324.アベル君と家族と言ふもの。
324.アベル君と家族と言ふもの。
いろいろあったが食事は進む。
この食卓で酒を飲んでいるのは、俺と爺ちゃんだけ。
ロッティーも飲めるのだが、食事した後も勉強や読書をしたいらしく、酒は飲まない。
ロッティーらしいね。
そして、杯を重ねるごとに考えは軽く浅く、口は滑らかにも軽くにもなっていく。
それは爺ちゃんも俺も変わらない。
二人とも乱れるまではいかないけれど、楽しい酒にはなっていく。
これは決して悪いことではないさ。
自分で言うと説得力に欠けるけれど。
「女難か。」
ポツリと爺ちゃんの声が聞こえた。
「なに?」
俺は何気に爺ちゃんに聞き返す。
「お前はその年で苦労しているんだなと思ってな。」
爺ちゃんは、グラスの中のルビー色の液体を、明かりの魔道具にかざす様に見ながら俺に言った。
「こんな筈じゃなかったんだけどね。」
「そして今日ももう一人か。」
そう言って爺ちゃんは杯を煽る。
「人に好かれるのは悪いことじゃないけれど、僕にも許容量があるから、難しいよね。父さんと母さんは、いくらでも娶るがいいとは言ってくれているけどさ。本気か冗談か分からないときがあるんだよ、あの二人。」
そういう俺を見て爺ちゃんは楽し気に口を開けた。
「はっはっは、そりゃ本気だろうな。儂も早く曾孫が見てみたい。シャーロットは勉学と結婚してしもうたようだし、やはりアベルにしか頼れんのでな。」
俺がこれから作るであろう、子供のことについて嬉しげに語る爺ちゃん。
でも、毒親に育てられた経験を持つ俺は、人の親になれるのだろうか?
「そんな軽く言わないでよ。」
「決して軽くはないのだがな。お前の歳でこれだけのご婦人方に想いを寄せられるのは、他の男子から見れば妬みの対象でしかないであろう。お主は、リラも手に入れたしな。」
「爺ちゃん、リラのことをまだ?」
「いや、それは無いが、だ。初恋の相手であったのでな、アベルには嫉妬しているのかもしれぬ。」
「やめてよ、もう。」
「くっくっく、アベルが困った顔をするのは、確かに楽しいの。カミラ嬢がからかうわけだ。」
なるほど。
爺ちゃんはカミラの言動をそういうふうに見ていたのか。
まあ、当たっているんだろうな。
俺にはトレーサが何を考えているのかなんて、てんで思いもつかないが。
そのトレーサ=カミラはアンネ、ローズと和気あいあい食事をしている。
さっきの剣呑さはアンネからは抜けていた。
まあ、人より美人さんなのだから、怖い顔より笑った顔よな。
「あら、今度はアンネローゼが気になるのかしら?」
ロッティーが俺に聞いてくる。
「女三人寄れば姦しいっていうじゃない。ホントだなってさ。」
ロッティーの嫌味を華麗にスルーして、俺は思っていたことを言った。
「そうね。でもカミラさんは私に当たりが強いのかしら?」
素直にトレーサが俺を困らせようと遊んでいるとは言えないからさ、ここは
「直系の兄弟と仲が悪いみたいだからね。本当にやっかみなのかもしれないよ。」
「そうなの。血の繋がりによって、兄弟が争うなんてかわいそうね。」
ちょっと話題に深みを与えようか。
「これはカレッド伯爵自身から聞いた話なんだけどね、カミラさんは、彼女が言ったとおり伯爵とそのお妾さんとの娘で、伯爵家の末娘になるんだってさ。カレッド伯爵が中年期を過ぎてからの末娘だから、かなり可愛がったらしいよ。直系の兄弟はそれも許せないみたい。」
「歳を召したからの娘か。それは可愛かろう。」
爺ちゃんがしみじみ言った。
「やっぱりそんなもんなの?」
俺が聞いてみると
「なに、もう直系の方が仕上がっていたのであろう?ならば可愛がればいいだけだ、これほど楽でいいことはない。厳しくする必要もないのだからな。子供を叱るのも、それなりに力が必要なのだ。」
「なるほどね。人を正しく導くのも、それなりに精神を使うってことか。カレッド伯爵のような聡明で自身にも厳しい方なら、その想いはなお強いのかもしれないね。」
「であろうな。」
爺ちゃんは深く頷き、また杯を煽ったのだった。