163.アベルくんと貴族の立場。
163.アベルくんと貴族の立場。
もう声だけでわかる。
ローズ、何した?
「この下郎、人にぶつかって酒を伯爵嫡男の私に掛けるとは何事だ!!」
はぁ、ぶっちゃけこういう場面というと、この世界に来て一回だけだな。
あのヴァレンティアの冒険者ギルド前でからまれた以来か。
俺は母さんを見る。
母さんは首を横に振る。
ダメかよ、あのバカ昏倒させちゃえば簡単だろうに。
まあ、行くか。
そう一歩踏み出そうとしたら
「僕が行くよ、アベル。この宴会の主賓だからね。それとも一緒に行ってみるかい?」
あら、父さんいつの間に
「勿論!」
「儂も行こうか。」
そう言ってバルドさんも一緒に歩きだした。
ローズの間にヨハンが入り、伯爵嫡男のクレームを涼しい顔で聞いている。
お前、本当に聞いているのか?ってくらい何とも思っていないようだ。
それが伯爵嫡男に拍車をかける。ジョークではない。
現場に着いてみりゃ15歳の成人をしたばかりの様なガキが騒いでいた。
「その獣人をよこせ!」
「承れません。彼女は辺境伯家のメイドでございます。勝手のそのような戯れ、おっと失礼。世迷言を聞くわけには参りません。」
ヨハン、言葉のチョイスが間違っているが、それでいい。
ヨハンの煽りにガキは懐へ手を入れようとする。
やっちゃった。
ナイフを出した途端、怜悧な切っ先がガキの鼻先に刺さり、小さな赤い水玉が出て来た。
父さん、酔ってる?
「ああ、ごめん、目測を誤ったね。酔っているのかな、君はどこの誰かな?ああ、失礼、僕はローランド・ヴァレンタイン辺境伯だ。」
父さんは既にナイフを落とし、怯え切っている相手に剣を向けたまま、まくしたてる。
「わ、私は、ジェラルド・クロムウェル伯爵の嫡男、ア、アンドリューです。お願いです、剣を降ろしていただけませんか?」
ほう、剣を向けた父さんに要求が出来るとは、中々の丹力だ。
「ふむ、そうだね、失礼をした。」
そう言っていつの間にか剣が消えていた。
アンドリューも周りに居たバカ息子の友達らしき人間も
「ヒッ!」
と言って短く悲鳴を上げる。
「ヨハン、状況を。」
「はい、ローズさんはいたって普通に給仕を行い、このテーブルにお酒を運んできただけですが、彼が絡んでぶつかったと。」
「なるほど、うちの執事はこう言っているが、何か問題でもあるかい?」
「嘘だ!その獣人がこの私にぶつかったのだ!そのエルフも信用ならぬ!」
「ほう、うちの者を愚弄するつもりだね。」
「バルドおじさん、決闘かな。」
俺はないと思ってはいるけど、一応聞いてみた。
「おい、相手にならんだろう。私刑と同じとみなすぞ。」
私刑扱いかよ。
それはないんじゃない?
貴族としては対等じゃん。
「ではどうする?決闘で決着するかい?僕は構わないよ。」
父さんはやる気満々だ。
てか、やっぱり最初の時点で昏倒させておけばよかったんだよ。
「そんなの無理に決まってる!一閃の剣は弱いものを斬ってもらった二つ名なのか!!」
おお、向こうも乗ってきたじゃないか。
「ほう、では君は自分を弱いものと認めたわけだね。そうだよね?」
「う、うぐ…」
アンドリュー君は認めたくないみたいだ。
「クロムウェル伯爵家は弱いものも嫡男として認めるのかい?それは、それは。お優しい伯爵家もあったものだ。」
父さん、禁酒だな。
いくら何でも煽り過ぎ。
「分かった!!決闘だ!!!ここまでの侮辱は耐えられん!」
あ~あ、15そこそこでこの子は命を散らすのか。
「うん、いい覚悟だ。アベル、後を頼んだよ。」
はぁ?何言ってんの、この糞オヤジ!
「父さん、どういう事さ!」
「言ったとおりだよ。僕がやったらバルドさんが僕を私刑で裁こうとするだろ。」
「まあ、そうだね。父さん強すぎだもん。」
「な、でも5歳のアベルならそうはならない。どんな魔法を使おうと、剣技を使おうとね。」
「それは違うんじゃない?」
「じゃ、ローズがどうなってもいいの?アベルのローズなのに。」
「僕のローズじゃないよ。ローズは誰のものじゃない。」
「そうか、でも本人はそうは思ってないみたいだよ。」
そう言って父さんは自分の後ろに居るローズを振り返って指さす。
俺が救うと思っているのだろうか。
目がキラキラしているんだが。
王子様が助けに来てくれた、月刊〇ゃおでも今どき見ないキラキラ感だ。
「分かったよ。けど殺さないよ。いい?」
「いいよ、それはアベルの判断なんだから、いかようにも。王子様。」
「父さん!酷いよ!忘れないからね。」
「では聞いたとおり、この僕の息子が相手をするよ。いいね?」
「いいがこちらには、得物がない。」
アンドリューは要求ばかりだな。
俺たちゃ、お前のママじゃないんだが。
「ヨハン、持ってきてあげて。」
「はい。」
そう言ってヨハン父さんが言ったとおり、剣でも取りに言ったんだろう、風のように去って行った。
「こちらは手加減などできないからな。そちらの子供を亡き者にしても恨み言なしだぞ。」
「ああ、いいよ。アベル、舐められてるよ。」
「父さん、そんな陳腐な挑発に乗るもんかよ!!!」
「アベル、乗ってるな。」
バルドさんが父さんに呟く。
「うん、乗ってるね。僕の息子は可愛くて仕方ないよ。」
はあ?こいつら、乗ってねぇって言ってんだろ!
その言を聞いて、更にバルドさんが父さんに聞く。
「可愛い息子を決闘に駆り出すかね。」
「負ける要素がないからね。」
信用してくれるのは嬉しいんだけど、5歳児に命のやり取りさすなよ。
「どこでやんの?ここ?」
俺はちょっとテンパっている。
それは分かるんだが、ノルアドレナリンやアドレナリンが落ち着かせない。
「いつの間にか周りに誰も居ないからここでいいか。バルドおじさん、見届け人してくれる?」
「ここまで来てなにも見ませんでしたは出来んだろう?ローランド坊主、見ないうちに狡くなったな。」
「お待たせいたしました。」
そう言ってヨハンはブロードソードをアンドリューに渡す。
お前な、それで俺が突き殺されるかもしれんのだぞ?
それをあっさり渡しやがって。
まあ、負けないけどね。
「そこの坊主には得物がないがいいのだな?」
アンドリュー君はブロードソードを受け取って有頂天のようだ。
「構わんよな、アベル。」
父さんはちょーよゆー。
「僕は魔法で対応するからいらないよ。」
俺もちょーよゆー。
「では、両者準備は良いな。」
いきなりバルドさんがマジモードだ。
「はい、どうぞ。」
俺が余裕で言うと
「ああ、構わん、小僧、いつでも来い」
アンドリューくん、いいのかい?
モブ以下の扱いにしちゃうけど。
「はじめ!!!」
それはいきなり始まった。
俺は落ち着いて、アンドリュー君の頭の周りを魔力操作で酸素を充満させる。
そして一気にその酸素を消去した。
そのうちにファイアーボールを大量に作り、アンドリューくんと俺の間を塞ぐ。
周りで見ている人間は、窒息しているとは思わない。ファイアーボールで攻めあぐねていると思うだろう。
そのファイアーボールを全て雪玉に変えてアンドリューくんに丁寧にぶつけて行く。
その間アンドリュー君は窒息で昏倒状態になっているが。
多分、アンドリュー君は死ぬほど苦しい思いをしたと思うんだけど、そんなこと知ったこっちゃない。
ローズに悲鳴を上げさせた方が罪深いのだ。
程無くして、アンドリュー君は雪山に変わる。
ああ、デジャヴュだよね。
あのオスカー王子と同じ状態だ。
あの後オスカー王子には逆襲を受けたが、今回はその状態にもなるまい。
というか、早く掘ってもらわないとマジアンドリューくん死んじゃう。
別にいいけど。
「やめっ!!」
「バルドさんの声が周辺に響く。」
「早く掘り起こさないと、アンドリューさん死んじゃいますよ。」
俺が周りの人に言う。
俺だって人は殺したくないんだよ?
ただ、俺と俺に近しい人を殺そうという輩は死んでもかまわないと思うけれども!
アンドリューの取り巻きモブが集まって、アンドリューを掘り起こし
「覚えてやがれ!」
と、言うので。
「あなた方、全員の顔を覚えましたが。」
と、言ったらアンドリュー君を3人程度担いで出ていこうとする。
「あなた方はとりあえずセイナリア騎士団の詰め所に行きましょうか。」
バルドさんが優しく進言した。
「ヨハン、連中の名前って招待の帳簿に載ってんの?」
「いえ、今回、貴族の方々でお呼びしたのは正式な貴族の方々だけで、爵位のない方々は入っていないはずです。」
「なら何で入っているのさ。」
「考えられるのは、冒険者か、商業ギルドのどちらかの随員という形でしょうか。」
「随員ねぇ。」
「大変失礼いたしました。」
なんだか、嫌な感じがしてその声の聞こえた方に首を曲げたわけ。
ここまで読んでいただき、有難うございます。
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