303.アベル君と至宝と剣星。
303.アベル君と至宝と剣星。
俺の十五年を全てぶつける。
俺は一歩から全速力で獣人君に迫った。
獣人君もカウンターを取ろうと、突きの構えで待ち構える。
その俺が間合いに入ると、鋭い突きを獣人君は放つ。
一直線に俺の胸へ。
俺は急制動の後、まわりこんでその向かってきた剣を自分の剣で上から叩いた。
しかし、獣人君は俺の方へ刀身を振り、俺の剣の根元で叩かせることで、剣を叩き落されるのを防いだ。
チッ、即終わりってわけにはいかないわな。
その後お互いに距離を取る。
さて、最初の一手はしのがれた。
まあ、もう奇襲のようなわけにはいかんよな。
え?ああ、今回はブースト使いませんよ。
命を賭けているわけじゃないんでね。
相手の状況によっては掛けるかもしれないけど。
向こうも相当頭に血が上っているみたいだし。
まあ、俺もさっきは上ったけれど、攻撃を防がれたことで落ち着いた。
さて、行きま…おっと、来てくれんの。
憤怒の形相で、上段からの振り下ろし。
細い身体の何処にそんな力が、って思えるほどの剣のスピード。
それが絶妙なタイミングで、俺の頭を割りに来る。
俺は相手の剣と頭の間の軸に、自分の剣を割り込ませ、剣で剣を滑らせ頭を守る。
しかし相手は降り終わった時点で剣を横に薙ぐ。
俺は自分の剣を立ててそれを受け、攻撃を跳ね返す。
そこでまた獣人君は距離を取った。
うん、良く見えてる。
とりあえず、普通の攻撃なら避けられそうだ。
さて、こっちの番だ。
騎士を目指す連中が、一番嫌な勝ち方をしよう。
俺は全速力で獣人君に向かう。
そしてスピードを乗せた袈裟斬り。
珍しく慌てた獣人君は、剣でかろうじて止めた。
すぐに離れて、また俺から仕掛け、上段の袈裟斬り。
これを数度繰り返す。
俺のスピードもなかなか速いだろう?
伊達に三歳から剣の修練を積み重ねていないんだ。
師匠は剣では無敵でね、顔を潰す訳にもいかんのよ。
獣人君も、負けじと打ち返してくる。
パオロの時に隠し通せていた剣筋も、今となっては丸見えだ。
君の速さにも慣れた。
なんて言っても、家には異常な速さの人間が二人もいるからね。
俺は、獣人君の剣筋に合わせながら、剣を振るう。
そろそろかなってな具合の時に、力とスピードの乗った剣を、またも上段の袈裟斬りで放つ。
獣人君は、それを真正面から剣で受け止めた。
目論見通り。
さて、ここから力とウェイトの勝負だ。
たっぱは俺の方が上。
おそらく体重も上だ。
力はどうかな?相手は獣人だ。
膂力は強いかもしれない。
俺の周りの獣人は、か弱い嫁とメイドしか知らないんでね。
で、俺はかみ合う鍔に自分の体重をかける。
やはり膂力は強いらしく、なかなかどうして反発を食らう。
一旦力を抜いてみるとみせかけ、も一回グッと力と体重をかける。
獣人君は今回抑えるだけじゃなく、自分からも押そうと思ったらしい。
さらなる反発がお互いの鍔に掛かる。
来た。
次の瞬間、獣人君はしりもちをついていた。
ポカンとした顔をしている獣人君の顔に剣を突き付けて、教官を見る。
「勝者、アベル。」
つまんなそうに教官が宣言した。
「アベル、騎士らしい、美しい勝ち方ではないな。」
なんだよ、美しい勝ち方って。
「教官、知らなかったんですか?僕は現役の冒険者ですよ。」
「ふん、それくらい知っている。だがここは騎士学校だ。忘れるな。剣星、足を引っ掛けられて転がるとは、ちとお粗末だったな。」
そう、獣人君が転がったのは、俺が体重をかけて反発させておいての、小内刈だ。
こんなにうまくいくとは思ってなかったけどね。
獣人は尻尾のお陰なのか、バランスが凄くいい。
今回は、獣人君の頭に血が上り過ぎたのが敗因だろうな。
俺だって柔道なんて、体育の授業以来だ。
しかも、投げられ専門。
いじめられっ子だったからね。
でも見様見真似とはよく言ったもんだよ。
俺はまだ尻もちをついている獣人君に手を差し出す。
それをボーっと見ていた獣人君は、ハッとした顔を一瞬してまた怒気のはらんだ目で俺を睨んできた。
俺の手を無視し、自分で立ち上がった獣人君は、
「汚いぞ!」
と、俺に言い放つ。
「真剣じゃなくてよかったね。」
俺がこう言うと
「どういう意味だ。」
と、返してきた。
言わなきゃ分かんないのかね。
「死んじゃ汚いも何も言えないってことさ。」
「貴様はやったことがあるというのか!」
「あるよ。五歳の頃から。」
この頃は剣ではないけどね。
「ぐっ!そんなのは自慢にならん!」
「そのとおりだ。五歳で人殺しなんて、母親に泣かれたよ。けど僕も生きるのに必死でね。已むを得なかった。」
それを聞いた獣人君は声を詰まらせる。
俺をそれを背に、パオロの所に戻った。
「上手いもんだな。」
そう言ってパオロは俺を褒めた。
「パオロも俺を怒るかと思ったよ。」
驚いて俺はパオロを見た。
「うちの爺さんの教えは、『生きるために戦う。』さ。」
「実戦を戦い抜いてきた人の言葉は重いわけだ。」
「そう言うことだ。」
そう言って、俺たちは互いの拳を合わせた。
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