49.アベルくんと大長老の語るノヴァリス。
49.アベルくんと大長老の語るノヴァリス。
「お待ちどうさまです。」
ハンスは少し大判の本を三冊抱えてやってきた。
「こちらがノヴァリス王伝。こちらが勇者ノヴァリス。こちらが大長老の語るノヴァリス。この三冊だけでした。」
[大長老の語るノヴァリス]一択の様な気がする。
「ハンス、ありがとう。ちょっと読んでみるよ。」
「いえ、また何かございましたらお呼び下さい。失礼します。」
そう言ってハンスはカウンターへ向かった。
「そう言えば、アンネは本が読めるようになった?簡単な本をハンスに頼めば持ってきてくれるよ。」
「アンネローゼはもう私塾の生徒くらいには文字と単語が読める、優秀な私の生徒だわ。アベルは私が教えるよりも早く、勝手に覚えてしまった。もっと頼ってほしかったわ。」
「姉さん、俺はいいから。アンネ、凄いじゃないか。がんばっているね。」
「いえ、お二人が凄すぎて私なんて。」
「そんな事ないさ、努力した分は力になるんだ。自身を持ちなよ。とは言っても、たぶんこの本たちはアンネにはまだ難しいから、ハンスに頼んで楽しい本を選んでもらいな。」
「はい、アベル様。」
そう言ってアンネは椅子から降りるとハンスのところへ行った。
「アベル、どの本から読むの?」
「これだね。」
俺はノヴァリス伝を持ってロッティーに見せた。
「あら、大長老の語るノヴァリスではないの?」
「さすが姉さん、俺もそれが正解だと思ってる。でもせっかくハンスが持ってきてくれたんだから、一冊づつ読んでみようかなってね。」
「そうね。私も勇者ノヴァリスにしましょう。」
「それは見るからに戦記物だよね。」
「ええ、間違いないわ。でも、英雄王様の戦記は、たぶんだけど心躍るに違いないわ。」
「ではさっそく読んでみよう。どれどれ…」
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「ふう、終わった。」
「私も終わったわ。」
「どうだった?何か発明したとか法を作ったとか出てきた?」
「いえ、サッパリ。見事に戦記ものだったわ。古文的な言い回しが多くて苦労するわね。」
「ああ、やっぱり。こっちも古い言葉の言い回しがおおくて、読むのにつっかえちゃったよ。って、あれ?」
「どうしたの?」
「アンネが寝てる。」
「さっきから寝ていたわ。読書は眠くなるものよね。」
「そうだよね。読みなれないものを読むと僕もさすがに疲れたよ。」
たぶん書かれている言葉から、ノヴァリス歴初期から中期頃なのかな。
いや、よくわかんないな。
書体はしっかりしているから、単語としては楽に読めるんだけど。
これが昔書かれた日本語の草書体だったら、全然読めないもんな。
時代と文化の流れで、文字も言葉も変わって行く。
歴史って深いよね。
「アベル。それでは、大長老の語るノヴァリスを読みましょうか。」
「よし、読みますか…。えっと、ノヴァリス歴153年 エルフの里にて、私、ウィルフレッド・アシュトンが大長老から伺った、英雄王ノヴァリスについて記す。」
「これね!」
「これだね。」
「さてさて、ノヴァリス歴前25年。現在のセイナリア市付近の人間の村にて、その英雄は生を受ける。」
曰く、彼は生まれてから1歳になる前に言葉を理解し、人々と会話し知識をみるみる吸い取っていった。
曰く、3歳には魔法を取得し、その魔力は無限とも思えるほどの持続力を示した。魔素を貯えている量が、子供の魔素溜りの量と明らかに違った。
曰く、5歳で彼は村人を指導し、枯れ葉、その下にあった土と便所の排泄物を混ぜ、肥料を作ることに成功。収穫率の大幅な拡大が成される。
曰く、6歳で背が高い草の皮を湯がき、その繊維をほぐし、芋の粉を煮詰めたものを用いて紙を作った。
曰く、10歳で剣術及び体術において、その村で勝てるものが居なくなった。
曰く、11歳で村人を率い、木枠を用い水路を引く。同時に下水も引く。英雄王曰く、流行り病をなくすのはこれが必要とのこと。現にその村では流行り病が減った。
「ごめん。ちょっと止めるね。」
俺はページを開けたまま読むのを止める。
「どうしたの?」
「この人おかしいよ。人間は無から物を作れないでしょ。何もない所からこの人作ってる。紙すきしてるし!」
俺はいささか興奮気味にロッティーに話しかける。
「英雄王様ならそれくらい発明してもおかしくないのではなくって?」
ロッティーはいたって平常心だ。
「いや、違う…。」
こいつ転生者だ。
まず水路、これをブラッシュアップして、ヴァレンティアでもローマ水道のようなものを作った。
下水道処理で発酵を使っているのもうなずける。
俺にはそこまでの技術的発想や見識はないけど。
それと、俺と辿っている道が似つかわしすぎる。
「魔素を貯えている量が、子供の魔素溜りの量と明らかに違った。」
これは明らかに魔素タンクを開発したあとなんだ。
トレーサが言っていた、魔素を身体いっぱいにしていたって。
魔素タンク開発は5歳まで有効とも言っていた。
3歳で魔法を発現できたなら、魔素の圧縮を試したんだろう。
そして魔素溜りから魔素があふれた。
こんなところなんだろうな。
俺は生まれをYouちゃんから、魔素タンクの仕組みをトレーサから聞いて心が軽くなったが、彼はどう転生者としての心のわだかまりを解決したんだろう?
一人きりなら、さぞ不安だったことだろう。
「アベル…」
ロッティーが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、ごめん、大丈夫だよ。」
俺はたぶんバレているだろうが、平静を装い、ロッティーに返事をした。
「今日はここでやめましょう。あなた、顔が真っ青よ。」
ロッティーは心配そうに俺の瞳を覗き込む。
「そうかな?そんなに気分は悪くないんだけど。」
俺は無理矢理に笑顔を作る。覗き込まれた瞳から嘘がバレそうだ。
なんだろうね、英雄王の孤独に当てられちゃったかな?俺が深く読み過ぎたせいか。
「シャーロット様、アベル様、こちらにおいででしたか。」
エレナの声だ。後ろにリサとローズもいる。
「あら、エレナ。どうしたの?」
「夕食のお時間です。皆様お待ちですので、お早めに食堂へおいで下さい。」
らしくなく丁寧にエレナが申し出た。
「大変、もうそんな時間。アベル大丈夫?お夕食へ行けるの?」
心配そうにロッティーが俺に声を掛ける。
その後間髪入れずに
「アベル様、どうしたんです?すごい汗…大丈夫ですか。」
ローズが俺のそばに来て顔を覗き込み、ハンカチで俺の額を拭う。
「姉さん、ローズ、大丈夫だよ。ちょっと勉強し過ぎたみたいだ。早く行こう。」
俺はそう言って立ち上がる。
続けて「そうだ、エレナ、アンネを運んであげてよ。僕らじゃ無理だからさ。」
「はい、かしこまりました。」
メイド達が来たことで、ハンスもこちらに来た。
「ハンス、この本借りて行っていい?ドンピシャの内容だったよ。」
「はい、もちろん、持って行かれても大丈夫ですよ。」
ハンスはにこやかに答えてくれる。
「ありがとう、じゃ、借りるね。」
俺は大長老の語るノヴァリスリスを抱えて椅子から降りた。
「それでは行きましょう。ハンス面倒をかけたわね、ありがとう。」
そう言ってロッティーはドアに向かう。
「ハンス、じゃあね。」
俺も空いた手を上げてドアに向かった。
ハンスは俺達にお辞儀をして見送ってくれた。
アンネはエレナにおんぶされてる。
可愛い寝顔だ。
俺はエレナの隣を静かに歩き、食堂へ向かった。
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