328.アベル君とキスの代償。
328.アベル君とキスの代償。
カミラの両肩をひっつかみ、俺はようやくカミラの身体を引っぺがす。
その間に誰かまたこの部屋に入って来たようだが、そんなの気にしていられなかった。
俺の背中に、殺気が二つ、楽し気な太い笑い声が一つ。
そして達観した気配が一つある。
いやだよ、怖くて振り向けない。
「あら、これは夢…いえ、現実…アベル様!!」
などと、俺の目の前では俺以外の人間が見てないことをいいことに、その周りに聞こえるよう、三文芝居を始めたカミラ。
しかし、その時の俺には何もすることが出来なかった。
もうね、脱力ですよ、脱力。
何かあるなって思っていた、見事に引っかかる。
これほど悔しいことがあるのかと。
「カミラさん!!何をやっているの!!!」
この一瞬で、ロッティーが一気に沸き上がる。
「あら、なんですの?先生。あ…見ていらしたのね。私は夢だと思っていたのに、現実のアベル様に…、嫌だ!アベル様に傷物にされた!!」
「はぁ!!!」
俺の心がズタズタだよ。
俺は素早くベッドを離れカミラと距離を取ると、俺の正面に回り込んでくる黒い影。
「アベル様の馬鹿!」
ローズだった。
まあ、覆いかぶさっていたからね。
その時に来れば馬鹿なことをしてたようにしか見えないよね。
しょぼん。
しょぼんじゃねー!!
「まあ、落ち着け。な、ローズ。」
「これが落ち着いていられますか!なんです、婦女子の寝所ではしたない!!しかも病気の相手に!!!」
そうだね、そのとおりにしか見えなかったよね。
しょぼん。
やめ、やめ、天丼はいいから。
「アンネ、一部始終を見ていたよな。」
「アベル様、不潔!」
嘘だろう!?
俺が愕然としていると、アンネはその綺麗な口をニヤリと歪ませ、
「こういうのやってみたかったんです!」
そう言って、今度は嬉しそうに笑い始めた。
アンネ、いつからそんな歪んだ生物になり果てた。
いつだったか疎外感を受けたあたりから、行動がおかしいよな。
まあ、今後に向け、注視だな。
「マジで勘弁して、アンネさん。」
「はい、ご隠居様、ローズちゃん、アベル様に先ほど起こった災いについて、説明いたしますね。」
そう言って、アンネはまだ興奮冷めやらぬローズとなんだか楽しそうにニタニタ笑っている爺ちゃんに説明し始めた。
「と、言うわけです。ローズちゃん、アベル様はちょっと間が抜けていただけで、悪くはありませんからね。」
そいつはちょっと辛辣過ぎませんかね?アンネさん。
言い返せないのが悔しいけれど。
「アンネが説明してくれたとおり、僕は潔白。二人ともいいね。」
「にしても脇が甘すぎやせんか?アベル。お主、もしやカレン嬢に気があったのではあるまい?」
ファッ!そりゃない!ないよ。ないと思う。
まあ、あれと馬鹿言い合ってんのは楽でいいんだけどさ。
楽、か。
楽じゃなかったのかな?俺。
俺の前世は楽という言葉から完全に乖離された生活だった。
そこからこの世界に転生し、そりゃ産まれ出でるところから意識があったのは面食らったけれど、最高の家族のもとで楽しく過ごしてきたはずだ。
しかし、楽しかったが楽であったか…?
確かに楽ではなかったかもしれない。
新生児から今の今まで、こんな事は初めて考えるが、前世のバックボーンを抱えて過ごすことは、いい事だけではなかったのは確かだ。
バレるという恐怖が常に付きまとう。
故に俺は常に良い子であれと思って生きてきた。
生意気も言ってきたけどね。
それはヴァレンタイン家をドラスティックな変革に持って行く時だけだ。
そうだよ。
そうだよね?
だから、リラに見透かされたことに心底ほっとした。
そして俺はリラが持っているその安心感を手に入れようとした。
ありがたいことに、リラも受け入れてくれたから良かったけどね。
何でも知っているトレーサ(リーサ、カミラ時含む)は日本語で話してしまいたいくらいリラックスできる。
そうか。
結構ストレスだったんだな、ここの生活。
赤ん坊のころから気を張って生きて来たんだ。
バレるのが怖いと思いながら生活してきた?
何故だ?
そうか。
俺は根源的なところで、自分が異質の存在としてはじかれるのを恐れていたんだな。
やべっ!思考広げ過ぎて余計な内省を考えるところだった。
俺は今が幸せ。
OK?
そう、今現在が幸せなんだからな。
読んでいただき、有難うございます。
本作は長編となっています。
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