245.アベル君と旅の次の朝。
245.アベル君と旅の次の朝。
なんだか外が騒がしい。
目が覚めると、廊下や他の部屋で何か騒いでいる。
「なにかな?」
俺がベッドの中でそう呟くと、すでに着替えていたローズが
「アンネちゃんの入学準備をやっているんだと思います。」
そう教えてくれた。
そうか、今日は学校の入学式か。
「早くこれに着替えてください。」
そう言って、ローズは俺の正装をベッドの上に広げた。
「え?何やってんの?」
「アベル様もシャーロット様とアンネちゃんと一緒に、大学校にいらっしゃるんですよ。」
「へ?聞いてないけど?」
「シャーロット様が昨晩、仰っていらっしゃいましたよ。アベル様に正装を着せておいてねって。」
「ヴァレンタイン家代表が僕ってことか。」
「そうでしょう?違うんですか?」
「実感がまるでない。」
「この前まで、ダンジョンで魔石採りばかりしていましたからね。」
「本当にねぇ。色々立場が変わって行くな。」
「私もですよ。」
「そうだね。苦労をおかけしますね。」
俺はベッドから起き上がり、ベッドサイドで支度をしていたローズを抱き寄せキスをした。
「支度中ですよ。」
「分かっていますとも。朝の挨拶です。」
「もう。」
膨れているローズの目には拒否感は一切ない。
くっつくまでのあのモヤモヤは、お互いになんだったんだろうね、ってな具合だ。
一つのハードルを越えた前には何もないのだ。
必要なのは勇気と責任。
それを持って、ハードルを越えよう。
そのハードルの先には困難だってあるでしょって?
そりゃそう、それがあるから必要なのが勇気と責任。
それらでもって立ち向かってこそ、相方に与えられるのは安心感だ。
それがあるから一緒に居てくれるとも言える。
え?そんなん無くてもダラダラ一緒の夫婦は居るだろって?
居るねぇ、でもそれは百人十色だ。
全員が完璧ではない。
ではダラダラ一緒の夫婦の一例を上げようか。
あまり聞いても楽しくないと思うけれどね。
施設で一緒に育った奴が、ベタなアル中共依存夫婦になっていたが、あれは怖いぜ。
はたから見ると奥さんまともなんだがな、奴が酒が無くて飲めないって暴れると、「既に買ってあった」酒をすぐ渡すんだ。
断酒治療を受けている患者の配偶者として、一番やっちゃいけないことなんだがな。
だか彼女は彼の暴力が怖いからと言う。
そのうえで「田中さんどうしましょう?」と奥さんは聞いてくるんだ。
「お二人でクリニックに行きましょう。ありのままを先生にお話ししてください。」
ってだけ言って、帰ってから着拒した。
濁ったあの夫婦の目は、今思い出しても肝が冷えるぜ。
なぜ着拒したんだ、無責任だろって?
そうだよ。
俺にあの夫婦に対しての責任なんてないもの。
それにあの二人の人生を俺が背負えるわけないじゃない。
優しさから手出しするのは自分の首を絞めるのに等しいんだ。
そしてそれが行き詰まり、深みにはまると自分たちの責任を放棄して連中は何と言うと思う?
「田中が助けてくれなかった。」
こう言い始めるのが目に見える。
正解につながるアドバイスはした。
だからこその着拒、OK?
奴らが繋がっていられるのは、酒と義務感とセックスだけだ。
依存と依存される自己肯定感の高揚と、それによる依存。
そんな夫婦になりたいかい?
そんな奴らに子供が生まれてみろ。
あいつらの立場には更に毒親という名のステータスが付くようになるからな。
そしてその子供にはアダルトチルドレンという名のステータスが付くのさ。
そう、俺はそのステータスをつけられた人間だった。
いやいや、そんな話は、無し、無し。
今日はアンネの入学のめでたい日だった。
「どうしたんですか?顔色が優れませんが。」
嫌な過去を思い出したことが、顔にも出たらしい。
いやはや困ったものだ。
「なんでもないよ。冒険者ギルドの前で、フライングニーを食らったことを不意に思い出したんだ。」
俺がそう言うと、ローズの顔は瞬く間に赤くなり、手で顔を覆った。
「何年前の話を出してくるんですか!!」
「かれこれ12年になったんだね。長いようであっという間だ。」
「もう、感心していないで、早く着替えてください!シャーロット様にアベル様が起きたことを報告してきますから、帰ってくる前に着替えておいてくださいね。」
「はーい、嫁さんだねぇ。」
「何か言いました?」
「なんでもないよ、姉さんによろしく。」
俺がそう言うと、ローズは部屋から出て行った。
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本作は長編となっています。
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