270.アベル君と三人の盟約。
270.アベル君と三人の盟約。
「ほら。」
俺はそう言ってオスカーにハンカチを渡そうとする。
「ハンカチくらいは持っておるわ!」
そう言って俺の手を払いのけ、自分のハンカチを探し出すオスカー。
「あるんなら、まず鼻をかめ。笑ってしまうだろ。ほら、テオドールさんなんて半笑いだ。」
「止めてくれたまえ!アベル君!殿下にそんな不敬なことを出来るわけないだろう?」
「オスカー、ここでは一生徒でしかないんだろ?」
「そ、そうだ。それがどうした?」
オスカーはハンカチを探しながら、グズグズ言っている鼻を手で押さえて俺に返事をした。
「テオドールさんに言ってやれ。王子ではない、一生徒のオスカーであると。」
びゅしゅっ!と、世に憚られる音を発生させてから、オスカーはすました顔で発言し始める。
「そうだぞ、テオ、私は常々言っておったであろう。この学校において私は一学生でしかないと。そうでなければ、剣の修練など、皆、私に向かってこられなくなるではないか。むしろ私自身もその垣根を取り払い、学友を作りたくて在籍しているのだ。どうかそれを分かって欲しい。」
そう言ってオスカーはテオドールを見つめた。
「それは建前ではありませんか。もし殿下に誤ったといえ不敬な行為が行われた場合、それこそどこに城の草の者が潜んでいるのかわからない状態です。私には承服しかねる提案ですが。」
真っ当だなぁ、というか少々固い。
俺たちの前に現れたときは、もっとフランクだっただろうに。
「ちょっとテオドールさん、固すぎない?僕と声を交わした当初はもっと砕けていただろうに。」
「その時と状況が違う。殿下とは1年間一緒に過ごした同級生でいればいい。しかし、はじめ僕はちょっと変わった新入生くらいにしか君を見ていなかった。しかしどうだ。自分を危険人物だと言って憚るどころか、王子までそれを認め、内務大臣が草まで放っているという。それが王子を呼び捨てにし、あまつさえ友人だといい始めた。もうね、混乱しているどころの話ではないんだよ。」
わかる。
属性盛りすぎて、草ってな具合だ。
いや、まだ盛っていない方だが。
でも、もっと余裕があったよね。
余裕があった振りでもしていたか。
まあ、仕方ない。
彼も好き好んで踏み込んできたんだ。
今更恐れ戦いて(おののいて)も遅いと分かってもらうしかないな。
「でも、既に遅い。」
俺が言う前にオスカーがテオドールに言葉を発する。
おい、良いとこ持って行くなよ。
「テオ、貴様は皆がルカを医務室に運ぶのを見ていたのに、付き添って行かなかった。それは我々と何らかの意思疎通を図りたかったのだろうと私は考える。まあ、おそらくアベルへ対しての興味がそうさせたのだろう。しかしだ。それは事故だったな。もう、貴様の恐れる草とやらも、この三人で密談という報告をしているころだろう。聞かなくてもいい話を貴様はたくさん聞いた。つまり、アベルの能力を聞いても聞かなくても同じところまで来てしまっているんだ。貴様はな。」
こいつ、きっちり詰めやがった。
やり口がのらりくらりとする王と違うな。
王妃の話し方に近いか。
まあ、それはいい、テオドールは今のでどうする?
「わかりました。降参です。私、テオドール・エルゼンはお二方の下に付きますよ。まさか殿下にここまできっちり型にはめられるとは思ってもみませんでした。正直に申しますと、もうちょっと御し(ぎょし)易かった(やすかった)。それがどうですか、半日もかからずこの変わりよう。アベルくん?本当に君は何者だ?」
俺だって知らねーよ。
まあ、今更日本のサラリーマン云々(うんぬん)って言うつもりもないけどね。
「さあ、僕はここで話した程度のことしかしていませんよ。オスカーが変わったように見えたのであれば、オスカーの本質が表層に現れたんでしょうね。ヴィクトルIII世王陛下とクラウディア王妃のお子様ですから、優秀じゃないはずがないんだ。妹君のオリビア王女も凄いですから。怖いくらいに。」
「うむ、あの聡明な両陛下の下に生を受けた方であれば、そうなのでしょう。それと、あのオリビア王女殿下が恐ろしいとは?」
「オリビィはアベルに懸想しておるのだ。それで、事あるごとにオリビィはアベルを追いかけまわしていな。此度もアベルの登城を待たず、セントクレア家まで赴いたくらいだ。」
そうオスカーが言った途端、テオドールの右眉が跳ね上がったのだった。