235.アベル君と、只々…
235.アベル君と、只々…
ここは我が領主の書斎。
俺はその領主の目の前に座らせられ、それを囲むように他の重鎮二人と、その執事が冷ややかな目で俺を見ている。
「で、気が付いたら玄室のドアの前に居たと。」
父さんが重苦しく声を漏らした。
らしくない、いつものように爽やか領主してくださいよ。
「はい、魔物たちを狩っていたら、つい、奥地まで入り込んじゃって。」
「ついじゃないわよ!」
母さんは、鬼の形相だ。
ま、あらましを言うと、鵺の中にあった金属を求め、俺とリーサはガストーチ魔法と、ウォータジェットで魔物たちを倒しまくった。
んで、気が付いたらベヒーモスの玄室の前でしたとさ、さすがにヤバいってんで、帰ってきたらこの様ですよ。
魔石やドロップ品は全部背嚢に入らなくなってきたので、畳むと背負子になる一輪車を組み立て、それに入手したものを入れて運んだのだ。
まさに!こんなこともあろうかと!ってやつだな。
「で、そのアベルの前に置かれたものがその成果かい?」
「うん、そう。母さん、金剛石もあるよ。」
「あら、いいじゃない。じゃない!もう!あなた心配したのよ!」
母さんは、乗り突っ込みを見せる。
見事なものだ。
「そうだ、アベルよ、お主は強くなった。剣ではそこらへんの騎士より上であろうし、魔法では、ある意味アリアンナでさえ及ばないだろう。」
爺ちゃんがそこまで言うと
「お義父様、それは聞き捨てなりません。いえ、申し訳ございません。出しゃばりました。」
思わず母さんのプライドが鎌首を持ち上げた。
しかしそれをすぐに引っ込めたのは、貴族として長年過ごしてきた所作が出たね。
「しかし一人で行ってしまうとはね。親としては看過できない。ちょっとそこらに遊びに行く振りをして、この領地の中で一番危険な場所へ、一人、いや、二人か。でも戦えるのはアベルだけだからな。いくらリーサちゃんが治癒魔法のエキスパートとはいえ、許せるはずがない。分かるね?」
「はい。」
俺は返事だけをした。
今更バレていることを言訳しても仕方ないもの。
俺が出来るのは、ただただ反省。
そうして、黙って父さんの目を見つめていた。
「他に言うことはないのかい?」
そんな俺の心を読んだであろう父さんが、さらに聞いてきた。
「父さんたちの気持ちは分かっていたはずなのに、軽はずみなことをして心配させたことについては、謝罪してもし足りないことは分かっています。でも、ごめんなさい。好奇心を押さえられませんでした。」
「うん、それでこそ冒険者だもんな。気持ちは痛いほどわかるよ。」
そう言って父さんはいつものように、爽やかに笑う。
「しかし時期領主だ、我慢も覚えねばならぬぞ。」
「爺ちゃん、重々承知しております。」
俺は爺ちゃんに頭を下げる。
「私たちが、2泊してようやく着いた玄室へ、半日で着いてその日に帰ってくるんですもの、誰が魔物かわからないわよね。」
母さんが俺を化け物用に言う。
でもまあ、俺はこの世界ではチーターなんだし、そう思われても仕方ないか。
「母さん、魔物扱いは酷いよ。ヨハン、暗器の扱いを教えてもらっておいて良かったよ。ゴブリンでさえ、きっちりしたパーティー戦術を行ってくるんだもの、あいつらを崩すのに役に立ったんだ。あのダンジョンの魔物たちはどうかしている、みんな頭が良いんだもの、これでも苦労したんだよ。」
「そうですか、アベル様にお役に立てて幸いです。」
ヨハンは薄く笑みを浮かべ、俺にお辞儀をした。
「ま、これくらいかな。アベル、もう一人であそこまで行けることは僕らは分かった。けれど、それが出来たからと言って二度目は無いぞ。分かったな。置いて行かれたパーティーメンバーだって気持ちがあるんだ。それを組んであげなさい。」
父さんは、実質的な勧告を出した。でもこれは許可でもある。パーティーでなら深紅の大穴に入っていいという許可だ。
「はい、分かりました。ありがとう、父さん。」
「あ、ベヒーモスはまだやっちゃダメだぞ、目立ちすぎるからな。」
父さんは、言いながら俺にウインクをする。
相変わらずこういう姿が絵になる人だ。
チクショウとか思わなくなっちゃったよ。
「父さん、僕らでやれると思っているの?」
「パーティーだとどうかな?アベル一人だと楽勝だろ?」
「さぁ?やってみないと分からないね。」
「炎使っても、水で攻めても、あなたなら真っ二つなんでしょうね。」
母さんが口をはさんできた。
俺は母さんの問いに苦笑いを浮かべ、小首をかしげていると
魔法もいいが、剣だぞ!剣!剣でやれるようにならねば駄目だ。」
爺ちゃんはあくまで剣だと言って来た。
気持ちはわかるが、それはなぁ。
「遠い話だと思うよ。」
「そうだ、遠いと思っているならもうすぐだ。」
抽象的なことを爺ちゃんが言い始める。
珍しいな。
堅実主義者だと思っていたのに。
遠い道筋だと分かっているなら、後はそれをなぞるだけってことなのかな?
良く分からんが、爺ちゃんには見えているんだろう。
「また引き続きご指導お願いします。」
俺は、爺ちゃんにお辞儀をした。
「うむ。」
爺ちゃんは、渋い顔でうなずいてから、途端に相好を崩した。
俺はこの人のこの顔が大好きだ。
「母さん、これ。」
大体話は付いたようなので、俺はこぶしより二回りは大きい金剛石を母さんに渡した。
「まあ、大きいわね!どうしよう!?お金どうする!?ローランド、お金!」
母さんの様子を見て、父さんは頭を抱える。
「母さん、これは俺一人のお土産だから、タダでいいよ。」
パーティーメンバーが手を出していないから、家族にはお土産でいい。
「まあ!アベルいい子だわぁ。また城の歳費を当てるところだった。ねぇ、ローランド。」
「いや、歳費は出さないけど。」
父さんは渋い顔だ。
「うん、アベルはお土産だって言ったから、お金はもういいわ!ありがとう!アベル!」
本当に金剛石が好きなんだな。
「でね、父さんと爺ちゃん、ヨハンにもこれが何だか見てもらいたいんだ。」
俺は鵺から取り出した黒い金属を三人に見せた。
口を開いたのはヨハンだった。
「これは、黒曜鋼ですね。」