142.アベルくんと上から見る世界。
142.アベルくんと上から見る世界。
まったくもってつまんない。
なにがって?
肩車されているから、出店の商品を間近で見たり、お店に入ったりが出来ない。
フレイの奴め、屈めと言っても
「アベル様、危険です。」
と、NPCみたいなことばかり言いやがって。
やっぱりモブはモブらしい。
「アベル様を思ってのことです。こらえてください。」
うぉ!こいつ、リーサみたいに心が読めるのか?
『んなわけあるはずがないでしょ。』
唐突にリーサは脳内通信を始める。
まあ、慣れっこですけどね。
「しかしだ、フレイよ。あまり融通が利かぬのも、これからの職務や人生、まして異なる人格を真正面で受け止めなければならぬ、恋愛において障害にしかならぬと言うぞ。」
俺のお尻の下が、ピクリと弾んだ。
「ご、5歳のアベル様が、そんなことまでお分かりなのですか?」
はっはっは、こ奴め、ちゃんと動揺しておる。
「姉さんほどではないが、書物を貴様等よりはたくさん読んでおるからな。肌感覚とは違うかもしれんが、知識としては知っておるよ。」
まあ、前世の俺も恋愛とは程遠い生活でしたけどね。
「し、しかし、経験と知識では雲泥の差ではありませんか?」
「うむ、経験に勝るものはないな。しかし、貴様は剣の型を知らずに剣で戦えるのか?」
「いえ、型はそこに自分を落とし込めることで、自然に動けるようになるものですから。」
「そうであろう?それは知識と経験も同じだ。」
「確かに…」
と、フレイが言った途端
ペチン!
と、俺の後頭部が鳴った。
「アイタッ!」
母さんが俺の後ろ頭を扇子で叩いたのだ。
「フレイ、アベルの言うことを聴くなと言ったはずです。」
「はい、奥様。見事に丸め込まれるところでした。」
「この子は、ヨハンやローランドはおろか、王陛下とも渡り合うのですよ。騎士になりたてのあなたなど、太刀打ちできるはずもありません。」
「はい、奥様。」
このYes knightめ。
父さんだけだぞ、母さんのしr…
ペチン!
「アタッ!」
「もう、母さん、いちいち叩かないでよ!」
「あなたが余計なことを考えるからよ。」
ん!?母さんもテレパシスト?
『だから、んな』
わけないよな。
『もう!』
なぜかリーサが悔しがる。
などとコントを繰り広げているこの通りも、人の波がひしめき合っている。
しかしだ、この9名の団体様が通るとどうだ、一定の距離をみんな開けるではないか。
そりゃそうだ、誰も好き好んで貴族の団体の中にぶち当たりたいなんてものはおらんのだ。
だから、迷惑になるって言ったのに。
「悪いことしちゃったわね。」
雑踏の中、母さんが今頃反省を始めた。
いくら冒険者家業で市井の中に揉まれたとはいえ、辺境伯夫人も10年以上やっていれば、自然とその気風も抜けるのだろう。
ましてそのバックボーンは侯爵令嬢様だからな、すぐに戻るのも仕方ない。
しかもだ、今のこの団体様の隊列ときたら、母さんと姉さんを中心に、円で囲う様に人が配置されている。
VIPが中心にいるのは、護衛としては当たり前だろうが、それが更に人通りを阻害する。
「母さん、戻ろう。僕らがここに居ても良い事がない。」
俺はフレイの肩の上から、母さんに呼び掛けた。
「そうね、アベルの判断は正しいわ。即時撤退よ!」
軍事活動じゃねぇんだがなぁ。
「フレイ、僕らは殿だ。背丈が頭一つ抜けている僕らが前に居たんじゃ、前が見え難くて邪魔だからな。何かあったら魔法でサポートはしてやる。」
俺は肩車されたまま、フレイの耳元で指示を出した。
「了解です。」
「じゃ、そういう事で、僕ら後ろに行くよ。」
俺はすぐわきに居た母さんに伝える。
「仕方ないわね。リーサちゃんお願いね。」
この人、リーサが神だって知らないはずなのに、なぜだか俺のことになると頼るんだよな。
「任せておいて、アベルは常に安全よ。」
俺の右肩に座るリーサが母さんに答えた。
まるでセキュリティーソフトの広告のコピーみたいじゃないか。
神の御加護が肩の上か。
「敬いなさいよ。」
俺の頭の中を覗いたリーサが即座に反応。
「信頼はしてるさ。」
俺は軽く答えた。
俺たちは、敵陣真っ只中に突入する主人公パーティーの様相だが、ただ単に夕方の買い物でごった返す市場へ9人の団体様がまさにお邪魔していただけだ。
そんなものだから何事があるわけもなく、ロータリーへと全員無事到着、皆一息ついたのであった。
「母さん、姉さん、楽しかった?」
俺は主賓のお二方に聞いてみた。
「「すっごい、楽しかった!!」」
「あ、え、そうなんだ。」
何だが知らんが、とにかくよし!
リスペクトだよ、リスペクト。