3.田中さんの現状報告。
3.田中さんの現状報告。
俺の名は田中信一郎。男性、34歳、日本人だ。
今の状況は、だいたい把握している。
どうやら何かを口に含まされているらしい。
無意識だが口が動いてモグモグしているのが分かる。
さっきまでの状況は、まさに恐怖そのものだった。俺は生まれてしまったのだ。
母体から。
この現実がいまだに信じられないが、どうやらこれは「転生」ってやつらしい。
記憶を持ったまま母体から排出される体験をしたのは、たぶん俺だけだろう。
どの世界線でもな。
まったくもって恐ろしい体験だった。
母体から引き剝がされる恐怖。
あの子宮という心地よいゆりかごからの強制パージが、こんなにも怖いものだとは思わなかった。
俺は世界に生まれたくなかったのだ。
出生時、赤ん坊はこの恐怖に慄き泣きわめくのだと感じたよ。
これはきっと原初から存在する恐怖なんだろうな。
締め付けが痛いとか呼吸ができないとか、そんなのは些事でしかなかった。
母体からの強制排出という根源的な恐怖、これに尽きるのだろう。
気が付くと、つんざくような泣き声が聞こえていた。
まあ、俺の口から漏れ出ていた泣き声だったんだが。
おくるみにくるまれて盛大に泣いていたよ。
そして何人もの顔が俺のことを覗き込んでいた。
周りの人たちが何を話しているのかは、ちっとも分からなかった。
ラノベのように会話チートは与えてくれなかったらしい。
この状態でわかることは、ここは日本ではないってこと。
相変わらず明かりや色彩はわかるが霞みがかった薄ぼんやりとした視界で、一生懸命俺を覗き込む人達の顔を見返してみたけれど、覗き込む顔の骨格や輪郭が日本人ののっぺり感とはやはりなんか違った。
ラテンとかアングロサクソンとかスラブとか、俺は詳しく分からないけど、おおざっぱに言うと白人っぽい感じだった。
肌は白かったし金髪の人もいた。
さまざまな髪の色の人たちがいたけど、ただハッキリとしたピンクやブルーのようなアニメにありがちな髪の色は見受けられなかったよ。
で、現在はモグモグしている。
ビックリすることに今までの混乱や恐怖はぶっ飛んでしまった。
半端ない安心感が、俺の心と身体の中に広がっている。
乳首を口に含むという行為が、こんなにも安心感を得られるものだとは初めて知ったよ。
前の世界では記憶のない行為だったからな。
いや、え、あ、あるよ。
さすがに30代過ぎて就職もしているのに何も経験がないってのは、キモオタの俺でもありえないと思っている…
でも、うん、あれだ、金銭授受による行為では然したる安心感など湧かないのかもしれない。
まあ、いい。とにかく今の状況は安心感でいっぱいだ。
口をモグモグしながら、母の腕の中で身体を揺らされるというのは効果てきめんだ。
ほら、もう眠くなってきたよ…
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