266.アベル君と正論と感情。
266.アベル君と正論と感情。
「本当にやるつもりか?」
オスカーが俺に問いかけてくる。
「殺されそうになりましたからね。」
俺は至極まっとうな返事を返した。
その答えを受け、オスカーの眉が跳ね上がる。
「仕返しはしたはずだ。」
「殺していませんが?」
アホか、向こうは刃物でこっちは手のひらだ。
掌底だけども。
「そういうことを言っているんじゃないだろ。」
オスカーの眉間に皺が寄る。
「では、どういうことを言っておいでで?」
「そこまで大事にするなと言っている。」
オスカーは唸るように言葉を口にする。
「では僕が殺されるのは大事ではないとおっしゃるのですか?」
「貴様!そんなことは言っておらんだろ!」
オスカーその美しい顔をゆがませ俺に怒鳴った。
しかしだ、譲れんものはある。
「いえ、そのようにとらえられるお言葉だったので。」
「貴様は大切な親友だ、私がそのように思うわけなかろう。」
オスカーは絞り出すように言う。
しかし、そこに俺は畳みかけた。
「では王子殿下は何が正解だったとおっしゃりたいのです?私は王家の忠実なる臣でございます。これから先も王家を見守り、支え続けていかなければならぬ身でございますれば、正式なお世継ぎである王子殿下を支え続けなければなりますまい。戴冠するという未来において、こういう事案も勿論あるでしょう。その時も勿論私は忠実な臣として、王子殿下の指示に従うでしょう。ですからここで一つ、何が王子殿下にとって正義なのかお聞かせいただきたく存じます。」
俺の言葉を聞いたオスカーは顔をゆがめ、俯いて震えていた。
静寂した室内に、いきなり笑い声が響いた。
「ハハハハハ、凄いなぁ、アベル君。さっきの事件を、王家の正義、その定義にまで昇華させるとは。」
あれ?他の者は倒れた奴を運びに行ったんじゃなかったのか?
気配を消し、身を潜めていた?
なんだ?こいつは。
「ほら、王子殿下が固まっておいでだ。あまり正論で追い詰めたりしてはいかんよ。いくら優しい王子殿下でも混乱を生じるやもしれない。」
「失礼ですが、どちら様ですか?」
俺は隙を見せないようにゆっくりと聞き、相手の動向を探る。
「おっと、失礼。私も張り倒されるのは御免だからな。はじめまして、アベル・ヴァレンタイン殿。私はテオドール・エルゼン。東の湾岸で貿易商家を取りまとめる、しがない子爵家の嫡男です。どうぞ、よしなに。」
背は180cm越えてるな。
比較的やせ形、でもガリではない。
短くクルーカットにしている頭髪、その下の顔には意味の分からん笑顔が張り付いている。
ニコニコとしている糸目には、長いまつげが覗いている。
一見柔和、その笑顔が消えた時、どんな目付きになるか見てみたいね。
なるほど、この風貌、そして名前、聴いたことがある。
海外貿易を行うため、東の湾岸に大きく深い桟橋をいくつも作り、巨大な港を作り上げた。
そのアイディア自体を発案したのは、英雄王ノヴァリスだったらしいが、それを行動に移したのは慧眼だったのであろう。
見る見るうちに資金と人が集まる巨大な湾岸都市が出来たのだ。
それを成し遂げた貴族がエルゼン子爵だ。
そこまでの大事業をやり終えたのに、あえて子爵の地位で収まっているのは、中央での政治に加わりたくなかったって事だろう。
彼の名前も噂で流れてきていたな。
かなりの切れ者だって話と、あと、俺と同じで二つ名付きだ。
「はじめまして、湾岸の貴公子殿。改めてご挨拶申し上げる。私は北の大地より参った、アベル・ヴァレンタイン。まあ、北の荒れ地で生きるために、気性が荒くなった人が多く住まう地域の出身ですから、その気性の強さに揉まれ、ついこちらも手が出てしまう性分になってしまいました。出来る限りそういう真似はしないつもりなのだが、何かあったご容赦願いたい。」
実際はそんなことないよ。
一番怖いのが中央育ちの母さんなんだからね。
「おやおや、ヴァレンティアの至宝に知って頂けているなんて光栄だね。もっとも私はその二つ名は気に入っていなくてね」
「偶然ですね、私もその二つ名は迷惑なんですよ。」
テオドールはことさら大げさに驚いて見せ、
「おお、君もですか。本人のあずかり知らないところでこんなものは付けられるから、いささか迷惑でね。まして貴公子などと言う名前は、私には重荷でしかない。君には分かっていただけるかな?」
禿同。
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