338.アベル君とバルド子爵邸。
338.アベル君とバルド子爵邸。
馬車内で会話をしながらの道程は、時間の間隔を短くする。
現代日本のようにスマホが無いからね。
会話をするか、何かしら本などを持ち込むか。
トランプの様な遊具を用意するしかない。
まあ、街の風景を楽しむのも一興ではあるけれど。
そうしているうちに、とある邸宅のロータリーに馬車は入っていく。
「バルドさんちは初めてだな。」
俺がそう呟くと、爺ちゃんが、
「儂はこの前、飲みに来たばかりだ。」
などと宣う。
まあ、親友の家だ。
ご家族に迷惑をかけたという話も聞かないし、適度に飲むなら良いことだと思う。
「友達の家で飲むというのは、羨ましいな。」
俺がそう言うと、
「アベルは学校の友達が居るではないか。近衛、セイナリア各騎士団の子弟や、法衣貴族の子弟もおるはずだからな。」
そんなふうに爺ちゃんは返した。
なるほど、そういう連中も居るかもしれない。
まだ会ったことは無いけどさ。
「セイナリアに家がある奴なんていたっけ?」
俺はパオロとフランカに聞いた。
最初に口を開いたのはパオロ。
「いや、俺の知り合いにはおらんな。」
そして、フランカが、
「私もいません。田舎から出てきたばかりなので。」
「だよね、田舎から出てきたばかりだもん、知らないよね。俺も辺境の田舎の出だからさ。」
そう俺が言うと、二人は同調するように、うんうんと頷いた。
「いや、待て。一人いるが、気軽に飲める相手じゃないな。家に行く手続きも面倒過ぎる。」
俺がそう言うと、フランカが聞き返す。
「どなたのことです?」
「オスカーさ。」
「殿下か。そりゃ、王城へは気軽には行けないな。」
パオロが笑いながら言う。
「私も殿下には気軽にお話しできるようになりましたが、流石に王城へは気軽に遊びに行けません。ふふふ。」
フランカも笑う。
「オスカーと気軽に行けるのは、娼館くらいだ。」
俺がこう言うと、
右手が凄い力で握られた。
「痛っ!ローズさん、如何なされました?」
「知りません!」
そう言って、ローズはプイっとそっぽを向いた。
「アベル様、特定の女性がいらっしゃる殿方は、もっと周りに気を遣ってお話しないと。」
フランカがにこやかに俺に言う。
ハッ!もしや俺は今、ノンデリの誹りを受けたのか!?
「嫌だなぁ、フランカさん。僕はいつでも十分気を遣っているよ。今回のは友達たちとの会話で、気が緩んじゃったかな。以後気を付けますよ、ローズさん。」
「知りません。」
ローズはリフレイン。
まあ仕方ない。
俺たちがそんな話をしているうちに、玄関前に到着したらしく馬車が停車し、ドアが開かれた。
ドアからヌッとアーサーが顔を出し、
「皆様、到着致しました。」
と、言って階段と踏み台のセッティングをした。
「アーサー、ご苦労。」
そう言って爺ちゃんが最初に降車。
その次に俺が下り、パオロが続いた。
ご婦人方は俺がエスコート。
フランカは俺の手を握るのを最初躊躇したが、いずれは自分も騎士爵を陞爵し、貴族の仲間入りをする身だ。
慣れねばいかんだろう。
俺は催促をしてから、フランカの手を取り、フランカは赤面しながら階段を下りた。
そしてローズのエスコートをすると、玄関方面から、「ええっ!」というような驚きの声が聞こえた。
ああ、そうか。
ローズはメイド姿だったのだ。
それを俺がエスコートした。
バルドさんちのメイド達は何事かと思ったのだろうな。
「着替えてくればよかったでしょうか。」
「構わないさ。ローズはどんな格好でも大事な僕のパートナーだ。」
それを聞いたローズは満面の笑み。
その脇で聞いていた、フランカは更に赤面し、パオロはそれこそ砂糖を口いっぱい頬張ったような顔をしていた。
パオロ、甘ったるいセリフくらい言えないようじゃ、嫁の来手が無いぞ。
前世、陰キャの俺が言えた義理ではないがな。
え?爺ちゃんは今のをどう見たかって?
孫夫婦を見る目は慈愛の笑顔しか似合わないだろうね。
そこへいきなり、
「おう、よく来た!
野太い声がロータリーはおろか前庭に響く。
声の主は屋敷の主、バルドさんだ。
玄関の前に馬鹿デカい人がいた。
その隣に質素だが上品なドレスを着た女性が立っている。
見たことはない人だが、これだけは言える。
おそらく恐ろしく気が強いだろう。
そんな雰囲気がビンビンしているのだ。
「メイド達が驚いていたが、アベル、お前また何かやったのか?」
俺たちの方に来るや否や、俺にこれまた失礼な質問を繰り出すバルドさん。
「こんにちは、バルドさん。この子がね、僕の身内になったんですよ。それで普通に馬車から降りるのをエスコートをしただけですよ。」
バルドさんは、メイド姿のローズのことをしげしげと見つめ、
「ああ、エドワードに聞いておった。なるほど、その姿でエスコートすればそれはうちのメイド達も驚くな。」
俺は、その言葉を聞いて、ハハハと乾いた笑いを放った。
続いてバルドさんは、
「うちのメイド達に、余計な夢を見させよって。」
そう言ってから、ウインクをした。
ああ、そう言うこともあるのかも知れない。
これは参ったな。
俺は思わぬ波紋を貴族社会に投げかけたのではないかと戦慄したのだった。
読んでいただき、有難うございます。
本作は長編となっています。
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