113.アベルくんと打ち込み前の練習。
113.アベルくんと打ち込み前の練習。
「それではやってみよう。覚悟はいいかい、アベル?」
父さんは剣を持つ手をわざとだらんと下げて俺と向き合う。
「うん、覚悟はできてる。」
俺がそう言うと、父さんの雰囲気が変わる。
それだけで気おされそうだ。
「ヒュッ!」
と、言う音と共に、父さんの握った木剣が頭上に上がる。
俺はやはり、しゃがんで頭を抱えた。
周りにいた母さんたちの深いため息が聞こえた。
糞ッ!糞ッ!畜生!!
俺は心の中で自分を罵倒する。
俺は自分に幻滅しながら、ノロノロと立ち上がる。
すると、父さんの圧が消えていた。
「やっぱりこの状態だと癖が出ちゃうね。」
話しかけられたが、俺は俯いて黙っていた。
「じゃあさ、僕が振り上げるのは変わらないけど、凄くゆっくりにしよう。いいかい?」
俺は不貞腐れたように黙ってうなずく。
「じゃ、行くよ。」
父さんが木剣を振り上げ、俺の頭に落とそうとするが、極端に遅い。
ノロノロだ。
だけど怖い。
木剣は見えているのに、目の前が暗くなる。
怒鳴り声が聞こえてきた。
クズだ、馬鹿だとののしられる。
寝ることを許してくれない。
寒空の下のベランダへ追いやられる。
泣けば口をふさがれる。
平手で顔を頻繁に叩かれる。
反抗的な目だと言われてボコボコに殴られる。
殴るのが済むと、部屋の隅に追いやられ固い踵の靴で蹴られる。
背中を剥き出しにされ、カッターや包丁、ナイフのようなもので切り刻まれる。
風呂場に連れてこられ、ストーブの上に有ったやかんの熱湯をかけられる。
楽しむようにその背中に火の点いたたばこを押し付けられる。
俺は田中信一郎。
ずっと虐待を虐待と知らずに生きてきた。
両親の命令を強要される。
それしかなくなる。
自分が無くなる。
自分は誰だ。
わからなくなる。
様々な過去の恐怖が俺を襲う。
俺はゆっくり振り下ろされる木剣を直視しながら
「ううううううぁぁっぁぁっぁ」
と、声にならない声をあげる。
目から涙がダラダラと流れ落ちる。
しかし木剣からは目を離さない。
恐怖で離れない。
しかし。
しゃがんでしまった。
「ローランド!」
母さんが父さんを呼ぶ声。
「来るな!」
父さんが母さんを制する声。
「アベル!!」
「アベル様!」
ロッティーとローズが心配する声。
頭上で響くみんなの声。
情けない…
「もう一回できるかい?アベル。」
父さんがしゃがみこんだ俺に話しかけた。
俺は涙を手で拭いながらまたノロノロたって父さんを見る。
そしてまた頷いた。
「ローランド、ちょっといい?アベルにアドバイスしたいの。」
リーサが父さんにそう話しかけた。
「リーサちゃんは何か秘策でもあるのかい?」
父さんが優しくリーサに問いかける。
「秘策って言うんじゃないわね。ヒントよ。怖くならないかもしれないヒント。いいかしら?」
「うん、ありがとう。」
父さんは自分のことのようにリーサにお礼を言った。
リーサは音もなく飛び、俺の耳元に近付いて囁き始めた。
「アベル、魔素使いなさい。頭ん中に詰まってるんでしょ。王子の時にできたんでしょ。」
あれか。今できるのかな?
俺は頭の中で考える?
「目に集中しなさい。それだけ考えるの。そうすれば余計なことも考えない。見えなくなるわ。たぶん。」
たぶんかよ!
まあやってみる価値はあるかな。
「リーサ、ありがとう。」
俺がそう言うと、一つ頷いてリーサはまた音もなく飛んで行った。
「よし!もう一回だ。剣で受けろ!アベル!」
父さんが俺に気合を入れるように叫んだ。
俺は静かにうなずく。
それを見た父さんはゆっくり木剣を振り上げ、俺に向かって下げ始める。
俺はそれに集中、集中、集中。
気が付くとふと目の前が薄い黄色みがかり、頭が、いや、脳に負荷がかかる?
そんな感覚がふいに起こる。
そしてゆっくり振り下げられた父さんの木剣が止まった。
止まった?
いや、さらにゆっくり下がっているんだ!
俺はそのゆっくり下がる剣を凝視する。
それだけに集中できる。
恐怖が襲ってこないんだ。
父さんの剣が頭の20㎝程度に来た。
そこで自分の持っていた木剣で父さんのゆっくり振り下ろされる木剣を受け止める。
それで集中が切れた。
そして、意識も切れた。
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