210.アベル君と家族の食卓。
210.アベル君と家族の食卓。
「そろそろ夕食だから戻るよ。本ありがとう。」
「いえ、またいらして下さい。」
ハンスはにこやかにそう言った。
「本を戻しに来るからね。」
俺はそう言って笑った。
図書室の扉を開けると、ローズがそこに立っていた。
「アベル様、お食事でございます。」
「うん、今向かうところだよ。お迎えご苦労様。」
俺がそう言って歩き出すと、ローズは俺の後について歩き始める。
俺が立って歩くようになってから、もう何万回と積み重ねてきた行動だ。
「ローズ、今まで何をしていたんだ?」
「アベル様の部屋の片付けや、洗濯物の取り込み、お風呂の掃除などです。毎日の仕事ですね。」
「うん、ご苦労様。あとでお菓子を上げるよ。ジョージからクッキーをもらってあるからね。」
「本当ですか?」
ローズは不思議そうに俺に尋ねた。
「さっき、お前たちは食べられなかったろう?余分に貰っておいたんだ。エレナの分はないけどね。」
俺はそう言って笑った。
そんな話をしながら、食堂の前の扉を開くと、もう家族がテーブルについていた。
上座は父さん、その右手に爺ちゃん、その左手直ぐが母さんで、その横が俺。
いつもの配置である。
「遅くなりました。申し訳ありません。」
俺が既に席についていた三人に謝罪する。
「ああ、構わないよ。図書室に行っていたんだろう?何かいい本は見つかったかい?」
父さんがそう言ったので
「ええ。ハンスから見つけてもらいましたよ。」
「では、食べながら聞こうか。では始めよう。」
父さんがそう言うと、控えていたミーやエレナが料理の取り分けを始めた。
大人たちには果実酒が配られている。
俺にはリオラのジュースだ。
実はもう一つグラスがあって、そっちには水が入っている。
前世の記憶が邪魔してね、甘いものを飲みながら食事をするのが苦手なんだよ。
現在の歳くらいの頃なら平気だった記憶はあるんだが、一回大人をやっちゃうとね、そこらへんは不可逆なものになるらしい。
父さんは果実酒を口に含んでから、俺に質問を投げかける。
「それで、どんな本を持ってきたんだい?」
「うん、これなんだけど。」
俺はそう言って、食卓の脇に置いてあった本を持ち上げ、父さんたちの方へ見えるように掲げた。
「ぷっ!」
父さんと母さんが同時に噴出した。
何、なんなんだ?
「アベル、その中身は読んでみたのかい?」
「まだだよ。ハンスはお楽しみにって言っていたから、楽しみにとっておいたんだ。」
「そうか、それなら楽しみにとっておきなさい。」
「いや、でも二人の様子だと、何かあるね。」
俺はそう言って本の表紙を見る。
革張りのそれには、特段題名も著者に名前も書いていなかった。
その革張りの表紙をめくると、「ダンジョン魔物雑記」 ローランド・ヴァレンタイン編 と書かれてあった。
「父さん書いたの!?これ!」
俺は驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あ、めくってしまったか。そうだよ。僕が書いたんだ。はじめはダンジョンの魔物たちのこと、弱点やちょっとした生態を書き留めていたメモだったんだけどね。たまってきたから編集して纏めたのがそれなんだ。ハンスめ、まさかアベルに見せるとは。」
「ハンスにダンジョンの魔物について詳しい本は?って聞いたらこの本を出してくれたんだ。って事は、図書室の本をほとんど把握しているハンスのことだもん、父さんのこれがきっと一番詳しいんだよ。」
「うん、そう言ってもらえるのは嬉しいね。」
父さんははにかむ様に笑った。
「アベルはダンジョンの魔物の予習をするの?」
母さんが聞いてきたので
「そうだよ。知らないより知っていた方が危険も少ないからね。」
「それは良い心がけね。コルピに殺されかけたんでしょう?リーサちゃんとアンネちゃんがいるとはいえ、本当に気をつけてね。」
「はい、そのための予習だからね。極力ヒーラー二人の世話にならないようにするよ。」
「前線3人の動きもだいぶ良くなってきたからな。」
爺ちゃんが笑いながらそう言った。
「その評価は嬉しいね。ローズもフレイも頑張っているから。爺ちゃん、ローズの斥候はどう見える?」
「軍隊のそれとは違うがな、身の隠し方、あと獣人としての身体能力、視力や嗅覚、聴力だな。ローズはどれも一級品だ。まだまだ伸びるであろう。」
「そうか。でもローズにまだ言わないで。あいつは気を抜くことはないと思うけど、何が油断の原因になるかわからないから。」
「うん、わかった。しかし可愛いローズにもアベルは厳しいのお。」
そう言って爺ちゃんはニヤリと笑い、父さんと母さんもクスクスと笑った。
「可愛いは関係ないだろ?」
「けど可愛いにこしたことはないわ。ねぇ、ローランド。」
「そうだね、かわいい子が傍にいると誰だって張り切るもんだよ。」
「そんなもんかね。」
俺が気のない返事をすると、母さんが聞いてくる。
「あら、アベルはローズがいてそうは思わないの?」
「もうローズは女の子って意識じゃないからなぁ。姉弟とは違うけど、もう家族なんだよね。」
「そうねぇ。あなたが生まれた時からいるんだものね。あなたは覚えているんでしょ。」
「そうだね。生まれて3週間程度で言葉が分かったから。ローズが一生懸命面倒見てくれたのは知っているよ。だからあいつには普通の家庭で幸せになってほしいんだ。」
俺の言葉に、大人三人は何とも言えない笑顔を作る。
皆ローズの気持ちを分かっている。
俺だって分かってる。
でも、ローズを妾なんかにしちゃ駄目なんだよ。
「そうだね、アベルはいつもローズをそういうふうに気にかけていた。でもローズはもう成人だ。自分の事は自分で判断しなければならない。そこでローズの判断を無碍にすることも出来ないよ、アベル。」
父さんが静かに俺を諭す。
んなぁこたぁ分かってんだよ。
でも、俺の理性がそれを許さないんだ。
「それは分かっているつもり。でも俺の気持ちは未だ一つだよ。なかなか変えられないさ。」
そう言って俺はカトラリーを皿の上に置いた。
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