91.アベルくんと王子の解呪。
91.アベルくんと王子の解呪。
王子は事前に打ち合わせされていたんだろう、俺とリーサの方に近づくとメイドが用意してくれた椅子に座る。
それを取り囲むように王家の人達と母さん、取り巻き貴族が大きな円を作り取り囲んだ。
「リーサ、いい?」
「万全!」
俺とリーサは軽い口調で状況を整える。
「はじめるわよ。」
リーサがそう言うと、何かを目で追う。
虫でもいるのかな?
そう思って俺は目を凝らしてみてみた。
いや虫じゃない、透明な太い縄のようなものが数本、王子の首に纏わりつき、ゆらゆら鎌首を持ち上げるように揺れている。
あれ?俺はなんでこれが見えるんだ?
ああ、この前の騒動の時に、魔力が見えるようになった、あれか。
でもこれは陽炎のように揺らめく魔力ではなく、透明だが実存する感じがある。
もしかして、これが神気か?
リーサはなおもその太い縄を目で追う。
そして何気ない動作で、二本の縄を両手で掴み、まるで靴紐でも解くような動作をした。
途端、今まで持ち上がっていた縄が、一斉に王子の体内に収束され
「ドン!!」
という音と共に王子の体内から放出される。
王子には、その音がまるきり聞こえていなようで、トランス状態に入ったように白目になったまま、ゆらゆら縄が出ていくのと合わせて体を揺らせている。
突然の音に驚き、「ヒッ!」と誰かの声が漏れ、周りの皆も身を縮める。
勢いよく王子の身体から出ていくそれは、周りの空気を乱して風に変え、周りの人の髪をなびかせ、その縄の一端が、勢いよく一人の貴族に向かって突進した。
すごい勢いのまま、半開きにしていたその貴族の口の中に縄が吸い込まれて行く。
「アベル!そいつ!!」
リーサがその貴族を指さし、叫んだ。
「騎士様!その方を捕らえて!!」
俺がそう言うと、出入り口を固めていた騎士たちが殺到する。
それと同時に、縄のすべてが貴族に飲み込まれ、巻き起こしていた風が止み、一瞬の静寂が訪れる。
「イヒッ!」
その貴族の口から、人でもサルでもない異形の者の声が食堂全体に響き、その声を聴いたメイドが、「きゃあ!」と悲鳴を上げた。
貴族が顔を突き出し、身体全体で踏ん張るような態勢を作りながら
「ほぉぉぉぉぉぉーーーー!」
異形の者の声で吠える。
限界まで開いた口は、口角が真っ赤に変色し、ミチミチと音が聞こえるように引き裂かれ、血が流れだした。
そこに一人の身長2メートル近くはあるであろう、大柄な騎士が貴族に鋭いタックルを掛ける。
が、しかし、貴族はそのタックルを受け止めたばかりか、自分の胴にしがみつく騎士を片手でひっぺ返し、走って来たもう一人の騎士に向かって放り投る。
投げられた騎士とそれを受け止めた騎士は、そのまま床に激突し動かなくなった。
ギョロリと零れ落ちそうなほど見開かれた貴族の目が、皆が取り囲んでいた中心の王子向いた途端
「ブワッ!!」
と、擬音が聞こえそうな、とてつもない殺気が襲ってきた。
その殺気は粘度の高い湿気のように、異形の貴族の前に居る人達を取り込んで行く。
周りにいた貴族は、その場にへたり込み足腰が立たない。
王妃、王女も同じようだが、王と母さんはこらえていた。
すると、異形の貴族の足がたわんだ。
「やべぇ!!」
俺はとっさに王子の前に出てガードの体制をとった。
「ドカンッ!!」
という音と共に、何かがズルズルと落ちていくような音が聞こえる中
リーサが静かな声で
「アベル、もう大丈夫よ。」
と、聞こえた。
俺の顔の前を飛ぶリーサの前面には、神気の壁が出来ていた。
その壁に縋り付くようにして、異形の貴族は潰れた鼻から血が噴き出し、折れた歯を撒き散らしながら気絶していた。
「今、魔人の神気を中和しているわ。ま、もう無力化は出来ているから大丈夫よ。」
リーサはのんきにそう言っている。
その声を聞いて、はぁ、とため息を漏らし俺はその場にへたり込んだ途端、目の前が真っ暗になり何か柔らかいもので包まれた。
「アベル、良かった!」
俺は母さんの胸の中に居た。
俺は母さんを抱きしめ返し
「母さんは大丈夫だった?」
と、聞いてみた。
「あの殺気は厳しかったわね。立っているだけでも精いっぱいだった。あなた良く動けたわね。」
「気が付いたら、動いていたんだよ。」
「うん、でも良かった。」
そう言って、母さんはさらに強い力で俺を抱きしめた。
「リーサ殿、説明してくれるかな。」
王子を抱きかかえた王がこちらに近寄り話しかけてきた。
「王子に呪術が掛けられていたわね。それを私が解いた。その解けたモノが呪術を掛けた本人に返ったのよ。呪術とは、掛けた者、掛けられた者に等しく掛かると思っていい。掛けられた者の呪術が解かれれば、おのずと掛けた本人へ戻っていくものなのよ。」
そう言ってリーサは異形の貴族だったものを見る。
そんな静かな会話の中で、俺は異変を感じ、俺は母さんから離れて周りを見渡した。
殺気を食らったせいだろう、王妃、王女、他の貴族もみな気絶をして床に転がっている。
それどころか、ちょっと臭い。
みんな失禁しているようだ。
食堂なのにね。
「うむ、臭いな。」
王はそう言うと
「無事なメイド達、皆集めて気絶しているものを介抱してやってくれ。騎士はこのものを確保。まだ生きている、丁重に扱うように。治療師も呼んでやれ。事情を聴かねばならないのでな。」
そう言って、周りに指示を飛ばす。
「アベルよ、先ほどは王子を守ってくれて感謝する。礼を言わせてくれ。」
王は、そう言いながら俺の向かって小さくお辞儀をした。
「僕は何もしていませんよ。王子の前に出たってだけです。すべての功績は、リーサにあります。感謝はどうぞリーサにしてください。」
「まあ、そう言わずに礼だと思って、オリビアを貰ってくれんか?」
はぁ!?
「それと、王妃と、王女が漏らしたことは、黙っておいてくれ。よろしくな。」
そう言って、ニヤつく王であった。
はぁ。
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