232.アベルくんと強敵!強敵!
232.アベルくんと強敵!強敵!
俺は深紅の大穴を進んで行く。
時にリーサと軽口を叩きながら、魔物たちを倒しながら。
そして眼の前に圧倒的筋肉があった。
ミノタウルス。
そう、頭が牛のあれである。
ここでは便宜上みのさんと呼ぼう。
父さんの魔物の冊子にはみのさんの所感として「硬い、馬鹿力」等と書いてあったと思う。
子どもか!
まあ、いい。
切り捨てるしかないなら、それしかないのだから。
俺は剣を抜く。
するとみのさんも馬鹿デカい斧を構えた。
その斧は何処の何方が作っておいでで?
つい、聞きたくなる。
先手はみのさん。
斧が真上からドカン!!と来た。
こんなん剣で防げないよ。
ひょいと、横に移動して避けた。
俺のターン!
その鈍重そうな足の大腿部に斬りつける。
スルッと毛皮は切れる感覚はあるが、肉まで届かない。
なるほど、硬い。
父さん、ごめんよ。
もう俺の膂力とスピードだけでは通らないかもしれないな。
俺はデンプンを水で溶かして薄く広げ、乾かしたもの。
オブラートだね。
それに包まれたものを口に含む。
ただの砂糖だよ。
唾液に溶かしながら、食道に落としてゆく。
ブドウ糖があれば一番いいんだけど、どう生成していいかわからないからね。
さあ、もう構えてお待ちのようだから行きますか。
俺はマッスルブーストを掛ける。
全身の筋肉に行き渡っているグリコーゲンが、これも体内に満たしてある魔素によって変質。
エネルギー効率の最適化を行い、俺の遅筋と速筋を強化してくれる。
さっきの砂糖はそれを補うために接種したんだ。
エネルギー消費の効率化もしてくれるから、本当は補う必要もないんだけれど、一応ね。
俺は一気にスピードのギアを上げる。
みのさんは俺が動く前に斧を振り下ろそうとしたんだろう、まさにそのとおりに俺の居た場所に斧が落ちていた。
だがもう俺はそこに居ない。
みのさんの横腹をミスリルの剣で突き立てる。
ズブリ、肉までは届くようになった。
しかし、その奥の筋繊維が切れない。
マジかよ。
あと、やれることはオーガのときと同じ、比較的弱いところ関節などを狙う。
鍛えられないところ、目とか。
ピンポイント過ぎて難しいけどね。
関節も硬そうだけど、そこしかないよな。
俺はみのさんの前に出ないように回り込みながら、みのさんの右膝の裏だけに斬りつける。
タッパの差があると悪いことの方が多いけど、この場合は逆に作用した。
スピードで避けて、避けて、斬りつける。
こいつの膝裏の腱も強い。
剣を叩きつけても、弾き返される。
しかし、何度も丁寧に叩かないで切る。
斬るじゃなく切る。
そう、柳葉包丁で刺し身を捌くように。
鋭い刃と腱の繊維の摩擦を感じるように、腱の繊維一本、一本が刃との摩擦を感じるように。
プチッ!
切れたっ!
引き切れ!!
今まで入れなかった力を籠め、切れた部分をさらに引き切る。
「ぶもうぅぅ!!」
みのさんの咆哮がダンジョンに響く。
ガクンとみのさんが右膝を地面についた。
しかし、なんとか立とうと右膝を伸ばしたところを、俺が膝裏に今度は剣を突き立てた。
剣はおそらく膝の皿で止まる。
腕を振って俺を払おうとするみのさんからおらは離れた。
体重が重い奴が立つって行動は、精密なバランスが必要だ。
俺たち人間は、自律神経がそれを補う。
それが片足が動かくなる。
片足でも立てるだろって?
それは平均的な体重の“人間”だけだ。
なん百キロの体重があるやつは、筋力が有ってもそうはいかない。
みのさんはそれでも立とうと、斧を松葉杖の代わりとして立ち上がる。
この行為は、戦闘を放棄したと同じだ。
俺は躊躇せず、左膝を今度は狙った。
やることは同じ。
みのさんは残った左腕を振り回し、俺を振り払おうとする。
そんな攻撃がマッスルブーストを効かせた俺に当たるはずがない。
今回も丁寧に切りつける。
そして、数十分かかり、左膝の腱も切れた。
どうっと音を立てて、みのさんはうつ伏せに倒れ込んだ。
目は狙えないが、腕の攻撃が来ないだけこっちがいいか。
俺はみのさんの背中に上がり、致命的な弱点に切っ先をあてがう。
それに抗うように、みのさんは腕立て伏せのように上体を起こし、俺を落とそうとするが、俺だってね鍛えてんだよ。
そうそう落とされるようことはない。
俺は力を込めて、みのさんの鍛えられない弱点、後頭部に剣を突き立てた。
そう、脳から下の神経を断ち切った。
俺の足の下は、すべての生命活動を停止したようで、ピクリとも動かなくなった。
俺は、そこ肩降りてダンジョンの横壁に座ってもたれかかり、視線を地面へ落とす。
そして、
「リーサ、俺何時間やっていた?」
今まで何も居なかった右肩に聞いてみた。
「そうね、ざっと2時間20分てとこかな。」
「そりゃ疲れるはずだ。」
「あんたマッスルブースト使っていたんでしょ。疲れないんじゃないの?」
「ああ、精神的にね。」
「そうね、あの精密切りを続ければ疲れるのかもね。」
続けてリーサが口に開く。
それは今聞きたくない言葉だった。
「疲れているところあれだけど、次が来たみたいよ。」
「まじか。」
俺はリーサの顔が向いている方を見る。
「あんたの前の国の魔物じゃない?」
「俺の前に国の魔物?いろんな動物の身体の寄せ集めだな。キメラじゃないって、顔がニホンザルか。ひょっとして鵺かよ。」
俺がリーサに聞かせるでもなく呟くと
「ひぃー、ひぃー」
と、泣き声が聞こえた。
なんちゃら天皇が憑りつかれたとか、源のなんちゃらに滅ぼされたとか。
そういう、鎌倉時代の妖の類。
そんなんが、ダンジョンに出てくんなよ。
「妖か。妖は魔法を使わないよな。」
「そうねぇ、使わないけど。」
「そっか、妖術か!」
「そうよねぇ。」
「どう違うんだろう?魔素を使うのか?」
「そこに存在すれば、その理に順応するしかないんじゃない?」
「確かにそのとおりだな。あれリーサ?消えないの?」
「消えるわよ。ほら、来るわよ。」
そう言って、スッと音もなくリーサはパーティクルエフェクトをばら撒いて消えた。
「さて、お前、鵺なんだろ?知ってんだよ、俺は前に日本人やっていたからな。京の都で暴れてたんだろ?それで更に凶暴な鎌倉武士に殺されたってな。」
俺の言葉が分かるのか、鵺は
「ひゃー!」
と、大きな鳴き声を出して威嚇してきた。
「悪いけど、俺、疲れてんだ。さっさと終わらせてもらうぞ。」
俺がそう言った途端、鵺は飛び上がり空中で俺を見据えた。
読んでいただき、有難うございます。
本作は長編となっています。
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