139.アベルくんとカレンさん。
139.アベルくんとカレンさん。
俺はひとしきりカレンの胸の中で泣いていた。
今まで気にもしなかったんだが、大きくて柔らかい、素晴らしいね。
その心地よい胸から離れなければ。
俺は彼女の背中をポン、ポンと叩き
「もう大丈夫です、心配させましたね。申し訳ありません。」
こう言って、身をよじった。
何故か、俺より号泣していたカレンはグズグズ鼻を鳴らし
「あ゛、ごめ゛ん゛な゛ざい゛」
そう言うと、パッと俺から離れて、バックからハンカチをだし、すかさず鼻をかんだ。
俺は鼻をかむカレンを見ないふりをして
「カレンさんのお陰で助かりました。本当にありがとう。」
そう言って最敬礼をした。
「どうしたの?いきなり。」
彼女は怪訝な顔で俺聞く。
「あのままの精神状態でいたら、戻ってスラム一帯を焼け野原にしたかもしれません。あなたが抱きしめてくれたお陰で、救済されたような気分です。本当にありがとう。」
俺はありのままの気持ちを込めて礼を言った。
いや、彼女は全大人の代表として俺に誤ってくれたのだ。
そんな義理は1ミクロンもないのに。
あの謝罪を聞いた俺の胸の内は、ストンとすべて納得したかのように静かになった。
「そう、あの怒り方は凄かったものね。なにがあったかは聞かないけれど、ちゃんと相談できる人はいる?」
「僕の家族は僕の相談ならどんなことでも全力で聞いてくれますよ。ただ僕が話せることについてだけですけど。あなたが二人目です。僕の深い秘密に手を差し伸べてくれたのは。」
「そう、でも収まったなら良かったわ。私もう行くね。」
「はい、連れてきてくれてありがとうございました。」
「あ、一つ聞いていい?」
「なんでしょう?」
「もう一人って誰?」
「ああ、リラですよ。」
「伝説の遊女ね。奥さんにするの?」
「僕はまだ5歳ですよ。勘弁してください。」
そんな会話をしていたら
「アベル様―!!!」
とういう、ローズのつんざく悲鳴に似た叫びが聞こえた。
あいつ…また心配させちゃったな。
「お迎えが来たわね。じゃあね。小さいジゴロさん。」
前世キモオタの俺に、何言ってんだ?この姉ちゃんは。
「本当にありがとうございました。城の方は手を回しておきます。」
「あ、うん、ありがとう。じゃあね。」
一度振り返ったカレンはそう言うと、また市場の中へ消えていった。
俺はカレンを見送ると、走って向かってくるローズを見ている。
本当に飼い主を見つけた犬のように駆けて来る。
誰がこんな奴を嫌いになれるだろう。
「アベル様っ!!」
ドン!と5歳の俺の身体に10歳のローズがタックル気味に抱き着いてくる。
「げほっ。」
俺は思わずむせた。
こんな奴、嫌いになるだろう。
そのローズはいきなり俺を払いのけ
「女臭っ!!」
と叫んだ。
こいつ狼の獣人だから鼻が良いからな。
あれだけ抱きしめられていれば、香水の匂いが薄くても分かってしまうのも当然だ。
「なんなんです!?散々探させて、見つかれば今度は女の匂いをプンプンさせて!!」
「女の人に抱かれていたからな。そりゃ臭い位するだろう。」
「なんなんです!抱かれていたって!!」
「やかましい。母さんたちは?」
「向こうに居ます。。」
「じゃ、行こうか。」
「もう!アベル様!なんなんです!?女って!」
「綺麗なダークエルフのご婦人だったよ。とてもやわらかくて。」
「アベル様!!」
「やかましい!!」
歩き出した俺の後ろを、鼻息の荒いローズが付いてくる。
怒りで我を忘れている時間より、人をからかっている時間の方が何倍も心地良いものだよ。
だから王城や貴族間のトラブルとか、スラムの貧困とかそんなんに係わりたくないんだよ。
そう、スローライフ!これよ!
しかし、今まで歩んできた己の足跡を鑑みればそれが無理っぽいなのは必然。
いや、まだリカバーは出来る!して見せるさ!
おっ!俺たたっぽいな。