352.アベル君と家訓という名の呪い。
352.アベル君と家訓という名の呪い。
「略式のクレームだな。武家であるのはわかるが、貴族であることを忘れ、国の重鎮を愚弄するような教育しかできないのは何事だ。こんなものだろう。」
オスカーが内容を聞いてきたカレッド伯爵に端的に応える。
まあまあそんなもんだよね。
あまり詰めすぎてことを大きくするのもなんだし。
でも俺の目的は、そのことを大きくすることなんだよな。
「ふむ、なるほど、承知いたしました。ありがとうございます。アベル君、これに君は先程我々と話した件を挿入したいと考えているわけだね。」
「ええ、そのとおりです。クレームは一通で済ませた方が、送る方、送られる方にとってもシンプルで良いでしょうから。」
カレッド伯爵は俺を一瞬睨みつけてから、
「さすがに抜け目がないな。もう城で官吏として働かないか。我々にとっても余計な見張りを付けなくて済むからシンプルで良い。」
「余計な出費を出させているようで、申し訳ございません。」
俺はカレッド伯爵の嫌味に付き合っている暇はないのだよ。
「まあ、いい。君がレオ・カルー君だね?」
今までの俺たちの会話を聞いていたのかどうなのか、名前を呼ばれて
「へ?」
と、レオは言ってしまった。
「そう、君のことだ、レオ・カルー君。私が内務大臣のカレッドだ。よろしく。」
「はい、ライ・カルー伯爵が嫡男、レオです。よろしくお願いします。」
まるで小学生が教壇から皆に挨拶するように名前を言った。
こいつこんなんだったっけ?
剣を構えている時と、現状の乖離が激しすぎて戸惑うんだが。
今のレオには森の剣星の二つ名に似合う体裁は一切なかった。
「先程アベル君が話した事柄について異を唱えることが出来るが、君は先程から黙っていたね。何も口をはさむことが無いということでいいのかい?」
「ヴァレンタインが話していたというのは?」
レオはまるで迷子の幼児のように聞き返した。
それに冷徹な大人の言葉をカレッド伯爵は投げかける。
「そうか。君には興味がないのか。君の家が王太子殿下によって戒められても、自分の家臣の命がどうなろうとも。」
「い、いえ。決してそのような事は。」
「そのような事がない者が、先ほどからの会話に黙っているわけがない。ことはエドワード元近衛騎士団長暗殺未遂から始まり、私たち大臣二人の呼び出しを無視し、更に我々がヴァレンタイン家と結託しているとあらぬ疑いを掛けた。その所為で君は王家に不敬を行ったと誹りを受けているのだよ?」
「ちょっと待ってください、そう矢継ぎ早に言われると、彼も混乱するでしょう。」
俺はちょっとだけレオを弁護してやる。
ちょっとだけ。
「ほう、君が庇うとはな。何が目的だ?」
カレッド伯爵が俺に聞いてくる。
「そのような迂遠な話し方をしても、混乱した彼の心には届かないと思っただけですよ。」
「カレッド伯爵、卿の言葉は城の政治に特化しておるのだ。儂の学校の生徒だ。儂に任せてくれんか?」
そう言ってグスタフさんが口を開く。
今のレオにはグスタフさんの方が受け入れやすいだろう。
カレッド伯爵のような政治家の相手をするのは、慣れが必要だからな。
「レオ。カルー!いや、森の剣星よ!気をつけ!!」
「は、はい!」
「まず深呼吸せよ。心を落ち着かせるのだ。」
そう言われたレオは言われたとおりに深呼吸を始める。
「いい、他を見るな。儂の目だけ見るがよい。」
「はい。」
「ヴァレンタイン家が憎いか。」
「はい!憎いです!」
「そのお前の家の憎悪がこの状況を作り出しているのだ。わかるか?」
「し、しかし…」
「しかもだ、その憎悪の元はうぬが祖父の物だ。違うか?」
「ですが!」
「本来、若い貴様らが争う必要などないのだ。四十年も前の武術大会のことなど本来忘れてもいいはずなのだ。なのに、カルー家はそれにしがみ付いておる。なぜだ?」
「それはヴァレンタインが、我らが前ばかり走るので。」
「だから、それは貴様の祖父の呪いだ。貴様は新たに関係を構築してよいのだ。貴様の祖父はエドワードに殺されたのか?」
「いいえ。」
「では、なぜリザナはエドワードを殺そうとし、貴様はそれを黙認しておる。」
「そ、それは…」
「そうだ、意味などないのだ。それなのに人一人の命を狙った。しかも元が付くが王家を守り通した重鎮をだ。ヴァレンタイン家が一声上げればリザナの首が飛ぶ。貴様はそれでもエドワード暗殺を黙認しておったわけだ。」
「そうです!ヴァレンタインは憎むべき相手!そのために命を賭して遂行するは誉なれば!!」
そうレオが叫ぶ。
もう駄目かもわからんね。
そんなことを思った瞬間、
「馬鹿もん!!!」
グスタフさんがレオを叱り付けた。
窓のガラスがビリビリと響き、俺の鼓膜も破れそうだった。
「たかが十五年しか生きていない貴様が、死ぬは誉と申したか!よしんばうぬとリザナの死は良かろう、しかしこのままではカルー家が無くなるのだぞ!しかも王家への不敬によってと言われてな!」
「ぐッ!」
レオは歯を食いしばる。
「王家は連座をよしとせん。しかし、残された者たちはそれ以上の苦しい思いをせざるを得ないであろう。そしてさらにヴァレンタインへの恨みつらみを醸成させるのか?あたら若い命を散らすなど言うな。」
そう言ったグスタフさんの瞳から光るものが落ちた。
完全な洗脳です、ありがとうございました。
アレだよ、俺が前世で、毒親に逆らえないのと同じ類の洗脳。
幼児の頃から綿々と紡がれるヴァレンタインへの怨嗟。
そう言う洗脳が、もう家臣にまで染みついているのかも知れないな。
今まで黙って状況を見ていたオスカーが俺に小声で問いかけた。
「アベル、どうする?」
「うーん、次回に続けるしかないかな?」
「次回?」
俺たちの戦いはここからだ!
読んでいただき、有難うございます。
本作は長編となっています。
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