239.アベル君と成人。
239.アベル君と成人。
俺が黙ると、横座をしていたリラはすくっと立ち上がり、俺に駆け寄ったと思うが早いか、俺にキスをした。
軽く触れるだけのものではない。
これから受け入れる、そういった類の濃厚なものだった。
その間に、連れて来てくれた女性は、ふすまをスッと閉め、どこぞへと消えていた。
しばし無言。
いや、そこには軟体動物が絡み合う様な音が、悠然とこの後の物語を語らんとしていた。
俺の言葉で語るけどね。
リラが落ち着き、鼻が付きそうな距離で見つめ合う俺たち。
「やっと迎えに来てくれたねぇ。」
リラは濡れそぼった声で俺に語る。
「待っていたのは僕だけだと思っていたよ。」
「そんなことがあるはずないじゃないか。アベル坊、いえ、アベル様。お待ち申し上げておりました。」
そう言って、リラは俺から離れ、三つ指をつき深々手お辞儀をした。
「そんなことをする必要はないさ。これからやることはお互い裸でやるものだ。そこに何も障壁はないだろう?」
「あはは、そうだねぇ。」
「そうだよ。」
そう言って笑いあいながら、二人はまた抱き合い、そして求めるがままに貪る。
そんな時間がずいぶんと過ぎ、二人は布団の中で仰向けに横たわっていた。
表現が淡白過ぎないかって?
そういう人はノクターン(成人小説)でも行ってください。
成人しか行っちゃだめだよ。
でもね、やっていた事は淡白じゃなかったよ。
俺、溜まっていたし。
「どれだけ我慢していたんだい。あちきの腰がどうにかなっちまうよ。」
「誰もかれも妾にしていいんならこうはならなかったさ。でも僕はそれが嫌だった。妾にするなら一人だけ。そう決めていたんだ。嫌だったかい?」
「嫌ならこうはなっていないさ。これはあちきも望んだ結果。必然なんだよ。」
「いきなり運命論者のようなこと言うなよ。気持ち悪い。」
「嫌だ、気持ちが悪いって。酷い。」
「今まで気持ちいいことをしてたのにな。」
「バカ。」
そう言うと、俺の脇腹リラはつねった。
「イテッ!あと一週間で、セイナリアに行くよ。」
「はい。」
「また待たせるけど。」
「帰りは正室も連れて来るんだね。」
「どうだろうね。問題は、向こうで我慢できなくなったらどうしよう。」
「向こうの娼館に行きなさいな。良い子を紹介するよ。」
「お前、いいの?」
「あのね、我慢できない身体を抱えた人を、首都に放り投げて、誰もかれも一緒くたに抱き始める方があちきは困るの。」
「なに?俺はそんな風に見えんの?」
「見えないねぇ。だけど、根源的欲望は、人を狂わせるものなんだよ。」
「うん、そうだな。そのとおりだ。心配掛けます。」
「良いんだよ。貴方はまだ成長していく人だもの。いろんな場所に行き、いろんな人に会うべき人。こんなものは些事でしかないのさ。」
そう言って、素肌のまま、リラは俺に覆いかぶさる。
俺も裸だから、リラのいろんなところが当たるのよ。
まいったなぁ、また固くなっちまった。
真面目な話してんのに、若いって制御不能なんだよね。
歳を取ると、別の意味で制御不能になることがあるけれど。
俺は覆いかぶさったリラの頭に手を回し、優しく引き寄せ、リラの耳にささやく。
「俺の秘密を知りたいかい?」
「話してくれるのなら。」
「俺は一度死んでいる。34歳の時にね。」
「34歳?どういうこと?」
「僕は、こことは違う世界で一般的な市民として生きていたんだ。」
そう俺は話始めた。
長いようで短い俺の一生と、これまでの一生を。
リラの体重を感じながら、リラのぬくもりに癒されながら、俺やゆっくり呟いた。
リラは時に笑い、時の怒り、そして涙を流した。
「どおりで筆おろしって言ったときも落ち着いていたし、今日だってあちきを普通に抱けた筈だ。合点がいったよ。」
「老成した幼児の種明かしは以上だよ。前の人生じゃ酷い大人ばかりで辟易していたけれど、ここでは、大切な人ばかりだ。慎重に、大切に生きていきたいんだけれど、生まれや周りが許してくれない。民草に生まれ変わればよかったかな?それもそれで大変そうだけど。」
「有力貴族の嫡男として生まれてきたんだ。しかも以前の知恵を使って、領地を良くし、魔法も変えてきた。そりゃ、放っておかないよ。それで、正室は王女様なのかい?」
「まだわかんないね。向こうが忘れてりゃそれで終いだろ。本来は近隣の王子の嫁として政略結婚に出される人だ。臣下のもとになんて来たら、国内に亀裂が生じることもあるだろう。実際そうなりそうだしな。」
「そんな簡単にアベル様の事を忘れるもんかね。おそらく10年思いを醸造しすぎて病んでいるんじゃないのかね?」
「本当に怖いからやめてくれ。オリビア王女は4歳の頃から相当口が立って、振り切るのに大変だったんだから。王は面白がってけしかけるしな。困ったもんだよ。」
「王様がけしかけているなら、もう正室は決まったようなものだね。領主様も奥様も行くところまで行けば断ることは出来ないさ。王族の血が入れば、ただでさえ軍事、経済で力の大きいヴァレンタイン家に反感を持つ貴族も多いだろうねぇ。」
「パーシーの爺さんなんかがそのトップだよな。南のパーシー、北のヴァレンタイン。国が割れなきゃいいんだが。セントクレアの爺ちゃんが骨を折っているのはそこだろうな。」
「アベル様はこの件に口出しできないしねぇ。当人なのにさ。」
「まあ、それが貴族というか、家長制だからね。仕方ないさ。」
「色々見ておいで。学校に行けば、敵にも味方にもなる貴族の子供たちも集まるんだろう?そこでなんだっけ?ぼっち?なんて孤高を決め込むんじゃないよ。派閥を増やせってわけじゃない。アベル様を知ってもらってきなさいな。」
「俺を知ってもらうね。だな、いちいち友達になるってわけでもなければ気も楽だ。」
「そう、それでいいのさ。」
「じゃ、行ってくるよ。」
「うん、行っておいで。待っているから。」
「ありがとう。ではその前に。」
俺はそう言ってからリラとの位置を上下逆にし、盛大に掛布団をひっぺ替えした。
第四章終わり。