109.アベルくんとローランドさん。
109.アベルくんとローランドさん。
父さんは俺を撫でた後、ハッとした顔をして
「見えたってことは、覚えた?」
と、聞いてきた。
まーねー。
しっかり記憶はしているよ。
「覚えていると思うよ。」
俺がそう言うと
「本当かい!?じゃ、やってみせて。あっ!ゆっくりでいいからね。間違っても叱らないし。」
そう言って笑いながら腕を組んで俺を見据える。
「じゃ、行きまーす。」
まずは基礎から。
そしておもむろに下方へ切り裂く。
そうして流れるように上方へ。
繰り返し、ちょっとスピードを上げてみる。
身体はちゃんと動くな。
これ自分でやってみると、型というより演舞のようだ。
そして、剣をはじめと同じく真正面に構え、俺は終えた。
「本当に凄いな、すっかりモノにしちゃっているじゃないか。こりゃ、アベルも一流剣士の仲間入りは間違いないね。」
父さんが嬉しそうに俺に話しかけてくる。
「まだ筋肉が付いていないからね。魔法も面白いし。」
あともうちょっとで両方使えるんじゃないかと思うんだ。
でも今の常識だと、剣士は魔法使いにはなれない。
「えっ!ここまで出来るのに魔法に行っちゃうつもりかい?」
父さんが途端に寂しげな声を出す。
「だからまだ分かんないよ。僕の目指すのは魔法剣士だからね。」
俺はわざとおどけて言った。
しかしだ。
正直に言おう。
俺の魔法は強力過ぎて、もはや攻撃手段としては剣術がいらないレベルなのかも、って思っている。
酸素を作ってファイアーボールを高温化できるのか?
そこから始まった酸素生成魔法。
はじめはそんな悪戯心だったけれど、酸素生成が実現したときに脅威した。
気体だから生成できても一瞬だけ熱くなるだけなのか?
常に酸素を送り込み、熱を保つことが出来るのか?
その二択だけかと思ったら、まさかの魔力固定という、この世界の魔法使いなら誰でも使っている概念によって、気体の酸素がそこに留まるという現象を作り出してしまった。
そのおかげで長距離、近距離どちらも攻撃が可能ときたもんだ。
大量虐殺も、スニークミッションにも使える。
前世の人間が見たら、馬鹿みたいに思うチート魔法。
説明しよう。
大量殺戮魔法はこうだ。
敵陣地もしくは都市に、酸素を魔力固定しながら充満させる。
あとは誰かが火を点ければ。
それを待つより、ファイアーボールを一発撃ちこむだけだけどね。
そして
ドカン。
スニークは、対象の敵の頭の周りに酸素を生成、魔力固定で酸素を充満させる。
そこから一気に酸素を抜く。
対象の頭の周りだけ真空状態に。
これで窒息、昏倒させられる。
これは実際に自我を無くして襲い掛かってきた王子で試し、成功した。
酸素という元素を生み出すことが可能になった俺は、戦略級の生物兵器となるわけだ。
戦略級の魔法を使うつもりはないけれどね。
しかし、やむを得ない場合を除く。
うちの家族が一人でもやられたら容赦なく使う。
これは王であっても、王城ごと焼き尽くすつもりだ。
近接戦闘は、炎と酸素を魔力固定して高温化したガストーチ魔法がまさに炎の剣として活躍できる。
しかも鋼の剣を、その場で切り落とすことの出来るほどの高温の剣だ。
隙が出来れば、頭部が真空状態になる。
苦しまずにYouちゃんの次元にご案内だ。
問題は俺がトラウマを克服しなければ、剣でもガストーチでも振り回して戦うことは出来ないってところだ。
俺が剣術に求めているのは実は防御。
敵の気配の察知の仕方、現状把握のスピードと対処。
これらは実際に剣術修練を行う事で、身に付けられると思っている。
あ~あ、また説明が長くなってしまった。
好きなものを早口で長く話してしまう。
これだからヲタは良くない。
「どうした?アベル、ボーっとして。」
父さんが心配そうに話しかけてきた。
「大丈夫、ちょっと考えごとをしていた。」
と、俺は父さんに返してから
「父さんと爺ちゃんのように、周りの気配を把握しながら、あのスピードで戦えるのは何年くらいかかるの?」
「うーん、戦うだけなら7、8年かな。気配を把握しながらだとそれに2年くらいかな。」
「10年前後か。結構掛かるね。」
「僕が剣術を始めたのはアベルと同じ5歳から。13歳でだいたい剣で同い年から2,3歳くらい上の人には負けることが無くなった。それから2年で親父に追いついたからね。それを言うと親父が起こるんだけどさ。」
そう言って、自嘲気味に父さんは笑う。
キッチリ10年。
近衛騎士との剣の修練だけでそこまで行った父さんは、やはり剣の天才だ。
爺ちゃんとは、状況把握までキッチリ出来ないと勝てないはずだから、もう15歳でその高みまで上り詰めてたんだ。
凄すぎる。
「普通の修練だけで身に付くものじゃないしね。ある程度の実践も必要になるよ。」
「対人や魔獣戦も?」
「僕の場合はどちらもだね。親父もそうだろうな、親父は近衛騎士だったと言えど、盗賊討伐、魔獣討伐と要請があれば出かけたからね。」
「なるほど、僕もいずれ実戦を経験しなければダメかな。」
「そうだな、10歳くらいになったら、初級のダンジョンに潜ってみるのも悪くないと思うよ。」
「潜っていいの?」
「いいよ、ちゃんと修練が出来て、親父やアリアンナから了解を得られたらね。」
「ホント!?頑張るよ。父さん。」
「ああ、ギルバートにも話通さなきゃ。一応冒険者登録しないと。」
父さんが冒険者ギルドに登録することを決める。
ギルド長のギルおじさんとは仲が良いからすぐ話は通せちゃうんだろうけど。
「じゃ、等級上げるためにも、まずゴミ拾いやらなきゃね。」
俺は新人冒険者の最初の仕事をすると父さんに言ってみた。
「ハハ、やりたきゃやってもいいぞ。街のみんなに顔が売れていいだろうな。」
「僕みたいに街のゴミ拾いをする領主の息子がいてもいいよね。」
「アベルは威張るような領主にならないっぽいもんな。」
「柄じゃないよね。」
「じゃ、もう一回、基礎の型をやって終わろうか。」
父さんがそう提案をした。
「はい!」
俺は元気に返事をした。
「その前に」
そう言ったと思ったら、父さんはいきなり俺に対し剣を振り上げた。
俺は自分の木剣を投げ捨てて、しゃがみ込み頭を抱える。
「これか、親父が言っていたのは。」
何も言わずしゃがんだまま震えている俺を見つめて
「根が深そうだな、アベル。」
そう言うと、父さんは剣をしまい、俺を抱きかかえ屋敷の中へと戻る。
俺はその父さんの胸の中で、涙をこぼすのだった。