265.アベル君とここで!?。
265.アベル君とここで!?。
俺がドアのノブに手を掛け、一気に引こうとした瞬間。
「アベル!待て!」
オスカーの声が部屋中に響いた。
黙って送り出せよ、このへっぽこ王子め。
まあ、無視して出る選択肢はない。
俺はドアノブから手を放し、
「なんでしょう?」
と、オスカーに聞いた。
「今のはお前の勝ちだ。お前が出る必要はない。」
はあ?何言ってんの、こいつ。
勝ったから出て行くんだよ、ヴぉけが。
「はて?王子殿下が何を仰っているのか、私にはわかりかねますが。」
「だから、もう、そういうのはよせと言っている。」
出たよ、わがまま王子。
「うるさいな、オスカー。わかったよ、誰だよ、そいつ。〆ちゃっていいの?」
「やるな。お前はシャレにならない。棺をアルディーニ領に運ばなくてはならなくなのでな。」
「僕はそこまでへぼじゃないよ。」
「知っているが。」
「殿下!やるって俺の事ですか!!」
さっきいちゃもん付けた奴が怒鳴る。
まあ〆るって言われて黙っていられる貴族は貴族じゃないからな。
なんて考えている間にレイピアの切っ先が迫ってきた。
おう、なかなかいい気合いだ。
スピードも十分。
これならいっぱしの騎士になれるだろう。
だが。
すでにブレインブーストが発動。
奴の切っ先は亀が這うより遅く見える。
ただし、見えるだけだ。
俺の身体も同じく遅い。
だけど、もう俺は慣れちゃっているんだ、そういうの。
爺ちゃんとの修練でさんざんやったし、ダンジョンの中の魔物相手にもやってきた。
ぶっちゃけ、こいつのレイピアなんて、ゆっくりどころか止まって見えんだよ。
だから、どうついてくるかが見えるから、ゆっくり避ければいい。
向こうには俺が先読みで避けたようにしか見えない。
まあ、そのとおりなんだが。
ほら見ろ、奴の顔。
俺がよけようとしているのを見て、驚いているじゃないか。
まあ、避けるだけじゃ芸が無いし、ちょっと腹も立っていたので、俺はその驚いた顔をめがけて張り手をくらわすことにした。
顎に掌底が当たるように、精一杯脳を揺らそう。
奴は突きの体制のまま、止まれずに突っ込んでくる。
そこにマッスルブーストをちょっとだけ効かせて、スピードを合わせる。
すれ違う前、手を伸ばしてピッタリの場所。
タイミングドンピシャ!
その瞬間ブレインブーストもマッスルブーストも解く。
この瞬間が一番危ない、一瞬で本来のスピードに戻るから、分かっていてもついて行けずに慌てることがある。
けど、ブースト掛けっぱなしだと、カタルシスが薄いんだよね。
で、俺の掌は、見事に奴の顎の先にヒット。
しかし、マッスルブーストが効き過ぎたのか、野郎、そのまま壁まで吹っ飛びやがった。
「あちゃ~。」
俺はそう言って天を仰ぐ。
しかし、そうはしてられんのよ。
「王子殿下。今のは正当防衛でよろしいですか?」
「え?あ、ああ、そうだな。お前は不意打ちを受けた。それを払ったって事だ。」
「言質を頂いたと思ってよろしいですね。」
「ああ、かまわん。当人に言質とか言うな。」
「そだね。」
俺たちがそんな会話を続けている最中、一人の女の子が、ぶっ倒れている男の名を呼びながら、ゆすっている。
「ルカ!ルカ!しっかりして、起きて、起きなさい!」
そう言ってガクガク揺らす。
こりゃまずい。
「失礼。」
俺は揺らしていた女の子の手を取って、男の衣服から離した。
「なにすんの!?あんたがやったんでしょ!」
「いやあ、そうなんですけどね。今みたいに揺らすと、もっと酷いことになるんですよ。脳みそってそんなに丈夫じゃないんで。」
「あんたがなんでそんなこと知ってんのよ!」
「まあ、いろいろありまして。」
前世の知識とか言えないもんね。
「アベルの姉は、あのノヴァリス大百科を全て記憶しているお方だぞ。アベルもその人と一緒にいろんな本を読んだそうだ。そのような知識なのであろう?」
オスカーがあやふやな記憶であやふやに助け船を出してくれた。
「まあ、そんなところですね。担架で医務室に運びましょう。寝てりゃ気が付きますよ。きっと。」
知らんけど。
俺がそう言うと、ほかの連中がドタバタ動き、担架でテオと呼ばれた野郎を運び出していった。
「それで、王子殿下。」
「また王子殿下か、貴様がこう呼ぶとよくないことが起こるようだ。」
まあ、良い事ではないかもしれんが、必要なことでね。
「殺人未遂の裁判を起こそうと思いまして。」
「な゛っ!」
オスカーは固まった。