359.アベル君と思ひで劇場。
359.アベル君と思ひで劇場。
「二人きりで出掛けるのは久しぶりじゃない?」
俺は隣の席のローズに話しかける。
小さな馬車の席だ。
本当は対面に座ればいいんだが、そこはね、あるじゃん。
いろいろとさ。
みなまで言わせんな馬鹿!
「そうですね、セントクレア邸まで行ったっきりですね。」
え!?マジ?
帰り際に暴漢から襲われたときだろ?
あれから外に二人だけで出掛けていないって…
「それから出掛けなかったっけ?」
「出掛けていませんね。」
「本当にごめん。」
「いえ、いいんですよ。アベル様はどこへ行っても事の中心におられる方ですし。なかなかこういうお時間を頂けないのは百も承知ですから。」
「今日はうんと甘えていいからね。」
思いも知らないことが口から出たが、まあ、これくらいはどんとこいだ。
「いいんですか?」
ローズが真顔で聞いてきた。
「いいよ、勿論。」
俺がそう答えると、ローズは俺の肩に顔をうずめクンカクンカやり始めた。
「あ、ローズさん匂いは止めて。ハズイから。」
「甘えていいって言って下さったじゃないですか。」
「いや、甘えんのはいいんだけどさ。体臭を嗅がれるのは、どうにもこうにも座りが悪くなるからさ。」
ローズは狼獣人という特性上、匂いに敏感であり、匂いで性的興奮もする。
知っていますとも。
俺の洗濯物で一人上手していたことも。
言わないでおいたけどね。
その姿を思い出し、俺も一人で致しましたが、何か?
これらは俺が成人する前、十三~四の精通が済んでんのにもかかわらず、成人していないから娼館へ行って済ますわけにもいかず、メイド達に手を出すなど以ての外の頃の話だけどさ。
よって、その頃はまだローズも俺の内縁の妻ではなく、しかし健康的な十八~九の女性だったから致し方ないよね。
とにかく、群れのリーダーの匂いはいろんな意味で重要なんだそうだ。
とにかく、そんな俺の拒否の言葉がことのほか悲しかったのか、ローズの目に涙が浮かぶ。
ちょっと整理をしてみよう。
甘えさせてあげる → わーい!クンカクンカ → ちょ、おま、やめ → えー!グスン。
このフローチャートだと確かに俺が悪い。
ええい、ならば仕方ない。
俺は涙ぐむローズに両手を広げ
「ほら、ローズ、おいで。」
もうそう言うしかなかった。
すると、ドスン、とローズは飛び込み、俺の首から胸から脇からを永遠に嗅ぎ続ける。
そこの御者のおっちゃん、笑って見てんの分かってんだからね。
チップ減らしたろ。
抱き着かれ、体臭嗅がれレイプされたまま、馬車はロータリーに到着した。
果たして、体臭を嗅がれることが、後に俺の性癖に加わるかどうかはまだ分からない。
性癖に加わって欲しいような欲しくないような、そんな微妙な感情を抱きつつ、御者のおっちゃんに正規料金と三割減のチップを払い、馬車を降りた。
「懐かしいですね。」
スッキリした面持ちのローズが明るい声で俺に呼び掛ける。
この声と顔が見られただけで、俺の精神汚染には意味があったのだ。
そう自分を慰めつつ、
「そうだな。では劇場に向かおうか。」
そう言って、俺はローズに肘を突き出した。
その肘の輪にローズは腕を通し、お互いの腕を絡める。
そして満足そうに微笑んだ。
俺もその笑顔に向かって笑顔を返し、歩み始める。
でも、なんでこんなに疲れているんだろう?
さっぱり意味が分からない。
誰か!このロータリーの中にお医者様は居ませんか!?
などと叫びたい衝動を抑え、にこやかなローズと歩みを進める。
じきに劇場の掲示板が近づいて来た。
「どれどれ、今日の演目は…」
「「お貴族冒険者の大冒険!」」
奇しくもユニゾンをした二人は顔を突き合わせ、同時に苦笑いをする。
「父さんと母さんのあの演劇か。」
「超一流剣士、旋風の剣ローレンと、若くして大魔法使い、閃姫アリーナの大冒険ですね。」
ローズが副タイトルを諳んじる。
「お前、よく覚えているねぇ。」
「大切な思い出ですから。」
10年前の思い出か。
あの頃は俺のことをあきらめさせようと必死だったなぁ。
だってさ、妾の地位って思いクソ低いんだぜ?
そんなところに大事なローズを置けるわけないじゃんって、ずっと考えていた。
だけど、ローズの意志は固かった。
俺が思う以上に固かった。
だから俺も腹を決めたしロッティー以外の家族も祝福してくれた。
あとでロッティーもローズと仲直りしたみたいだしね。
そんな山あり谷あり有ったのよ、能天気に見える俺たちにもね。
「さて、どうする?」
俺はローズに聞いてみた。
「決まっているじゃないですか。見ましょう!」
「よっしゃ!じゃ、チケット買うか。」
俺はローズを連れて貴族用チケット売り場に足を向けるのであった。
読んでいただき、有難うございます。
本作は長編となっています。
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