250.アベル君と懐かしい人たち。
250.アベル君と懐かしい人たち。
大学入学式のごたごたがあった次の日、また俺は馬車に乗っていた。
今回は母方の実家、セントクレア侯爵家に顔を見せにだ。
祖父母には初めて会ってから10年が過ぎ、侯爵であり、ノヴァリス王国宰相であるウィリアム爺ちゃんは齢70を過ぎた。
クリス婆ちゃんも60代後半に差し掛かっているのだろう。
まあ、女性の年齢はセンシティブな問題だから、ぼかさないとね。
お二人とも、貴族として、国の重鎮として、ますます忙しい日々を送っているらしい。
爺ちゃんと婆ちゃんが待つ母さんの実家へ、馬車が程よい日差しの中を走っていた。
馬車には俺の隣にローズが座り、そしてミーがメイドとして同行。
護衛役及び従士としてフレイも一緒だ。
仕事だからね、馬車内で二人はいちゃつくこともなく、黙って座っている。
そして、もう一方のローズとは言うと。
もう、ガッチガチ。
妾としての顔合わせになる。
本来、連れてくるべきではないと思ったのだが、まあ、けじめだな。
ローズもヴァレンタイン家に連なるものとして、貴族との付き合いは必要になる。
その練習が宰相の家っていうのもアレなのだが。
そして、立派な屋敷のロータリーに入ると、執事とメイドが玄関で出迎えてくれた。
「皆さんお元気そうですね。」
俺は彼らに声を掛ける。
「アベル様もご立派になられ、ご息災の様で何よりでございます。さあ、旦那様方がお待ちでございます、こちらへ。」
そう言われて執事の後をついて行く。
通されたのは、依然来た時と同じ椅子やテーブルのない部屋。
俺たちが入ったドアの奥に二人の人影が立っていた。
二人は、穏やかな目で俺を見続けている。
俺とローズは部屋の中央まで行き、跪いた。
「アベル・ヴァレンタイン。宰相閣下ご夫妻にご挨拶に参りました。」
「アベルよ、良く参られた。大きくなったの。身体つきも立派になって、顔も甘さが少しだけ減った。良きことだ。そして、そこの女性はどなたかな?」
爺ちゃんは好々爺然とした笑顔で俺に話しかけてきた。
「こちらは私が個人的に庇護することになりました、ローズと申します。」
俺はローズに目配せをした。
「ローズと申します。宰相閣下ご夫妻にお目通りなどできる立場ではございませんが、こうしてご尊顔を拝したこと、幸いにございます。」
固いなぁ。
でも、格式にあった立派な挨拶をローズは行った。
マーガレットの教育のたまものだね。
「はい、もういいでしょう。お二人ともお立ちなさい。そしてお顔をよく見せて。」
そう言ったのかクリス婆ちゃん。
俺は立ち上がり、ローズを伴って二人の前に歩み寄った。
「婆ちゃん、ご無沙汰ぶりです。」
俺が笑いながらそう言うと、婆ちゃんは手を広げ強いハグをする。
「顔は男っぽくなって。身体つき立派になったわ。これではモテるのも仕方ないわね。ローズさん、しっかり手綱は握っていなければダメよ。」
「ローズというたか。この娘もなかなかどうして美しい。さすが我が孫だ。審美眼も持ち合わせておる。」
「そうでしょ。というか、子供の頃から僕を懸命に面倒を見てくれた娘でね。僕も成人したんだし、立場を逆にして僕が一生面倒見たくなったんだよ。お二人ともよろしくね。」
「奥様もメイドの身だった私に”さん”など付けなくて結構でございますから、どうぞローズとお呼び下さい。」
「うむ、若い二人は良いのお、クリスよ。」
「ええ、こちらも若返る気分ですわね。」
そう言って宰相閣下ご夫妻は俺たちをまじまじと見る。
俺は平気だけど、そういう視線になれていないローズは、途端にもじもじし始めた。
「爺ちゃん、婆ちゃん、受け入れてくれてありがとう。でもあまりじろじろ見ないであげて、こういうのに慣れてないんだ。」
「あら、そうよね、ごめんねローズ。あなたたちが微笑ましくて。」
婆ちゃんが、どこからか取り出した扇子で口を隠しながらオホホと笑う。
「うむ、あのアベルが女性を連れてくるなど、感慨深くてな。まあ許せ。さて、こんな殺風景な部屋ではなんだ、他の部屋でお茶でも飲もうか。」
そう言うと、俺たちの入って来たドアと反対側にあったドアが開き、
「皆様、ご用意が出来ております。旦那様、お客様がお二人見えておりますが。」
「今日は何も入れていなかったはずだが?」
「それはお会いなさってからお考え下さい。私の権限を逸脱しておりますので。」
「ここでの来客の割り振りはお前の考えで出来るものだが、それを逸脱というと。」
爺ちゃんはちょっと上を見上げ、小さくため息をついた。
まあ、俺もわかっちゃったけど、言わないようにしよう。
今は会いたくなかったんだけどな。
「ローズ、身構えておけよ。」
俺は一言ローズに注意を促したのだった。
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