258.アベル君と姉と弟。
258.アベル君と姉と弟。
もうすっかり夜のとばりは落ち、周囲の貴族の邸宅から明かりが漏れている。
「余計なトラブルがあって、遅くなっちゃったな。姉さんたちが待っていなければいいんだが。」
「無理ですね。シャーロット様ですよ。」
「ああ、うん、そうだねぇ。」
「シャーロット様はいまだにアベル様のことを、小さいお子様のように思われていますから。」
「それで可愛くて仕方が無いと?」
「はい。」
と、ローズはうなずいたけど、それだけであった欲しいよな。
子供の頃のスキンシップで済めばいい。
それだけじゃないなら、もうロッティーとは一緒に暮らさない方が良い。
俺はロッティーが大好きだ。
それは前世のオヤジの感性である、ただれた背徳感からではない。
家族として、弟として、姉弟として暮らし、生きてきたその情愛によるものだ。
当事者しかわからない危機感なんだろう。
身近にいたローズでさえ、この反応だ。
だからこそ、仲の良い姉弟でいるうちに、この関係は終わらせなければならないのだ。
まあ、俺はローズを従者として、騎士学校の寄宿舎に入る。
ロッティーと一緒に暮らすことはほぼないわけだ。
その間に、ロッティーの婿でも決まらんかな。
あれも強情だからな、誰に似たのやら。
「アベル様。どうなさったのです?」
「あ、うん、考え事をね。まだセイナリアに到着して二日しか経っていないのに、いろいろあるなって。」
「そうですね。アベル様ですからね。」
「なに?僕をトラブルメーカーみたいに言わないでくれる?」
「どうでしょう?」
「まあ、言い返せない部分があるのは否めないな。」
「アベル様ですからね。」
「もう、わかったよ。」
俺は不貞腐れたように、返事をした。
辺境伯領に居た頃は、強盗達を見殺しにしたくらいしかトラブルがなかったのに、セイナリアに着たら二日間で色々あるんだもんな。
俺とセイナリアの相性が悪いのかもしれない。
この地に神による運命などありはしないのだ。
一番身近な神だったものが、あの俗物だったからな。
人間による作為、もしくは単純な運でしかない。
たまにね、リラのように自分が見初めた者が成り上がるようなことも起こる。
それはそれで面白くていいじゃない。
それ自体、偶然なのかもしれないし、リラという個体のギフトなのかもしれない。
不思議なものは不思議にしておいた方が良い様な気がするよ。
勿論、前世の科学を否定する気はないけれどね。
他愛のない会話、他愛のない思考、そんなものが夜の道路を走る馬の蹄と車輪の音に消されて行く。
馬車の流れと共に時も流れて、
「坊っちゃん到着しました。」
御者さんが窓から教えてくれた。
俺は馬車から降り、ローズをエスコート、そのまま玄関に入って食堂に向かう。
爺ちゃんはもう一杯始めていたが、案の定ロッティーは食べずに待っていた。
あ、アンネの食事なんだけど、乳兄弟だから一緒のテーブルで構わないと俺は言ったんだが、恐れ多いって使用人の食堂でご飯を食べている。
アンネの考えもあるんだから尊重したいが、もうちょっと我を出しても良いな。
「お帰り、アベル、先にはじめておったぞ。」
爺ちゃんは果実酒のグラスを持ち上げ俺に言った。
「構いませんよ。上座だって爺ちゃんに譲りたいくらいだから。」
「それはいかん、我が可愛い跡取りよ。」
爺ちゃんはもう少し入ったんだろう、やや芝居がかったことを言う。
「ごめんね、姉さん。待たせたみたいで。」
「いいえ、何か理由があったのでしょう?私も研究があるときは遅れるもの。アベルが気に病むことはないわ。」
「そう?ならばいいけれど。けどこういうことが今後あるかもしれない。その時は各自自由に食事してくれた方がありがたいかな。」
「そうだな。アベルも社交界の中へ入らねばならぬ。なれば突発的な付き合いもあろう。シャーロットもそれでよいのではないか?」
「いえ、家長よりも先にいただくのは無礼かと思いますが。付き合いも家長の務めですから。」
相変わらず固いなぁ。
鉄の女とか噂されるようになるぞ。
「姉さんのその考えは否定しないし、貴族の伝統を守るという面でも正しいと思う。でもね、僕がね、待ってもらうのが嫌なの。待ってもらうと恐縮しちゃって、料理の味もしないんだ。」
「そう、わかりました。家長のアベルがそう願うなら、聴かねばならないのでしょうね。」
「わかってくれて、ホッとしたよ。」
「うむ、では次からはそのように。お前たちも良いな。」
爺ちゃんは周りにいたメイド達にも周知を促した。
今はこれ以上のことを望むまい。
そう思って、俺は食事を始めるのだった。
読んでいただき、有難うございます。
本作は長編となっています。
続きを間違いなく読みたい場合はブックマークを。
作者がんばれ!
面白いよ!
と、思っていただけたなら、それに見合うだけの☆を付けて頂けると幸いです。
それでは、また続きでお会いしましょう。