341.アベル君とガラスの剣。
341.アベル君とガラスの剣。
「ほぉぉ~。」
俺はバルドさんの黒曜鋼の剣を見ながら、だらしない感嘆の声を上げてしまった。
「綺麗!」
そう声を上げたのはフランカだ。
その剣は半透明でとても薄く見えた。
その色は薄紫に輝き、見る者を魅了する。
そうだな、アメジストの石を見たことはあるだろうか?
あの石で剣を作ったような、そんな感じがイメージしやすいかもしれない。
「もうアベル坊の事だから知っていると思うが、この剣は鉄や鋼鉄の剣に比べ、驚くほど脆い。そうだな、このティーカップほどと言おうか。」
「そんなにですか?」
バルドさんの言に聞き返したのはパオロ。
「うむ、そうだ。」
バルドさんはパオロに答えを返した。
俺は知っていた。
爺ちゃんたちが教えてくれたしね。
「しかしだ、これに身体強化をとおす。自分の身体の延長に剣もあると同じ感じでな。」
「うむ。」
爺ちゃんが頷く。
「身体強化の魔法をとおすだけで、この剣はアダマンチウムほどに重くなり、金剛石ほどに固くなる性質があるのだ。」
「なんと!」
パオロがまたも驚く。
「ミスリルは軽くよく斬れる。しかし重みが無いから叩き斬ることが出来ない場合がある。この剣ならば、振り上げる時には魔力を通さず、振り下ろす時に魔力をとおすだけで、剣の自重で対象を斬ることも可能だ。」
「その代わり細かい魔法の制御を求められるんですね。」
俺がそう言うと、バルドさんは深く頷き、
「そのとおりだ。儂は極めているから達人と言っていい。」
そう言って目を細め、フフンと鼻で笑った。
まったく、しょーもないなぁ、セイナリア騎士団長さんは。
俺と爺ちゃんはその顔を見て苦笑いを浮かべ、カテリーナさんは般若の顔になり、
「あなた、少しは謙虚という言葉を知りなさい!」
と、雷をバルドさんに落とした。
バルドさんはチラリとカテリーナさんを横目で見てから、とりわけ大きな咳ばらいを起こした。
「うぉっふぉん。というわけで、極めて取り扱いの難しい剣となっているのだ。アベル坊はこの剣をその鉱石で打って作るということだが、扱える自信はあるのか?」
チミは誰に言っているのかね?「全身魔素タンク」アベル様だよ。
そんな身体強化のON-OFFなんてまどろっこしいことするわけないじゃないか。
流しっぱなしよ。
剣が重くなるなら、マッスルブーストもあるしな。
チートと呼びたきゃ呼べばいいのだ。
チートだから仕方ないんだ。
ちぇ、そんなつもりはなかったんだけどなぁ。
でもこの力のお陰で、困難な状況を潜り抜け生きているんだから、胸を張ればいいのだ。
チート異世界主人公と。
あ、主人公じゃないかもしれんね。
ゴメンね。
チートなモブなのかもしれぬ。
まあ、それはそれで良しだ。
人間なんて、転び方如何でコロッと死ぬのだ。
躓いて転んだ先に手を付いたとしても、頭の先に鶴嘴が上を向いていたらアウトなのだ。
いくら魔法が使えようが、剣術が強かろうが、そんなつまんないことで死んでしまうのが人間という生物だ。
だからね、謙虚に生きよう。
好きな人たちに囲まれるように生きようよ。
前世で恵まれなかったものに囲まれているこの命を、大切に生きよう。
「アベル!」
爺ちゃんの叫びでハッと現実に帰ってきた。
やべぇ、自省のループにはまり込んでしまったぜ。
「え?うん、なに?」
「何じゃあるまい、急に涙までこぼして、何事だ!」
俺は自分のほっぺたを手で触った。
あら、ホントだ。さめざめ泣いていたのだろう、頬がいい感じに濡れていた。
「ちょっと変な事を思い出したら抜けられなくなっちゃった。爺ちゃん、呼んでくれてありがとう。」
俺はそう言って正直に話し、爺ちゃんに礼を言った。
正直に話すと、案外追及されないものなんだよ。
百パーセント話さなくてもね。
「大丈夫なのだな?」
爺ちゃんの安全確認。
「はい、大丈夫。」
俺は、持ってきたハンカチで頬と目をぬぐい、ニッコリ微笑んだ。
「ならばいいのだが。」
爺ちゃんも心配そうだ。
俺も心配だよ。
こんな意識の飛び方普通じゃない。
「アベル坊、平気なのか?ではちょっと身体強化を通して見せようか。」
そう言って、バルドさんは剣を手に取り、身体強化を行う。
でも普通の人達に魔力の動きや、効果が目にすることは出来ない。
たとえ、魔力によって眼球の強化を行っていてもだ。
俺の場合は、ブレインブーストの副作用なのか知らないが、眼球の強化を行うと、他人の魔力の動きが見える。
神の神気すら見えるようになっていた。
バルドさんの身体が衣服ごと魔力に包まれ、強化される。
これである程度の強度の外からのあらゆる力、気温や衝撃から衣服ごと守られる。
便利だよね。
そしてその魔力が黒曜鋼の剣まで包み込んだ。
バルドさんの筋肉が反応する。
剣が明らかに質量を変えたのだ。
この現象に質量保存の法則なんて関係ないのだろう。
なんたって、未知の鉱物と魔法だ。
ご都合主義?
この場に居ないものにとってはそう見えるのだろう。
では多くの人はこれが説明できるのだろうか?
なぜ人間は糖質を摂取し、酸素を血中に取り入れるだけで筋肉を動かせるのか?
あ、喧嘩売ってるんじゃないからね。
でもググるのは無しで、説明できる人は医科学を学んだ一人握りの人しかいない。
こっちの魔法と、そっちの常識はそんなもんなんだよ。
飯を食えば、ちゃんと動ける。
腹が減れば力が出ない。
魔素がなければ魔力が出ない。
みんな同じなのさ。
え、それと質量保存の法則は違う?
ああ、そうだね。
ファンタジー!
以上。