238.アベル君と誕生日。
238.アベル君と誕生日。
「母さん、僕は今日の夕食いらないよ。」
俺は中庭でお茶を飲み、くつろぐ母さんに言った。
「あら、今日はあなたの誕生日でしょ。皆で祝うのに、どうしたの?」
「それなら自分で祝ってくるよ。」
俺がそう言った途端、凄く嫌そうな顔を母さんはしたが、直ぐにその表情を消し、
「それはあなただけじゃないんでしょ。お金は、ってそれは大丈夫よね。はい、分かりました。十分に大人を楽しんできなさい。」
「お判りいただけて恐縮至極です。」
俺はそう言って胸に手を当て、深々とお辞儀をした。
「あんなに可愛かったアベルももうそんな年なのね。リラによろしくね。」
「はい、畏まりました。母上。」
「ふざけてないで、行くんでしょ!早くしなさい!!」
「じゃ、父さんたちにもよろしくね。」
「あなた、ローズには言ったの?」
「言うわけないじゃない。」
「そうね、それが良いわね。はい、もう消えなさい。」
「では。」
俺はそう言って中庭を出た。
平服を着た俺は、城門をくぐろうとしていた。
「アベル様、どちらにおいでで?」
見張りの騎士が俺に呼び掛けた。
「街にね、ちょっとお呼ばれでさ。」
「そうなんですね、ダンジョンにはいかないで下さいね。」
「この格好ではいけないだろ?じゃ、行ってくるね。」
「はい、行ってらっしゃい。」
そう言って騎士は丁寧にお辞儀をしてくれた。
娼館に行く人間に、そんな丁寧なことをしなくてもいいのに。
歩きだと楽に40分以上かかるんだが、まあ、こんな時にマッスルなんちゃらとかどうでもいいよ。
童貞を捨てに行くだけなんだもの。
俺は城から街への道を、テクテク普通に歩き、とうとう街への入り口に入っていく。
街行く女の子が、俺のことを見て短く声を上げる。
原因は分かる。
このアベルの顔が整い過ぎている所為だ。
しかし、俺は無視。
相手もたぶんすぐに俺の素性に気付き、平静を装い去ってゆく。
それでいいんだ。
俺と絡んでも良い事はない。
領主家に民草が絡むなんて、時間と精神を削ることでしかない。
やめた方が良いのよ。
こちらもだから絡まないようにしているんだし。
なんてね、馬鹿なことを考えていないで、さっさと繁華街の方面へ。
もうさ、ローズやアンネや、そりゃ他の女性陣からの無言の圧力に耐えながら、ようやくここまで来たんだから、実はスキップしたいくらいなのよ。
マジで。
スキップはしないまでも、鼻歌が出る。
浮かれている。
マジで。
「おう、綺麗な顔した兄ちゃん、おめぇ…」
絡んできた冒険者崩れみたいな連中が、俺を脅す途中で気絶する。
面倒くさいから、速攻窒息させている。
だって時間が勿体ないんだよ。
俺の顔を知っている冒険者が、ペコペコお辞儀しながら、気絶した連中を道路脇に片づけていた。
俺はその連中にサムズアップして娼館に入って行った。
「いらっしゃいませ。」
使用人の女性が丁寧に三つ指ついて挨拶をする。
ここは、土足厳禁の和風建築だ。
「こんにちは、楼閣主居る?」
「楼閣主様ですか?恐れ入りますが、どちら様、いえ、おいくつですか?」
「ああ、アベル、アベル・ヴァレンタインだよ。領主の息子さ。取り次いでくれるかな?」
「はい、承りました。少々お待ちください。」
女性は顔色も変えず、そそくさとその場を後にした。
で、しばし待った後、さっきと同じ女性がやって来て、また三つ指をついた。
「楼閣主様はお部屋でお待ちです。ご案内いたしますので、こちらにおいでください。」
そう言って、深々と頭を下げてから立ち上がり、俺を案内し始めた。
そしてふすまの前まで通された。
「アベル様をお連れいたしました。」
「入っていただきなさい。」
部屋の奥から艶っぽい声がする。
「ではお入りください。」
そう言って女性はふすまを開け、俺に入室を促す。
「おや、アベル坊。こんなところに来るなんて、どうしたんだい。」
「しらばっくれるなよ、婆ちゃん。男が娼館に現れたらやることは一つだろ。リラ、抱きに来た。」