな意味で大変でしょ?ましてお金のことは口出しできません。」

 他の組織に口出しは行かんでしょ。今回は頼まれたからやってるだけで。


 「やっぱりね、草案だけ出して投げっぱなしか。」

 フレイヤは、パチン!とさっき取り出した扇子のようなものを掌にたたき派手な音を出した。


 「だけどね、これは学校の寮だからさ。学校運営には補助金を出せるんだよね。領内からも中央からもね。」

 俺は言った。

 

 これはすべてが始まってからだ。

 実際、今議論すべきことじゃないんだがな。


 「あ、そうですね。補助金制度もありますよね。」

 ああ、って感じで妙に納得しているソフィアさん。


 「で、いくら出せんの?」

 フレイヤが顎を上げて言ってきやがる。


 「それは規模によるから今は何とも。てかさ、ここのギルド、首都の総収入ぐらい稼いでんじゃなかったっけ?」


 「稼いでも、出ていくものがあるんだよ。」

 ギルおじさんは頬杖をついて、つまんなそうに言ってきた。


 「貸借対照表を出せる?」

 「タイシャクタイショウヒョウってなんだ?」

 ギルおじさんがすっとぼける。


 「去年からこれだけお金が余っていて、これだけ収入があって、これだけ使いましたって表だよ。」

 まさか無いとは言わないよな。



 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」



 「3人が黙っているってことは、収支が不明瞭ってことになるけど、税を取り立ててる領主の者としては、ちょっと黙ってられないなぁ。」


 「いや、ちゃんと書類は城の文官に提出してるぞ。それを基にローランドは納得しているんだから、坊主が疑っても仕方ないだろう?」

 ギルおじさんはかなりあせった様子で、俺にまくしたてる。


 「俺もギルおじさんを疑いたくないし、父さんを無策と糾弾はしたくないね。だけど、今現在ギルドにいても、すぐに財務状況を示す書類が手もとに出せないってのはいただけないなあ。」

 俺は今ギルド内のソファに座ってんだぜ?

 城まで書類を持って来いって言ってんじゃないんだ。


 「違うのよ、アベルちゃん。経理担当が先月辞めちゃってね。調べてみたら、使途不明金がいっぱいだったの。それでギルド内でその職員を探したんだけど、見つからないのよ。」

 妙に焦ったフレイヤが、聞き捨てならないことを口走る。


 はぁ?なにそれ。


 「騎士団に報告した?」

 俺はギルおじさんに問いかける。

 あくまで優しくだ。


 「身内のことだから、大事にしたくなくてな…」

 ギルおじさんは俯きがちなまま、つぶやく。


 あちゃー、組織のメンツが大事だったか。


 「城門で止められたかもしれない犯人を、みすみす逃がす羽目になったかもしれないということ?」

 俺はギルおじさんに対してちょっと睨んでいたのかもしれない。


 「ええ、そうね。」

 フレイヤは、苦々しい面持ちで俺に言う。


 「被害額は?」

 これが分からなきゃ何ともならないからな。


 「ざっと大金貨34枚。」

 これを言ったのはギルおじさんだ。

 日本円で3億4千万かよ。こいつら何やってんだ、まったく。


 「裏で手を引いていた奴とかいなかったの?」

 金額が金額だけに共犯者がいるかもしれないからね。


 「そういった足取りは掴めてない。」

 ギルおじさんは、完全に俯いてる。


 調べてはいたんだな。

 そりゃそうか。


 「いたってまじめな娘だったんです。まさかこんなことになるなんて。」

 ソフィアさんは経理担当の人となりを知っていたんだろう。

 ちょっと心配そうだ。


 「大金貨34枚も持って、外をうろつくかな?仮に相方がいたとして、そいつに半分渡したとしても大金貨17枚か。商業ギルドで為替に替えたって線は?」

 結構な重さだろうし、そんな大金持ったままってストレス溜まるだろうしな。


 「商業ギルドには当たってねぇ。悪い癖だとは思ってんだが、ギルド同士のメンツがあってなぁ。むやみにこっちが稼いじまってるせいで、どうにも相手も頑なになっちまってな。」

 ここでも組織のメンツか。ダメだな、こりゃ。


 「そんなん犬にでも食わしちまいなよ。損しかない。為替に変えるにしても一緒に割符も貰わなきゃだから、そうすると身分証明の城の手形がいるか。街の支署で発行してるから問い合わせれば分かるかもな。その人の名前は?住所と生年月日もわかればいいかな。」


 俺はギルドの面々を見渡しながら聞いてみた。

 職員のデータくらいは残してあるだろうからね。


 「わかります。書類を取ってきますね。」

 ソフィアさんはソファから立ち上がり、急いで部屋から出て行った。


 「マリアさん。」

 俺は後ろの椅子で控えているマリアさんを呼ぶ。


 「わかりました。書類を持って支署に行けばいいんですね。」

 マリアさんは立ち上がるとすぐに俺に話しかけた。

 俺の乳母さんてば綺麗で優秀。


 「わかりが早くて助かるよ。あ、これ持って行って。僕の紋章。父さんが文官たちに、これ僕のだって知らせていたから、これがあれば話が早いでしょ。それとフレイヤさん。」

 こっちも優秀らしいから、一つお願いしようか。


 「わかったわ。エスコートね。」

 流石B級トップ。察しがいい。


 「ありがとう、女性を一人にできないからね。」


 「アベルちゃん、やさしいのね。」

 俺を見て瞳を潤ませるな。

 きもい。


 「ギルおじさん。」

 いまだ俯いているギルおじさんに声をかけた。

 

 「む、俺は商業ギルドか?」

 顔をパって上げるギルおじさんの顔の嫌そうなこと。

 そこまでかよ。


 「流石にギルおじさんにお使いはさせられないよ。」

 ギルおじさんには、もっと嫌なことやらせてあげるよ。


 「じゃあなんだ?言ってみろ。」

 ギルおじさんは、ちょっと安心した顔で聞いてくる。


 「いや、ソフィアさんが来たら、ローズと一緒に商業ギルドに行ってもらおうかなって。ローズは機転が利くからね。連れて行って損はないと思うんだ。な、ローズ。」


 ガタン!と椅子が鳴る音とともし

 「ガンバリマス!!」

 と叫ぶような声を出す、ローズ。


 「そんな力まんでいいから、いつも俺に突っ込みいれてるくらいの機転を利かせてよ。場面が無けりゃ無いで、それでいいんだから。でも周りにはできるだけ気を配って。お前の鋭い五感ならできる。」


 「はい。」

 落ち着きを取り戻したか、おとなしい声色でローズは返事をする。


 「あと残ったギルおじさんと俺はね。」

 「なんだ、早く言え。」

 そう慌てんなって、一番大事な仕事だからさ。


 「帳簿調べようか。」


 「帳簿かよ。一番嫌な役回りじゃねーか。」

 はぁ、ってな感じで顔をゆがめてめいいっぱい嫌そうなギルおじさん。


 「ギルドの責任者として、職員のケツくらい拭けないとね。」


 「むぅ。 じゃ、とりあえず帳簿持ってこさせるわ。」


 所属の長の責任は、職員の不手際の面倒を見ることだ。

 まあ、出来ない奴のほうが多いがな。


 「うん、お願い。」


 「アベル様、私は?」

 「アンネかぁ。うーん、わかった、アンネは魔素の取り込み練習だ!」


 「はい!」

 元気に返事をして、さっそく深呼吸をアンネは始める。


 「経理担当の書類を持ってきました。」

 息を切らせてソフィアさんが部屋に戻ってくる。


 「あ、ありがとう。ちょっと借りるね。エルザ・サルヴァドール 28歳。未婚。住所はヴァレンティア住宅街か。」

 俺はソフィアさんから借りた書類を見ながら、広げてあったプレゼンの用紙をひっくり返し、そこに容疑者のデータを書き込み、要件を書いて自分のサインをする。


 「じゃ、このギルドの書類を持って、ソフィアさんとローズは商業ギルドに行って問い合わせね。そして、俺が書いたこれを持って、フレイヤさんとマリアさんは城の支署に行って、手形の件について問い合わせて。そしたら支署の近くが城門の騎士詰所でしょ。そこへ行って、さっきの紙を詰めてる騎士に見せて。エルザって人の足止めをお願いするって書いてあるから。では四人とも、気を付けてお願いします。」


 ああ、俺がお願いする案件じゃなかった。


 4人は

 「はい!」

 と今日顔を合わせたばかりとは思えないほど、声を合わせた返事をし、それぞれ部屋から出て行った。


 「28歳独身か。」

 「なんでぇ、気になんのか?」

 ギルおじさんが俺のつぶやきに反応する。


 「言っちゃ悪いけど、行き遅れてるでしょ。」


 この世界では、18歳が適齢期と言われている。

 魔道具があって便利なようでも、医療が遅れているこの世界で妊娠、出産は死に直結する。


 だから体力のある若いうちに結婚するのは理にかなっているのだ。

 前世の日本が40歳までは適齢期とか言えたのは、手厚い医療と保険があったからだ。


 「うん、まぁな。それが何か関係するのか?」

 ギルおじさんは不思議そうに俺に質問をしてくる。


 「たぶらかされたのかなって。悪い男に引っかかったりさ。」

 「そういう事か。独り身なら十分考えられるな。」

 ああ、と納得したように言葉を発するギルおじさん。


 「それと。」

 「まだあんのか。」

 ギルおじさんは、はぁ?って顔をする。


 「この人、サルヴァドール子爵のご令嬢?」


 「ああ、確かそうだな。令嬢って言っても二女らしくてな、何か理由があって独り身で、いい歳になって屋敷に居辛かったんだろう、学もあったし身元もしっかりしてたんで、採用したんだ。」


 ギルおじさんは天井を見ながら、記憶を探って答えを出す。


 「よりによって、うちの寄子の令嬢かよ。面倒くせえなぁ。」

 俺はつい頭をかきむしる。


 「ああ、そういうことか。もしエルザが犯人ならローランドはまた仕事が増えるな。」

 ふふん、と、なんだか余裕を出しているギルおじさん。


 おバカちゃんめ。

 「おじさん、他人事じゃないんだよ。ちゃんと被害を届けなかった件もあるし、いろいろと爺ちゃんからもお話があるだろうね。」


 「ご隠居様は関係ないだろ。」

 慌てだすギルおじさん。


 「あるよ、父さんが忙しけれが、元領主としては出てこなければならないこともあるさ。」

 「何とかならんか、坊主。」

 ギルおじさんは俺に拝みそうだ。


 「いやぁ、それはちょっと。寄子関係となると、なおのこと顔の広い爺ちゃん担当となる恐れはあるよね。」

 実際、これは政治の話になるしな。


 寄子の息女が領主のおひざ元で犯罪とか、馬鹿なことをしたもんだよ。

 実家のサルヴァドール家に罰金だけで済めばいいがってな感じだが。


 実際はな…


 「むぅ、十分ご隠居様が出る余地はあるってことか。」

 ギルおじさんは不服そうだが、これは既定路線だ。


 多分だれも崩せない。

 「そうだね。父さんがそういう判断をするかだけど、捕まって実行犯ともなれば、よくて追放、悪くて死刑だろ。しかも寄子の娘を死刑とかな。どうしたもんかな。」


 「刑罰となると今言ったのが妥当なのか?」

 ギルおじさんは率直な質問をしてくる。


 「まあね、被害金額もデカいし、まして貴族出身者が犯人となると、示しの問題がなぁ。」


 これはノヴァリスが定めたものだ。

 その代わり、連座は可能な限り避けている。


 「そういやよ、サルヴァドール家っていやぁ、結構裕福な家だろ。領地も広いし作物も育つ。ダンジョンもある。なんで寄子に付いているんだ?」


 「場所だよ。うちの隣でしょ。もし聖王国が攻めて来た時、うちの軍備がないとね。」


 何も経済的なものだけじゃないからね。

 軍事的優位に立つものに寄り添うのもありだと思う。


 「ああ、そういう事か。なるほどなぁ。貴族もいいことばかりじゃねぇな」」

 ギルおじさんは、今の説明で納得したようだ。


 コンコン、とノックの音がして、職員の人が顔をのぞかせる。

 「帳簿をお持ちしました。」


 「おう、こっちに持ってきてくれ。」

 ギルおじさんはチョイチョイっと人差し指で職員を呼び寄せる。


 「こちらになります。」

 職員は重なった何冊かの帳簿をテーブルの上へ丁寧に乗せた。


 「ご苦労、ありがとよ。」

 ギルおじさんは軽くお礼を言う。


 それを聞いた職員は、軽く会釈をして部屋を出て行った。


 「さて、調べてみますか。」

 俺は手もみをしてから帳簿を一冊手に取った。


 「気が進まねぇな。」

 ギルおじさんもヒョイと大きな手で一冊持ち上げる。

 まるで分厚い帳簿の重さがないような感じだ。


 「何言ってんの、いずれはやらなきゃならないことなんだから、早めに片付くくらいって思ってもらわないと。」

 「へいへい。」


 ギルおじさんは、やっぱり気が乗らないんだろう、その顔は無表情になっている。

 俺はさっそく重い帳簿を開いてみる。


 「ああ、簿記形式じゃない。」

 「なんでぇ、そのボキってぇのは。」


 「ごめん、何でもない。あ、謝っちゃった。」


 帳簿の中身はこうだ。


 

 繰越金が帳簿の頭にきて、使ったお金を引く。また合計金額を書く。収入を足す。また合計金額を書く。



 「あああああああ」



 「なんだ、なんだ、どうしたよ、おい」

  こんな小学校低学年レベルの計算帳を見たのはいつぶりくらいなのか。


 「この帳簿じゃごまかし放題だ。」

 「ん、そうか?昔から帳簿なんてこんなもんだろ。」



 マッ!!



 この世界の歴史上、これを変えようと思った人間がいなかったのか。

 「そうなの?困ったなぁ。うちの城もこのやり方?」


 「そうだろうよ。」

 これはうちの経理もやばいぞ。

 

 こりゃ簿記を定着させるしかねぇな。

 あまり派手な発明とかはしたくないんだけどさ。

 こりゃいけないよ。


 「よし、あきらめた。隅々調べて、怪しいところ探そう。てか、なに、この大金貨2286枚って。」

 まじかよ、ここのギルド、現金で228億6千万も持ってる!


 「ああ、それくらいの流動資産があってもおかしくないだろ。この金で冒険者から魔石の引き取りやドロップアイテムの引き取りやってんだぜ?いくらあっても足りねぇのよ。」


 「とは言ってもさ、魔石なんて一日の取引どれくらいかな?大金貨8枚と金貨8枚か。これが一日か

。結構ありやがんな。」


 「だろ、そこに珍しいドロップアイテムなんか来てみやがれ。大金貨30枚くらいは行く時があるんだぞ。それに賃金なんかの必要経費があるだろ。首都の本部にも送らなきゃなんないしよ。かかるんだよ。」


 「なるほどね。これ見ると、冒険者への払戻金とか一括計上してるね。」

 「そりゃ、おめぇ、毎日5千人から捌けば冒険者用の帳簿を用意して、そちらでまず計算してここで合算するからな。」


 前世の感覚と違う二重帳簿か。

 計算は単純なくせに、調べるのが面倒なやり方してんな。


 しかし毎日5千人超、実働平均8千人くらい冒険者は動いているんだろ?


 ダンジョンの清算だけじゃなく、いろんな依頼に対しての清算もあるし、依頼を受ければ、その分の依頼料のギルドの取り分の計算もいる。


 清算業務だけでこれは過重労働だろう、どう見ても。


 この世界はどうも事務方を軽んじている感じがしていかん。

 しかも帳簿は穴だらけ。


 冒険者用の帳簿の端数だけでもちょろまかせば、結構な額になる、それを見つけて再計算だけで何日かかるかわかんねぇぞ、これ。


 「よくこの帳簿で使途不明金が大金貨34枚ってわかったね。」


 「ぶっちゃければよ、事務方が端数ちょろまかそうとすれば、もうわかんなくなるのは仕方ないってことになってるんだ。そりゃ、金貨、銀貨何百枚もやられた日にゃわかるがよ。でだ、月初めに大銀貨、金貨、と大金貨だけはきっちり現ナマを数えて帳簿と合わせてんのよ。それでわかったんだよな。」


 さも当然という顔でギルおじさんは言う。

 ちょろまかす前提の帳簿かよ。

 どんぶり勘定極まってんな。


 今までの体制じゃ、ギルドに就職しようと思わない、ブラックもいいとこだぞ、ここ。

 城でギルおじさんが嘆いていたもんな、教育が出来ている奴は、賃上げした求人出しても他に行くって。


 まぁ、これで学校の必要性も感じ入るところになるんじゃないかな。

 即戦力が毎年入ってくる体制を作る。


 このギルドは学校制度が必要だよ。

 「ん?どうした、黙っちまってよ。」


 ぼーっとしていた俺にギルおじさんが声をかける。

 「いや、これじゃ求人に応じないだろうなって。ここに就職しても帳簿ちょろまかしてでも、自分用ボーナスが欲しくなるだろうなぁってね。」


 「んなこと言われてもよ。現状でやりくりするしかないからな。」

 顔で、「仕方ねぇよ。おめぇ」と言っているようだ。


 「あれだね、有力冒険者だけをトップに据えるって良くないね。事務方の責任者が必要だよ。」

 冒険者の代表たるギルド長はそりゃ必要だ。

 しかし、事務方をまとめる代表が居ないというの重大な問題だ。


 「フレイヤがよ、あいつ切れもんだから経理関係もうまくやっていたって思ったんだよ。でもふたを開ければこれか。」

 はぁ、なに人のせいにしてんだ。


 「悪いのはフレイヤさんだけじゃないでしょ。他責感バリバリだな。」

 「う、わかってる。わかってんだよ。あんまり虐めんなよ。」

 ギルおじさんが、デカい身体をソファの中で縮こませる。


 「学校だけじゃなくて、これからは事務方の役員も作る、毎月貨幣を数えるだけじゃなくて、帳簿も監査できる組織が必要だよね。しっかり組織の立て直しをしなきゃだめだね。」

 俺は一気に改善案を畳みかけた。


 「しっかりしてよ、国内に10人程度しかいないA級冒険者。あ、それとわかりやすい帳簿のつけ方、あとで教えるよ。今のままじゃまた同じことになるからさ。」

 俺はあくまでさらっと簿記形式の使い方を教えるって言う。


 「そうだなぁ、坊主、その組織体制も作ってきてくれねぇか?」

 「甘えてんじゃないよ。今回は犯罪絡みだから口挟んだけど、領主がギルドに口挟んだら、また面倒くさいことになんでしょ。まったく。」


 ちょっと切れた。


 大の大人が何言ってんだ。

 「ローランドとご隠居様にどやされるか。」

 「そうそう。母さんが出てこないだけまだましだよ。」


 「アリアンナはこえーからな。」

 「そうそう。」


 「ただいま戻りました。」

 そう言ってソフィアさんとローズが入ってきた。

 二人ともちょっと疲れたかな?

 

 「あ、ご苦労様。どうだった?」

 「為替には替えてなかったですね。でもローズちゃんが感づいてくれて。」

 さわりをソフィアさんが答えてくれる。


 へー、ローズが何か見つけたのか。

 「ローズ、何見つけたの?」


 「ソフィアさんが商業ギルドの人の相手をしていた時に、貸金業のカウンターの列をなんとなく見ていたんです。そしたら貯金かもしれないなって。」


 「そうか!俺は大金貨34枚って言葉に目がくらんでた。端数をちょろまかしつつ貯金していけば、それくらいになってもおかしくないんだ。ローズ、よく気が付いたね。」


 「列の人が通帳をカバンにしまっているのが見えて。」


 「それで、エルザさんは口座を作っていたの?」


 「ええ、大金が入っていたので、窓口の人も良く覚えていました。」

 この世界にコンプライアンスなんてもんはないからな。顧客情報は丸見えだ。


 いや、あるところにはあるからね。状況によっては黙っていることもあるし。

 でもまた状況によってはペラペラしゃべるのが、まあ中世らしいっちゃらしい。


 「ありがとう、金の行先はわかったね。犯人も確定かな。」

 俺はふうとため息をつき、うつむき加減で言った。


 「そうなるな。あとは足取りだけか。結局はエルザだったか。」

 ギルおじさんはソファに沈み込み、腕組みしながら目をつむる。


 「残念です。」

 ソファイアさんがエルザと一番接点があったのだろう、悔しそうにうつむいた。


 「でも、ローズ連れて行って正解だったでしょ。感働きがいいからね。頼りになるよ。」

 俺はソフィアさんに顔を向け、明るめに話をする。


 「ええ、人との接し方も確かでしたし、ギルドに欲しいぐらいです。」

 ソフィアさんも俺の意図を組んだのか、微笑んでローズを覗き込んだ。


 「恥ずかしいから、やめて下さい。」

 ローズは8歳らしく体を揺らして恥ずかしがる。


 「あげないからね。」

 俺はキッパリ言った。

 

 コンコンとまたノックの音がする。


 「ただいまぁ~。」

 「ただいまもどりました。」


 フレイヤさんとマリアさんが部屋に戻ってきた。

 この二人も疲れて帰ってきたようだ。


 良いニュースは無かったのかな?

 「おう、お疲れ。どうだった?」

 ギルおじさんが二人をねぎらう。


 「手形はやっぱり発行されていて、城門へ行ったのよ。」

 最初に口火を切ったのはフレイヤ。


 「たまたま副官のユーリさんが居たんで、アベル様から預かった紙を見せたんです。そしたら、すでに外に出たってわかって。」

 ユーリがいたのか。あいつがいたなら調べるのは早かっただろう。


 マリアさんが端的に報告してくれる。


 うちの騎士団の副官様は人望が厚く優秀だからな。

 立派な胸部装甲には弱いらしいが。


 「一足遅かったみたい。」

 フレイヤはあからさまガッカリしている。


 「ギルおじさんどうする?被害届け出して騎士団に追いかけてもらう?」

 おじさんはソファに座ったまま微動だにせずにいたが、パッと目を見開いて


 「被害届は出さん。これは俺の責任として治める。」


 「いいの?舐められて次も同じようなことがあるかもしれないと思うけど?」


 「今回はいい勉強したとあきらめるしかない。高い勉強代だったがな。それにさっきまで坊主に詰められた話の事、組織の見直しや学校のことをキチンとしなきゃならんて思ったよ。今一歩だったが足取りまでは掴めたしな。みんな坊主のおかげだ。ありがとう。被害にあった金は俺の財布から出すさ。」


 3億4千万円をポケットマネーからか。

 さすが元A級冒険者。稼いでいらっしゃるなぁ。


 「一応、寄子が絡んでいるから、父さんたちには報告はするよ?」

 今回の事件はいくらギルドで内々に収めるといっても、寄子が噛んだ事件だ、父さんに報告しなければならないだろう。


 忙しいのに、面倒くさがるだろうな。


 「ああ、構わん。領主は領主の仕事があるからな。ギルドが口出しできねぇさ。」

 ギルおじさんは事件の終焉を迎えたことで、さっぱりとした雰囲気を醸し出している。



この話は終わりだ。



 「アベル様、お話のところ申し訳ありません。そろそろお帰りにならないと、ご夕食の時間に間に合わなくなります。」

 ぴったりのタイミングで、そっとマリアさんが申し出てくれる。


 「え?もうそんな時間?あちゃー、学校の話が中途半端になっちゃったね。どうする?」


 「今度は先触れ出してこっちから行くさ。いいだろう?」

 

 「もちろんだよ。いつでも待っているよ。」


 今度は城でプレゼンか。

 でもその前に、ギルおじさんにはもう一つ解決してもらわなきゃいけない問題があるから、あとで一人で来てもらおうか。

 

 もう一人、ゲストを呼ばなきゃね。


 「アベル様…」

 消え入りそうな声でアンネが俺を呼んだ。


 「どうしたアンネ?」

 「魔素が足に零れた。」


 あら、魔素溜りからこぼれだしたか。

 さっきからずっと魔素の取り込みやってたもんな。

 身体を魔素タンク化した話もまだしていないし、馬車の中で大丈夫だよってレクチャーするか。


 「アンネ、後で教えたあげるから帰ろ。マリアさん、抱っこしてあげて。」


 「アンネ、おいで。」

 マリアさんは、屈んでアンネを向かい入れる。


 「はい。お母さん。」

 そう言ってマリアさんに抱き着くアンネ。


 「じゃ、おじさんたち、またね。」

 俺は軽く手を挙げてギルドの三人に挨拶をする。


 「失礼いたします。」

 マリアさんはアンネを抱っこしたまま軽く会釈をし、ローズは丁寧に絵お辞儀をした。


 「おう、またな。」


 「アベルちゃん、またね。」


 「お疲れさまでした。」

 ギルドの三人は、俺たちに別れを三者三様のあいさつで返してくれた。


 「おじちゃんたち、バイバイ。」

 と言ってアンネはマリアさんの腕の中から手を振る。


 それを見たギルド員たちはみんなほっこりしてる。


 俺も後ろからかけられた声にいったん手を挙げて答えて、昇降台に向かった。


 「さて、父さんたちにどう報告しようか。頭痛いな。マリアさん、今日の事件とか、3歳児が悩むことじゃないよね。普通。」


 俺は赤い絨毯の続く廊下を歩きながらぼやく。


 「アベル様は普通じゃございませんので。」

 マリアさんは微笑みながらアンネをちょっとだけ上に持ち上げる。


 「マリアさんまでそういうこと言うのかぁ。」


 俺たちの会話を聞いていたローズがクスクス笑う。

 

 

 なんだかおかしくて、みんながつられて笑ってしまった。



ここまで読んでいただき、有難うございます。

評価、ブクマでしか得られない栄養が作者にはありますので

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どうかよろしくお願いします。


この作品を気に入ってくださると幸いです。


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