41.アベルくんと最強の魔法使い。
41.アベルくんと最強の魔法使い。
「で、アベル。この状況を説明してくれる?」
母さんが俺を見て聞いてくる。穏やかな雰囲気だけど、目は笑ってないな。
「最初は爺ちゃんと剣の修練をしてたんだよ。そしたら父さんがやって来てね。僕の修練は父さんががやるって言いだして、そこから今の状況に。」
「それでチャールズ団長も見物ってわけ?」
母さんの声が冷たくなって行く。
「そうですな、ご隠居とご領主の模擬戦は最近なかなか見られませんでしたから、眼福でございますな。」
「あら、ヨハンも居るじゃないの。ローランドもヨハンもこんなことをしていて平気なの?」
ヨハンに向き直り問い詰める母さん。
「もう現状のお二人を止めるのは私では無理でしたから。アベル様も楽しんでおられますし。ねえ、アベル様。」
おい、こっちに振るなよ。
「僕は最初ケンカしないでねって止めてたんだよ。でも僕の師匠になるのは俺だって二人は始めちゃって。団長に助けを求めたんだけどさ。」
俺の尻の下がビクッて震える。
「私めが来た時には、すでにお二人とも臨戦態勢でしたので止めることはかないませんでしたな。そしたらアベル様が賭けを始めまして。」
おい、団長も一口乗っただろ!
「アベル?」
母さんのすごく優しい声だ。
コワイ…
「もう止めることは出来なかったんだよ、楽しむしかないでしょ。」
「そう、分かったわ、結局はあの二人のせいなのね。」
そう言うと、母さんは父さんたちの方を見つめパチッと指を鳴らした。
パッと周りが激しく光ったと思ったら、ドゴン!!というデカい音とともに地面が揺れた。
父さんと爺ちゃんが飛び退いたであろう中心地の地面が黒く焦げ、煙が立っている。
雷かよ。母さんそんな魔法も使えんの?
こっわ。
父さんと爺ちゃん、騎士団員全員も目を丸くして母さんを見た。
「アベル、一緒にいらっしゃい。」
そう言いながら、母さんは父さんたちの方に向き直り、颯爽と歩きだす。
母さんの前に立ちはだかる騎士団員は、一斉にモーゼの十戒のごとく割れて行き、その中を母さんは悠々と進んで行く。
途中で
「ユーリ、賭けは終わりよ。」
とユーリに声を掛け
「はい、奥様。」
と、ユーリは肩をすくめる。
俺は団長から降ろしてもらい、母さんに追いつくよう駆け出した。
「母さん、魔法が二人に当たるって思わなかったの?」
俺は好奇心に勝てず聞いてしまった。
「あの二人は私たちが来ていたのを見てたもの。平気よ。」
母さんはにっこり笑いながら言う。
「えっ!?あの激しい対決の最中に父さんも爺ちゃんも周りが見えてたって言うの?」
俺はビックリして母さんに聞いた。
「ええ、戦いには集中しなくちゃね。でも周りにも気を配れないようでは一流の剣士とは言えないわ。あの場でそれが出来るのは、ヨハンとチャールズ団長だけね。」
こともなさげに答える母さん。
「そういうものなの?」
「そういうものよ。」
そう言って母さんは俺の頭をなでた。
「ところでアベル、剣士になりたいの?」
母さんは唐突に俺に聞く。
「そうだね、ヴァレンタイン家の男だからね。興味はあるよ。」
そうにこやかに母さんに言った。
「ロッティーの訓練をよく見ていたから、アベルはてっきり魔法使いになるんだと思ったわ。」
「どっちにも興味があるんだ。」
と、母さんに返した。
「近接戦に特化すると、ああ、そうね、あなたはもう知っているわよね。その上でどっちもか。アベルならどっちも出来そう。そんな気がするわ。」
俺もそうあって欲しいけどね。
接近戦と魔法、合わせて使えるようになってみたいもんだよ。
「アベル、魔法を習いたいならすぐにでも教えるわよ。」
俺をちょっと見てから前に進んで行く。
「本当!嬉しいよ。」
これで自主練しなくても良くなるか。
アンネローゼも一緒に習わせてもらおうかな。
「でもあなた、もう使えるんじゃないの?」
おい、何言ってんのこの人。
やばいよ、見てたの?
「そんな訳あるはずないでしょ。」
俺必死。
「そうよね、あるはずないもんね。そんな気がしただけよ。」
女の勘ってやつか?
恐ろしい。
「さあ、大きいお子様方からお話を聞かなきゃね。」
そう言って、母さんはさっきまで戦っていた二人の前で足を止めた。
さっきの魔法が地面を焦がし、煙がまだ立っている修練場のほぼ真ん中。
ローランド父さんとエドワード爺ちゃんの身体からは、対決していたころの威圧感が鳴りを潜め、二人ともちょっと小さくなって立っていた。
「ローランド、お義父様、朝からお盛んですね。」
母さんの、氷のように冷たい声が響く。
「アリアンナさん、わしはアベルに剣術を教えていただけなのだ。そしたらローランドめが割り込んできての。」
爺ちゃんてば、若干少し腰が引けている。
「い、いや違うんだ、アリアンナ。この前アベルに剣の修練をするのは僕だって言ったろう。それなのに親父が抜け駆けするから。」
父さんもあからさまにビビってる。
「どちらもアベルに剣術を教えたいのね。」
「そうだ。」
「そうとも。」
同時に答える二人。
「アベルはどちらに教えてもらいたいの?」
爺ちゃんと父さんが必死な顔をして俺を見る。二人ともそんな顔しないで…
「僕はどちらでも構わないよ。お二人とも尊敬する最強の剣士ですから。」
父さんと爺ちゃんの顔がパッと明るくなる。
「そんなこと言って、決められないの?」
「決められないでしょ?」
「確かに”剣では敵なし”と”一閃の剣”を比べて師事する方を決めるなんてできないわよね。」
”剣では敵なし”エドワード元近衛騎士団長と”一閃の剣”元A級冒険者ローランド・ヴァレンタイン、それぞれの二つ名だ。
二つ名付きのお二人は、国中に名前が轟いている。俺が比べるわけにはいかんよね。母さんもよくそれはわかっている。
「ならばわしが!」
「なら僕が!」
と、また同時に言う二人。
「では、お義父様お願いします。アベルを鍛えてやってください。」
母さんはあっさり言った。
「おお、任せてくれたまえ。」
爺ちゃんはニッコニコだ。
「な、なんで?アリアンナ、僕じゃダメなのかい?」
何とも悔しそうな顔をして父さんは母さんに詰め寄る。
「ローランド、あなたは公務が詰まっているじゃないの。ヨハンとネスに迷惑ばかりかけられないでしょ。」
母さんの答えは冷静だ。
「し、しかしアベルの改革が始まれば…」
おい、まだ計画段階にもなっていないものを持ち出すんじゃないよ。
「まだ計画も始まってないでしょ。夢を見るよりも目の前の実務をやってね。」
母さんはにべもない。
「ああ…」
父さんは意気消沈してしまった。
「アベル、帰りましょう。お金で遊んだことは、後でじっくり話しを聞きますからね。」
笑いながら母さんが言った。
「はい…」
くっそー、俺が賭けを始めたことを忘れていなかったか。
こうして俺達は城に戻るのであった。
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