208.アベル君と城の大人達。
208.アベル君と城の大人達。
俺が話した後、二人は眠くなったのか舟をこぎ始めたので、マリアさんに任せ子供部屋を出た。
さて、どこへ行こうかな。などと、行く当てもなく城の廊下を歩く。
普通、僕ら貴族が歩く廊下にはカーペットが敷いてある。
使用人たちが裏で歩く廊下は、石が剝き出しだ。
そんなところで、階級をつけなくてもいいとは思うんだけど、そういうものだと思って飲み込むのが吉なのだ。
ここをまっすぐ進むと、官僚たちの事務室か。
あまり行きたくないから、周り右だ。
そう言って俺は踵を返すと、
「坊っちゃんじゃねーか。最近珍しいなぁ。こんなところに何の用だい。」
「いや、用が無いから戻ろうと思ったところだよ。」
そう声を掛けてきた官僚長のネスに俺は答えた。
「なんだ、てめぇで作った官僚組織を前に、つれねぇこと言うなよ。なぁ。」
「僕は草案を作っただけで、あとはネスとヨハンがやったんじゃないか。なにも手出ししてないのと同じさ。」
「いや、いや、その草案作りがたいしたもんだってんだよ。俺たちじゃ思いもつかねぇ事を、たった三歳で作り上げた。至宝の坊っちゃんにしかできねぇ事さ。」
「もう、その至宝ってのやめない?」
「なんだ、まだ嫌がってんのかい?もう無理だぜ。嬢ちゃんと坊ちゃんは、バレンティアの至宝。ヴァレンタイン辺境伯領領民の、誇りであり、憧れなんだぜ。胸を張りなよ。」
「そんなもんかね。」
「そんなもんさ。」
そう言ってネスは肩をすくめ、おどけて見せた。
「で、その官僚たちは形になったの?そう聞いているけど。」
「まぁ、まぁ、かな。ご領主へ届く書類もご領主のサインが入ればいいようになっているしな。昔のように、一から十までご領主自ら作らなくなっただけ、良くなっただろう?」
「まあね。でも机の上には、その書類がうず高く積まれていたけど。」
「そりゃ、それだけこの領地が潤っている証拠さ。出ていく金も大きいが、入る金もそれ以上にデカい。そのこまごまとした収入、支出の書類の決裁が、ご領主に行っちまうからな。」
「そこは今後の課題だよね。領主家がいかに官僚たちを信用し、会計を任せられるか。それらを一括で見渡せる帳簿と書類が必要だね。でも、簿記帳簿も使っているんだろ?」
「そりゃ使っているさ。あれがあれば、それまでのどんぶり勘定なんてクソみたいなもんだからな。」
「クソは言いすぎだけど、まあクソだったね。だけど、領地内の収支全体を見渡せる統合帳簿みたいのを作らなきゃ駄目だね。今度官僚集めて作ってみてよ。」
「なんでぇ、坊っちゃんがひな形作ってくれんじゃねーのかよ。」
「僕も今はダンジョンの方で忙しくなったんだよ。ゴメン。」
「そっか、いっちょめぇの冒険者だもんな。まあ、俺らで何とかするさ。」
「うん、よろしく頼むよ、僕はこれで。」
「なんでぇ、どこ行くんだよ?」
「甘いものでも食べにね。」
「つまみ食いかよ。マーガレット女史に捕まんなよ!」
「はーい!」
俺は返事をして後ろ手で手を振った。
というわけで、俺はテクテク使用人用通路を歩いているのだ。
そこに行くかって?
そんなん決まっている。
炊事場さ。
何だい、デジャヴュでも感じるのか?
残念ながら俺もだ。
「アベル様、どちらに向かわれているんですか?」
ほらな。思ったとおりだ。
そう声を掛けてきたのは、アリサの母、エレナである。
「甘いものを食べに炊事場に行くんだ。」
「つまみ食いですか?お供しましょう。」
「お前、もう母親なんだから、自重しろよ。」
「私の別腹に自重なんて言葉は存在しません。」
「そうですか、勝手にすればいいよ。」
「もちろん勝手にしますとも。」
エレナはにこやかに宣言した。
まあ、こいつはいつでもこうだ。
「あっ!アベル様、また使用人の通路なんか使って!って、あれ?エレナ姉と何処へ、ああ、つまみ食いですか。」
こちらに慌ててローズが駆け寄ってきた。
「二人だけで抜け駆けはズルいですよ。」
ローズが真剣な顔で俺に言う。
「二人じゃなく、俺一人だったんだがな。」
「いつもどおりにエレナ姉に捕まったわけですか。」
そう言って、ローズはちょっとだけエレナを睨んだ。
「エレナねぇ、アリサの母親なんだから、自分が躾を破ってどうするんですか?」
ローズがもっともなことを言った。
「アリサにわからなければ私は立派な母親なのよ。躾はマリアさんがしてくれるし。」
「オメー、それ絶対ダメな奴だぞ。ユーリから離縁を言い渡されないようにしな。」
「もう、怖い事言わないで下さいよ。こんなことが出来るのはアベル様がつまみ食いする時なんですから。」
エレナは甘えた声で言訳をした。
「人妻が10歳児に甘えんじゃない。まったく。」
「そうですよ。エレナ姉はユーリさんに甘えてよ!」
「あら、そう言ってローズはアベル様に甘えるつもりね。」
「そ、そんなことない。そんなわけないじゃない。」
あからさまに動揺するローズ。
「あら、あら、可愛いこと。アベル様も成人したら、ちゃんとお手付きにしてあげるんですよ。」
「何言ってんのよ!エレナ姉の馬鹿!!」
ローズが真っ赤な顔をしてエレナに食って掛かった。
「お前、結婚して子供が出来たら言うことがえぐくなったな。」
俺はエレナをじろりと見てからそう言った。
「そりゃ子供も産んでますからね、少しはあけすけにもなりますよ。ローズみたいに乙女じゃいられません。」
こいつ、こんな時だけ大人の余裕を見せやがって。
というところで、炊事場の扉の前だ。
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