249.アベル君と少女の正体。
249.アベル君と少女の正体。
「アベル君、アベル君。」
俺の肩を誰かが揺さぶる。
んあ?
「んあじゃない、終わったぞ。」
「あ、伯爵、僕ずっと寝ていました?」
「ああ、気持ちよさそうにな。」
「昨日までの長旅もありまして。」
「ああ、そうだろう。でも城の式典なら、これじゃ済まんぞ。」
「いえ、そのようなものには興味がありませんので。」
「君はそうだろうが、周りがな。では私はそろそろお暇する。君との話は有意義だった。また会おう。」
そういってカレッド伯爵は娘と待ち合わせて合流してから去って行った。
その娘が、また俺を黒い瞳で見つめる。
やめてくんないかな。
面倒なので、俺はアンネを探すふりをして視線を外した。
まあ、座っていた席は知っているから、そっちに向かうか。
しかし、なぜかアンネは席からピクリとも動かない。
なんぞ?おかしい。
俺は急いでアンネが座っている席に向かった。
席に着くとアンネは力なくグッタリしていた。
「おい!アンネ!!」
俺はアンネの肩を掴んで揺さぶった。
「んあ。」
んあじゃねぇ!
アンネは寝ていただけだった。
さっきの俺と同じだね。
長旅の後のあの学園長のあいさつだもん。
寝るよ~。
「ほら、これでよだれを拭きな。」
俺はそう言ってアンネにハンカチを差し出す。
「あれ~?アベル様がいる~。」
「アベル様がいる~じゃねぇよ。早くシャキッとしろ!」
「あ!あ、あれ?アベル様?私、寝てた?」
「そうだよ。もう起きたな。」
「はい。」
「あなたたち、何しているの?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
ロッティーだ。
「職員の間で有名になっているわよ。入学式で爆睡している新入生と、貴賓席の若い男性が居るって。」
ありゃ!そこまで目立っていたか。
案外、ステージからはよく見えるって言うしな。
「それは申し訳ない。二人とも昨日までの疲れがここの静けさと共に出ちゃったんだろうね。」
「まあ、学園長の挨拶はつまらないから、その点は分かるわ。」
「それは周知の事実なんだ。」
「そうね。研究者が挨拶とかしちゃダメっていう典型ね。」
「理系は研究に励んでおけって事か。」
「りけい?」
「何でもないよ、姉さん。」
「そう言えば、アンネ、友達が出来たみたいじゃないか。」
「えっ!まあ、そうですね。」
「なに?その反応は?」
俺はアンネの顔を覗き込む。
「後でお話します。シャーロット様、これから私はどうすればいいんでしょう?」
アンネの露骨な話題転換に、突っ込んでやろうかと思ったが面倒ごとかもしれんのでやめておいた。
後に分かったことだが、マジで面倒ごとだった。
アイツめ!
「二人とも帰っていいわよ。明日からアンネ一人で来るのよ。あとで授業表を写して持っていくから。」
「じゃあ、僕らはアーサーと合流して帰るよ。」
「はい。気負つけて帰ってね。アベル、今日じゃなくていいから、セントクレアの家にも挨拶に行くのよ。」
「そうだね、顔を見せに行くよ。」
「じゃ、私は戻るわ。」
ロッティーがそう言って微笑む。
「うん、じゃあね。」
俺はそう言って軽く手を上げる。
「ありがとうございました。」
アンネはそう言ってお辞儀をした。
それぞれの姿を見て、ロッティーはスカートを翻し、戻って行った。
「さあ、僕らも行こう。」
「はい。」
アンネは、入学式も済んで気が楽になったのか、軽やかに返事をした。
途中の廊下で職員にアーサーたちを呼んでもらい、馬車に乗り込んだ。
「さて、アンネ、聞かなければならないことがある。」
「え?なんですか?」
「講堂内で何があった?あの女の子がどうかしたのか?」
俺がそう言った途端、アンネはアーサーたちを気にし始めた。
なんだ?彼らに聞かれては困る事なのか?
「分かった、家に帰ってから話そう。」
「はい…」
アンネは俺に何か訴えそうな眼をして、返事をしてから俯いた。
なんかあるのか。
100パーセント面倒ごとだ。
でも、おそらく放っておけない。
放っておけば、更に輪をかけて災いがやってくるタイプの奴に違いない。
俺たちは屋敷に戻り、遅めの昼食を取ってから、別邸の書斎に入った。
10年前は父さんがここで仕事をしていたな。
母さんともまあ、いろいろしていた。
それはさて置き。
「さ、ここなら誰も居ない。アンネ、何があった?」
「カミラさん、カレッド伯爵の御令嬢と言っていましたが、彼女がその、うーん。」
どうにもアンネが煮え切らない。
「ハッキリ言っていいよ。こっちも腹くくって聞くから。」
「じゃあ、言います。トレーサ様なんです。」
「ふぁっ!!!」
「ご本人が言っていました。3歳のアベル様を蘇らせたことも、アベル様と私が魔素タンク化されている事も。ヴァレンタイン家の人達の特徴を全て話していました。それが全部合っているんです。彼女はトレーサ様そのものです。」
繋がった。
『馬車に轢かれる酷い事故に遭ったんだが、不思議なことに一命をとりとめ、あまつさえ、病気がちで塞ぎがちだった性格も、凄く明るくなってまるで他の誰かと入違ったかのように、今、元気にそこに居る。』
入違いやがった。
あの野郎。
何が目的って、ほぼわかる。
俺だ。
本気で結婚をするようなことを言っていたっけ。
まさか、人間の少女に受肉しやがるとは。
「アンネ、多分だが、またお前に接触してくるだろう。」
「はい。」
「とりあえず何が目的か、聞いてきてくれ。」
「よろしいのですか?」
「良いんだ、碌なことじゃない事は分かっているから。」
「分かりました。でもフェアリーのリーサちゃんがいなくなったんですね。」
ああ、そうか。
あの姿ではなくなったんだな。
思えばあの姿のリーサと12年も一緒だった。
あ!家族にどう説明すればいいんだよ。
「まあ、とにかく頼んだよ。」
「はい。」
そう言って俺たちは書斎から離れたのだった。