533.アベル君と抑止力としての文書。
533.アベル君と抑止力としての文書。
「アベル、どう思う?」
今まで黙って状況を見ていたオスカーが俺に聞いてきた。
「根深そうだな。レオだけを改心できたとしても、周りが同じ状況なら何ともならん。」
「うむ、そうか。それで貴様は私が文書を送ろうと言った時に動いたのだな。」
「お!オスカーの癖によく気が付いたな。」
「貴様、不敬でひっとらえるぞ!」
「冗談はさておき、オスカーに頼みがある。」
「なんだ?」
俺は場所をドアの向こうの角に移し、
「ちょっとこっちに来てくれ。」
そう言ってオスカーを呼ぶ。
「あそこでは話せないことなのだな。」
今日のオスカーは察しがいい。
雪でも降らなければいいが。
「まずはリザナのことだが、うちは訴えない。王家も不問にしてくれ。」
「それでいいのか?」
「二度、三度、来るならもうこちらで対処するが、レオとリザナの気持ちがこの学校で変わるのならば、猶予を与えたい。言わば病気みたいなものだからな。」
「病気?どこのだ。」
割とクヨクヨするくせに、物事を単純に考える癖があるオスカーが、まさに単純に聞いてきた。
「ここさ。心だ。」
俺は心臓を指さし答えた。
「心?まさかそんなところも病気になると?」
「なるらしいぞ。体と同じだ。寒いところにずっといれば徐々に体が衰弱するように、心の方も凍えて衰弱していく。そんなものらしい。」
「ふむ、心が病気か。」
「そうだ。昨日まで笑顔で仕事をしていたものが、急に次の日から笑顔が消え、仕事にも行けず、家でぼうっと過ごす、こんな例は実はかなりあるんだ。原因はいろいろだがな。」
「例えば?」
オスカーは興味深げに食いついてくる。
「仕事のし過ぎ、失恋、死別、極度の失敗、それによる叱責等に見舞われる。よくある話ばかりだろ?」
「確かにな。嫁を亡くし、後を追うように枯れていく老人なんて話はよく聞く。」
「そうだろ?爺ちゃんと婆ちゃんを逆にすると、また違った結果になるらしいがな。」
「どうなるんだ?」
「婆ちゃんが途端に元気になる。」
「バカな、いや、聞いたことがあるな。」
「だろう?この場合、嫌なことがあるわけだが。」
「なんだというのだ?」
「爺ちゃんが婆ちゃんの心の病の原因だったってことさ。」
「なんと!」
「人の心の病の原因は、今言った様にそのほとんどが他人から与えられた行動に起因する。レオ達も同じだ。生まれてからずっと、ヴァレンタイン憎しを吹き込まれてきた。そうすれば、金剛石が堅いのも、リオラの実が酸っぱいのもみんなヴァレンタインの所為になる。そう思えてくるようになるんだ。」
「聞いたことがある。どうせアベルは知っているのだろうが、そういうモノを称して洗脳と言うのだろう?」
「ご明察。ただの王太子ではないと思っていたんだ。」
「ぬかせ!」
「この話はここだけにしておけよ。どこの貴族に洗脳のせの字でも聞かれたら、大事になりかねない。特に王太子が洗脳されたなど噂になったら大変だ。廃嫡の危機もありうるからな。」
「う、うむ、あいわかった。」
廃嫡と言う言葉が効いたのだろう。
オスカーは静かに従う。
「それでだ、先ほどもカレッド伯爵が仰っていらしたが、オスカーがカルー家に送る文書に、リザナが爺ちゃんの暗殺を行おうとしたこと、それから僕が生かしてリザナを捕らえ、レオ側に返したこと。それらを加えた一連のヴァレンタイン憎しを抑制する一文を加えてもらいたいんだ。」
「それがヴァレンタイン家に憎悪を向けるカルー家の抑止力になるのだな。」
「そうだ。オスカーは頼りになるな。」
俺はそう言ってオスカーの肩をポンポンと叩いた。
「ぬかせ!気色の悪い。」
オスカーはそう言うと、俺が叩いた肩を払い、ニヤリと笑う。
「これは貸しだぞ。」
ほほう、言うようになった。
「構わんよ。お前に貸し付けた利息で払っておいてくれ。」
俺の方が、遥かに貸しが多かろうに。
地団駄を踏むオスカーを見ながら俺は思うのだった。
読んでいただき、有難うございます。
本作は長編となっています。
続きを間違いなく読みたい場合はブックマークを。
作者がんばれ!
面白いよ!
と、思っていただけたなら、それに見合うだけの☆を付けて頂けると幸いです。
それでは、また続きでお会いしましょう。