54.アベルくんと馬車に揺られて。
54.アベルくんと馬車に揺られて。
馬車に揺られている。
今日はちょっと街までお使いだ。
冒頭と言っていることが違うが、そんなに馬車は揺れない。
いや、もちろんちょっとは揺れるよ。
中世ヨーロッパ時代の思い描く馬車のように、鉄でできたフレームの車体と固定した車軸というわけではなくて、ちゃんと車体と車軸が分離した板バネのサスペンションが装着されている。
そのお陰で割と快適だ。
どうせ、1500年前の転生者が発明したんだろう。
道路も土魔法で舗装されているので轍などもなく、大きく車体がうねるようなこともない。
ただ、ゴムのタイヤではないので、そこは前世の自動車とは見劣りするね。
馬車の中には、俺のお付き乳母のマリアさんとローズ、マリアさんの一粒種、アンネが実は今回の主役の一人だ。
騎士もいるだろうと言われたが、用事が済めばすぐ帰ってくるし、いらないと断ったのだ。
それがまさかこんなことになろうとは、その時は誰も思わなかったのである。
ヒッヒッヒ
「アベル様、具合でも悪いんですか?笑顔が気持ち悪いですよ。」
全くもって大変失礼なちびっこメイドのローズである。
「僕のどこが気持ち悪いと!」
ガタッと椅子から立ち上がり、俺はローズにいきり立つ。
「申し訳ありませんでした、アベル様はとっても可愛らしい3歳児でございます。」
ローズはにっと歯を見せて笑って、慇懃無礼な態度で俺に言った。
俺の隣で、ふふふと上品な笑い声が聞こえた。
反射的にそちらに顔を向けると、マリアさんがおかしそうに笑ってた。
「あ、申し訳ありません、アベル様。ローズちゃんと仲がよろしいので、笑ってしまいました。」
そう言って、きれいな金髪をちょっと掻き上げ、肩の後ろに戻しながら、まだ笑っているマリアさん。
「お母さん、アベル様は私にも仲良くしてくださいますよ。」
ニッコリと無垢な笑顔を母親に向けるアンネ。
お前だけは普通の3歳児だよ。ホッとする。
中身はまあ、聖女様だからちっとも普通じゃないわけだが。
「アベル様とアンネちゃんの魔法の修練はいかがですか?進んでいるんですか?」
ローズがさっきまでの嫌な笑顔を戻して、魔法の話をはじめた。珍しい。
「アンネは魔素を感じることが出来るようになったんだよな。それで魔素溜りに溜めているんだっけ?」
俺はアンネの方向を見ながら言った。
「はい、アベル様。アリアンナ様から褒められました。」
ニヒヒと子供らしい笑い声をあげて、顔を赤らめ、恥ずかしそうに身をくねらすアンネ。
「よかったわね。奥様のご厚意で教えていただいているのですから、これからも頑張りなさい。」
自分の娘が誇らしいのか、優しい笑顔をたたえている、マリアさん。お母さんだなぁ。
「はい、お母さん。」
アンネは満面の笑みでマリアさんに答える。
ええ、親子や。
でも、俺がアンネの身体を改造して、魔素タンクにした事を教えていないから、早いとこレクチャーしないと。
魔素を入れすぎると魔素溜まりからこぼれて、足から順に溜まっていくから最初は違和感があるんだよね。
「俺の方は、魔改造最強ファイアーボールXを作ってみたんだけど、母さんに駄目出し食らってお蔵入りだ。」
俺はこう言って、ちょっと得意そうな顔をしちゃったかな。
「なんです、その変な名前の魔法。」
はぁ?って顔をして俺を見てくるローズ。
ローズは全くもってわかっていない。
「お前、この厨二心をくすぐるようなネーミングセンスが分からないわけ?だからいつまでもちびっこメイドなんだよ。普通のお淑やかなメイドにはなれないのだ。」
再度、椅子から立ち上がり、いきり立つ。
「私はアベル様より、5歳も上なんですよ。すぐレディになりますよ。淑女ですよ。」
ローズは顔を真っ赤にしながら俺に反論をする。
はっはっは、ローズが淑女だと?笑わせる。
「アベル様、その強そうなファイアーボールはどんな魔法なんです?」
マリアさんの急激な話題転換。
流石マリアさんはわかってらっしゃる。
「そうだね、魔改造最強ファイアーボールXがこの馬車にあたれば、馬車の木でできた部分はすべて燃えるかな。鉄の骨組みは、グニャグニャになると思う。」
得意そうな顔で僕はこともなげに言い放つ。
「え、この馬車の骨組み鉄ですよね。」
マリアさんは信じられないというふうに俺に聞いてくる。
「そうだね。鉄が溶けるくらい熱いファイアーボールに改造することができたんだよ。」
酸素を生成できた俺だけの魔法だ。
酸素をファイアーボールに注入していって、温度を上げてゆく。
そして魔力固定すれば、青白く光る魔改造最強ファイアーボールXの出来上がりだ。
ボールの色の具合を見て、2000度近くは超えていると思う。
実験で魔改造最強ファイアーボールXが押しとどまった部分の鉄板は溶けていたしね。
「そんなに凄いのに、なぜお蔵入りに?奥様は何が駄目だと思ったのでしょう。」
まだ驚いたようにまぶたを広げて、真剣に聞いてくるマリアさん。
へー、マリアさんも魔法に興味があるんだね。
実際は実験のために作ったお遊びのような魔法だからね。お蔵入りでも構わないのだが。
「そこまでの熱量を持たせるまでに時間がかかるんだよ。対人戦じゃ使い物にならないってね。でも、攻城戦や夜戦に使えるんじゃないかって母さんと姉さん3人で話をしていたんだ。」
俺はマリアさんの方を向いて、真面目に話を続ける。
「攻城戦と夜戦ですか。」
ファイアーボール一個が攻城戦や野戦に有効なんて、思っても見なかったんだろう。
マリアさんはあからさまに驚いている。
「そう、それくらいの熱量があれば、岩やレンガも溶かしちゃうからね。これは姉さんが言っていたな。夜戦では普通のファイアーボールより強く発光するから、敵陣を照らせるんじゃないかって母さんが言っていたよ。流石A級冒険者は目の付け所が違うよ。」
うちの女性陣は戦争はいつでもありで考えてんだよな。
さすが辺境伯家の女たちは違う。
「さすがアリアンナ様とシャーロット様ですね。」
ほう、って感じでマリアさんは感心してる。
実際は魔力固定と酸素だけで、よっぽど恐ろしい事態になるんだけどね。
これは周りには言えないなぁ。
ローズとアンネはちょっと理解できないんだろう。口を半開きでポカンと聞いてる。
「あ、そうだ。マリアさんは精霊魔法を使えるの?」
すっかり忘れていた。ここにハーフエルフが居るじゃないか。
執事でエルフのヨハンしかわからないと思っていた。
「ええ、使えますよ。アベル様、精霊魔法なんてよくご存じですね。」
なんかちょっとマリアさんが嬉しそう。精霊魔法はエルフのアイデンティティなのかもしれないね。
「姉さんがエルフは精霊魔法が得意なんだと知っていてね。魔法の勉強をしていた時にさ、魔法って四大元素的なものしか事象として昇華できないから、精霊魔法もひょっとして同じなのかなって思ったんだ。」
土や砂は発現するのに、宝石や金は出ないとか、魔法も変に尖っているからな。
精霊魔法も四大精霊に則ったものなら、制約的に同じなのかもしれない。
「そうですね、四大精霊の魔法になりますね。精霊たちか、その眷属から力を貸してもらって、魔法が発現するのが精霊魔法です。眷属への対価は魔素を変換した魔力になりますから、そこは魔法と変わらないですよね。」
マリアさんは今まで見せたことのない表情で、生き生きと話し出す。
今まで主婦業と乳母業が主だったからな。
本来は、精霊魔法をバリバリ使う仕事がしたかったのだろうか?
四大精霊の魔法っていうのはやっぱり、四大元素と変わらない性質のものだということだ。
「精霊魔法って僕らでも使えるの?」
俺は素直に聞いてみる。
「それが難しいところなんですよね。精霊魔法は私達、妖精種が得意としている魔法なんです。それはなぜかというと、精霊や精霊の眷属との交渉が必要になると話しましたけど、交渉するには精霊たちを感じ取る能力が必要になるのです。」
普段おとなしいマリアさんが急激に話し始めた。
この現象は知っているぞ。
推しの良さを説くオタクのそれだ。
「エルフを含めその他の妖精種は、精霊を感じ取ることが得意なんです。感じ取ることが出来なければ交渉ができませんから。逆に言えば、妖精種以外の種族の方々はそれが得意じゃないんですよ。」
なるほど、魔素じゃなくて、精霊を感じなければだめなのか。
「アンネローゼは死んだライナスとの子ですから、エルフの血が薄くなって精霊たちを感じられるかどうか正直分からなかったんです。そこへアベル様とシャーロット様からお声がけいただいて、奥様から魔法を教えていただけることになりました。ありがたかったんです。本当に。」
全部言い終えたマリアさんは
「ふぅ。」
と一息ついた。
母さんに対しては、そんな大したことじゃない。
これはアンネに絶対必要なことなんだ。
それだけなんだよマリアさん。
ちなみにライナスとは、マリアさんの亡くなった夫だ。
ライナス・クロウフォードという名の騎士で、動物が地上の魔素溜まりに当てられ、モンスター化してしまったものを討伐に出かけて、逆に殺されてしまったのだ。
人間種であり、アンネローゼの血の繋がった父ということになる。
大分前にも指摘したが、アンネはエルフと人間のクオーターだ。
「魔法はイメージして発現し、精霊魔法は精霊に交渉して魔法が発現か。面白いね。でもやっぱり四大元素だけってことか。」
俺が四大元素の何から酸素を発現させたか正直わからない。分解できる水なのか?
普通なら風だよね。
火も考えられるんだよな。
土はないな。
俺が難しそうな顔をして考えていたんだろうな。
その顔をじっと見ていたローズが
「また難しい話してる。」
と、言った。
おやまたローズさんたら、おかんむり。
「魔法の深い話をし始めると難しくなるよね。ごめんなローズ。マリアさんもありがとう。勉強になったよ。アンネのことは気に病むことはないからね。僕らは兄弟なんだから、兄弟は平等にさ。」
「いいんです。どうせ私は魔法使えませんし。」
ローズ、むくれてばかりいるとブスになるぞ。
可愛い顔が台無しだ。
可愛いとは口では言ってやらないがな。
「ご領主様のご家族には、アベル様を始め皆さんに良くして頂いて、どうお返ししていいかわからないくらいです。」
両手を膝に置き、前世の日本のように頭を下げるマリアさん。
うわ、そんなことされると、余計恐縮するからやめて。
「お返しなんて考えなくていいんだよ。いつも僕の世話をよく焼いてくれているじゃないか。それで十分だよ。僕こそ感謝しているんだ。多分、父さんも母さんもそう思っているはずだよ。」
「そんな・・・」
何か言おうとしたマリアさんをさえぎり、御者台から声が届いた。
「アベル様、もうすぐ到着します。」
「ありがとう!」
俺はそう言うと、カバンの中にしまってあった紙束をチェックする。
プレゼン資料を忘れたなんて、社会人として失格だかんね。
そうこうしている間に馬車が止まった。
冒険者ギルド バレンティア支部。ノヴァリス王国最大の冒険者ギルドのデカい建物が目の前にあった。