230.アベル君と大鬼のこん棒。
230.アベル君と大鬼のこん棒。
オーガの横から首へ突き刺した剣を、喉の方へ引き裂く。
黒い血と思われるものが、首から吹き出しオーガの狂気を孕んだ眼は白目をむいて、その身体は「どう!」と地に伏した。
一体だけピンピンした奴が棍棒を振り回しながら、俺の様子を見ている。
もう一体は壁に手をつき立ち上がろうと必死だ。
その時、
「ぴきん!」
と、体中が悲鳴を上げる。
やべぇ、今頃になって痛みが込み上げてきた。
頼むよ、脳内麻薬さんよ、もちょっと長く作用してくれ。
痛みで思わず顔をしかめてしまう。
たぶんそれを見ていたオーガを、厭らしい笑みを浮かべた。
こいつらは、ちゃんと戦闘する為の知能があるんだなぁ。
なんて考えている暇もなく、こん棒が襲ってきた。
「どぉうん!!」
俺は何とかよけられた。
土煙をあげて、こん棒が地面にめり込むのを確認、その後の隙を俺は伺ったが、何事もなくこん棒は引き戻された。
「こいつ!力をセーブしやがった!?」
すぐさま、こん棒の第二弾が襲ってきた。
ギリギリのところを俺は翻りかわす。
スッと土煙の中に消えたこん棒が、今度は俺の胸をめがけて突いて来た。
「ガキッ!!」
すんでのところで剣を使い防御するが、またもや吹っ飛ばされる。
今度は壁に打ち付けられることなく、地面を転がる羽目になった。
剣はまっすぐ頭の上。
危ないからね。
さて、満身創痍と行かないまでも、このままだと先が見えそうだ。
どうする?あいつなかなかやるぞ。
深紅の大穴ver.オーガとか、SSRオーガとか居んのかよ。
三匹も出るんなら、ナーフされるべきだろう?
でもさ、ここでね、ブースト入れたら修行じゃねぇのよ。
ひりつく戦いの上に成果が積み上がんだわ。
てな少年漫画展開は中々無いんだ。
あるのは死か生か。
それのみだ。
俺は爺ちゃんの様な膂力とスピードに任せた豪剣でもって叩き斬れもしない。
父さんの二つ名のように、圧倒的スピードで相手を断ち斬れもしない。
俺は、今の俺でも斬れるところを斬るしかないんだ。
腹は決まった、行こう!
俺は砂ぼこりの中にいるオーガに向かって走った。
オーガは俺がいたであろう場所へ、こん棒を振り上げ、そして降ろした。
砂煙の上から俺を確認していたんだろう、それは正確に俺が駆けだした場所に振り下ろされた。
しかし、振り下ろしたこん棒に手ごたえを感じなかったオーガは、すぐさまこん棒を振り上げようとしたがその動きが止まる。
なぜなら、そのこん棒を握った手首を俺が斬ったから。
オーガの手首から黒い血が噴き出し、その切断面をオーガは逆の手で押さえる。
だから言ったろ、ウイークポイント見せんなよ。
俺は手首を押さえ、腕を振り上げているオーガの左脇に剣先を差し込んだ。
完全に左腕が使用不可能になったオーガは、手首の無い右腕を振り回し俺を襲う。
子供の喧嘩の様に振り回されてもな。
俺は慎重にその振り回された腕の内側に入り、オーガの首を切断した。
「ふう。」
俺はオーガの首から噴き出る血液をよけながら、大きなため息をついた。
「ありゃ、もう一匹いたんだな。」
俺はそう言って、あちこち痛む体を引きずりながら、片足で逃げようとするオーガに迫る。
そして、オーガが地面を支えている足の膝の裏に切りつけた。
「がう!」
オーガはそれだけ呻くと、ブリッジをする体勢のようにのけぞった。
あとは首に剣を振り下ろすだけ、それだけだった。
あとはしばし残心。
気配を探る。
ここには魔物はもういないようだ。
「いたたたた。」
俺は座ることさえ痛む身体を地面におろした。
「あら、アベル!酷い有様じゃない?」
にこやかに羽を輝かせてフェアリーがどこからか登場した。
見てたくせに何が有様だよ。
「そうだよ、酷い有様だから、唯一神を待っていたのさ。」
「あら、唯一神て誰のことかしら。ここに居るのは可愛いリーサちゃんよ。」
「ああ、そうだったな。うちの城の居候だった。」
俺がこう言うと、
「はいはい」
とだけ言って、指をパチンとリーサは鳴らした。
それだけであちこちの痛みが消える。
これは治癒魔法じゃない、奇跡の類だ。
「貴重な奇跡をありがとう。」
俺は素直に礼を言う。
するとリーサは口を開く。
「貴重でもなんでもないわ。私にとっては、いえ私たちにとっては当たり前のこと。めったにヒューマンに施さないから、ヒューマンにとっては奇跡と思うほど貴重なのね。」
「いや、結局貴重なんだろ?そんなものを、湯水のごとく俺が貰っていいもんかね。」
「あんた、ヒューマンじゃないもの。異物?」
「異物って、おい。でも、おれはヒューマンと違うなんて言っていたな。」
「そうね、あんたの魂の何が特別なのか、私にも分かんないのよ。ただ特別なのよね。だからあのアイアンメイデンのようなアルケイオンでさえ、あんたにデレるんだわ。」
「神々にデレられてもねぇ。さて、またお客さんだ。オーガの魔石も採ってないのに忙しいことだ。」
俺がつぶやいた先に、もうリーサはいなかった。
気遣いの良くできた神様だ。
俺はゆっくり立ち上がり、剣を抜いて5匹のゴブリンの前に進み出た。