138.アベルくんとダークエルフ。
138.アベルくんとダークエルフ。
パンッ!っていい音が俺の右の頬が鳴った。
俺の目の前には、エラく綺麗な褐色美女がいた。
「痛っ!何?誰?」
俺は矢継ぎ早に質問してしまう。
そりゃ仕方ないよね。
「何、誰じゃないわ!こっちが聞きたいわよ。なにこの騒ぎ、あんたがやったんでしょ?」
褐色美人も矢継ぎ早に話しかけてくる。
「小刀出して脅されて、それを排除したら大の大人が十数人で囲んできたから脅してやったまでだよ。」
「脅してやったまでって、一軒丸々吹っ飛ばすのが脅しですって!しかもこんなかわいい貴族の坊やが!」
「ああ、そうだよ。合理的判断だ。おかげでそのおばちゃん以外は誰も傷ついてはいない。」
俺が指さしたそこには、まだ中年女性が倒れて転がっていた。
「あんた!人の家を吹き飛ばすのが合理的判断だっていうの!!」
「そうだよ。お姉さんは俺が刺されたり、手足切り落とされて、あいつらの言うこと聞くことが正しい判断だっていうの?」
「そこまでは言ってはいないわよ。でもここまでやっていいかって言っているの!」
「そう、では、あいつらひっくるめて更地にすれば文句もなかったのかもな。今からでもやる?すぐ出来るよ。」
「なに言ってんの?あんたどっか外れてんじゃないの?誰がそんなこと言ったのよ!私はただここまでやる必要があったのかって聞いているの。」
「わかんないな。何故俺が攻められる?俺は5歳の子供だ。それが小刀を見せつけられ脅された。その後、大人たちに囲まれたから、無人のボロ屋を排除することで脅したまでだ。それの何処がおかしい?皆殺しにした方が良かったって言うのかい?」
「だから…、駄目だ、この子ちょっとおかしい。」
「失礼だな。おかしいのはお姉さんの方だよ。いきなり人を引っ叩き、犯罪者の擁護をする。ああ、グルなの?」
「知り合いだけど、グルって仲ではないわ。でも、連中が傷つけられるのを見るのもいい気分じゃないわね。」
「ふうん、まあいいや。まだ俺に用?これ以上は強制的に排除するけど。」
「ない、ない。ないわよ、あんたみたいな危ない子供。」
「ああ、そう。そうだ、中央ロータリーってどう行けばいいの?」
「もう、わかったわ。連れて行くわよ。あんた一人で行っても、また人に押されて迷うでしょ。」
「そうだね。それは有り難い。お願いできるかな。」
俺がそう言うと、彼女は俺の方に手を伸ばす。
「何?」
「手をつなぎなさい。離れ離れになりたくなければね。」
「そりゃ失礼。」
そう言って俺はお姉さんの手を握った。
彼女は人混みの激しい場所は俺をかばいつつ、裏道までも使いつつ、ついにロータリーまで俺を送り届けてくれた。
「助かりました。ありがとう。」
俺はしっかりお礼を言う。
「礼は良いわ、それじゃ。」
「あ、あとで呼ばれるかもしれませんが、その心づもりだけはしておいてください。」
彼女は振り返り、慌てる風に俺に聞いた。
「私がどこに呼ばれるって言うの!?」
「え?王城ですけど。」
「なんでよ!」
彼女は驚いて大声を張り上げる。
美人さんがそんなに取り乱すと、それはそれで面白いが。
「俺がやらかした現場にいて、俺を叩いたから?」
「第一あなた私の名前も聞かないで、どうやって呼べると思ったのよ。」
「スラム出身のダークエルフで、見た目人間年齢20台中盤。こう言えば十中八九あなたにたどり着くと思いますけど。あなたのような美人ならなおの事ね。」
彼女は俺の言葉を聞いて重く深いため息をついた。
しかしそのあとすぐに俺に向き直り
「わかったわ。私はカレン。花街で客を取ってる。」
「分かりました。花街のカレンさんですね。」
「あんた、私のことを何とも思わないの?」
「なに…、ああ、職業ですか?」
「そうよ。」
「特になんとも。知り合いにもいますし。それにこの国では特別な人と思っちゃいけないんでしょ?僕も婆ちゃんを特別と思ったことがないから、全然何とも思いませんよ。」
「婆ちゃんて?」
訝しむ目つきで彼女は俺に聞いてきた。
「ヴァレンティアで楼閣主をやっている、リラって人ですよ。」
「ヴァレンティアのリラって、あの伝説の遊女の?」
「そう言われているみたいですね。ああ、申し遅れました。僕はヴァレンタイン辺境伯の子息、アベル・ヴァレンタインです。」
俺は胸に掌を当て、お辞儀をした。
彼女は「キョトン」と目を丸くし、俺を見つめた。
「一閃…お転婆…」
何か聞こえるが無視、無視。
その彼女は気を取り直して
「リラさんは本当のおばあちゃんなの?」
と聞いてきた。
「いえ違いますよ。楼閣主は城の職員になりますので、しょっちゅう城で出会いますから、自然とこんな呼び方になってしまったんです。年齢的な見た目はあなたと大差ないですけど、婆ちゃんは600歳を超えていますから、僕にとっては婆ちゃんなんです。」
「600歳…彼女もエルフなの?」
「ハーフエルフですね。出自は詳しく聞いていないんです。ごめんなさい。」
「いえ、良いのよ。それで、私がお城へ呼ばれたとして何をどう聞かれるの?」
「さっきも言いましたけど、スラムで僕が爆破した現場にやってきて、僕を平手打ちした件について。僕を略取しようとした人達とは無関係と言われましたが、その関係性は聞かれると思います。あの人たちも全員捕まりますしね。」
「彼らはどうなるの?」
「僕はセイナリア市の刑罰に係わることは出来ませんので、詳しくは言えません。ただ、高級貴族の子弟を身代金目的で略取監禁しようとした容疑だけで、下々の方々でも想像は出来ると思います。」
「どうにかならないの?彼らにも家族がいるのよ。」
「そうですね。僕にもいますよ。」
「そう、どうにもできないのね。」
「僕は何度も止めたんです。やめませんかってね。でも僕の容姿とバックグランドに彼らは溺れたんです。そして彼らにとって最悪だったのは、僕が魔法を使えたって事じゃないんですよ?」
「なんだっていうのよ。」
ゴリッ。
俺の心の中奥深いところで、重い蓋が開いたような気がした途端、そこから抑えきれない激情が噴出してきた。
「子供や家族を盾に自分たちが利益を得ようとする糞どもが死ぬほど嫌いなんだよ!!この俺は!!!」
彼女は俺の目を見たまま凍り付いた。
しかしすぐ俺に駆け寄り、俺の目線にしゃがむと力強く抱きしめた。
「ごめんね、辛いことがあったんだね。ごめんね。いやな大人ばかりでゴメンね。」
彼女は力強く俺を抱きしめ、泣き始めた。
「お姉さんが謝ることはないですよ。嫌だな、なんで泣いているんですか。やめて下さいよ。」
そう言った俺の目にも涙が出てきた。
「あ、謝らないで、く、くだ、さい…」
その後、俺は声にならない声を上げて泣いた。
アベル・ヴァレンタインが泣いているのではなく、田中信一郎が声を上げて泣いていた。