88.アベルくんと美しい女神。
88.アベルくんと美しい女神。
「お待ちいただいて恐縮です、司祭様。」
父さんは司祭と軽いハグを交わす。
「奥様もお久しぶりですね。」
「司祭様もお変わりなく。」
そう言って、母さんも司祭に丁寧な挨拶をする。
そして司祭は俺とロッティーに目を止めると
「この子たちが名高いヴァレンティアの至宝たちですね。」
などと言う。
ここまでその名前が広まってんの?
やめてくれよ、恥ずかしい。
俺がその言葉に反応していると、隣に居たロッティーは司祭に対しニッコリと微笑み
「お初にお目に掛かります、司祭様。ヴァレンタイン辺境伯の息女、シャーロットでございます。どうぞお見知りおきを。」
といってカーテシーをする。
俺も続いて
「はじめまして、私はヴァレンタイン辺境伯の息子、アベルです。よろしくお願いします。」
と言ってから、丁寧に最敬礼をした。
肩に止まっていたリーサは最敬礼をする前の位置で浮いていた。
「はじめまして、ここの司祭をしております、ロベルトと申します。よろしくお願いしますね。お二人はおいくつですか?」
ロベルト司祭は爺ちゃんと同じくらいの歳だろうか?50代から60代前半と言ったところ。
その司祭が俺たちの歳を聞いたので
「私が10歳、アベルが5歳です。」
と、ロッティーが代表して答えてくれた。
「そのお歳で、もうこの礼儀正しさですか。教育の賜物ですね、ヴァレンタイン卿、奥様。」
司祭はそう言って父さんたちに向き直る。
それを聞いた二人は
「有り難うございます。この子たちの出来が良いのですよ。」
父さんが代表して言った。
そう言ってにこやかに談笑し始めた司祭がリーサに目を止め、父さんたちに顔を戻そうとしてリーサを二度目した。
心なしか、司祭の頬がわなないでいる。
「こ、こちらのお方は?」
震える声で司祭が聞いてきた。
「お初にお目に掛かりますわ、司祭様。私は東の森のフェアリー族のリーサと申します。これからよろしくお願いしますね。」
リーサはそう言うと、黄緑が基調のドレスのスカートをつまみ、カーテシーを浮かびながらする。
「ひ、東の、も、森のリーサ様。よ、よろしく、お願いします。」
額に大玉の汗を浮かべながら、司祭は後ろによろめいた。
「大丈夫ですか、司祭様。」
父さんが、司祭を気遣い手を差し伸べる。
「い、いえ、大量の神気に当てられたような気がして。はっ!大丈夫、もう大丈夫です。」
司祭はそう言うと、乱れた衣服を整えた。
「アルケイオンがガードしたわね。」
リーサが不穏なことを言う。
おいおい、しょっぱなから始めんなよ。
「お前、何かやったの?」
不敵に笑うリーサに向かって俺は聞いた。
「体から神気が漏れただけよ。あんたたちは何も分からなかったでしょ。けど司祭は気が付いた。ちゃんと修行をやったのね。あの司祭は偉い子だわ。」
偉そうにリーサが言った。
「アホなのか?それってまたアルケイオン様に喧嘩売ったって事だろう?」
俺はこそこそとリーサに文句を言う。
「まあ、そうなるかしらね。来るなら来い!!」
そう言って構えたリーサの頭を俺がチョップする。
「嫌だ!痛いわね。なにすんのよ。」
と、リーサが言っている隣から
「アベル、何があったかは知らないけど、女の子に手を上げてはいけないの。わかる?」
ロッティー、こいつは殺しても死なないんだよ。神だし。
滅ぼさなくてはね。
「うん、リーサがアルケイオン様の悪口のようなことを言ったので、我慢が出来なくなっちゃった。ごめんね、リーサ、大丈夫?」
「ロッティー、気遣ってくれてありがとう。アベル、覚えてなさいよ。」
「うん忘れた。」
「もう!」
リーサが空中で地団駄を踏む、面白れぇ。
「それでは、祭壇の前に皆様お集まりください。」
気を取り戻した司祭が、皆を祭壇まで案内する。
我々は祭壇前で跪き、首を垂れる。
そして祭壇の真正面に立ちこちらを向いた司祭が祝詞を唱え始めた。
その途端、俯いている俺の目の前が光り出し、祝詞の声が止まる。
「アベル、久しいな。」
美しい声が俺の目の前で響き、俺はその声を追うように顔を上げた。
純白のキトンを着た美女がそこに立っていた。
相変わらず、茨の冠は痛そうだが。
「余計なことはよろしい。」
その美女は俺の心を読んで突っ込む。
周りを見渡すと、時が止まったように皆微動だにしない。
「周りと我々の次元を隔絶した。この方がアベルも話しやすかろう?」
「お気遣いいただき、有難うございます。アルケイオン様。」
俺は恭しくお辞儀をした。
「まだ其方はアベルに纏わりついていたのですか、トレーサ。」
「ふん、悪い!アルケイオン!」
肩に手を当て、顎を突き出し威嚇するリーサ。
「アベルが迷惑でなければな。」
アルケイオン様はあくまで涼しい面持ちだ。
「私はお陰様で楽しく過ごさせて頂いております。」
俺の言葉を聞いて
「ふん!」
と鼻を鳴らすリーサ。
お前が威張るところじゃない。
「ふむ、まあ、アベルがそう言うならいいのであろう。で、一人と一柱で余に何ようだ?」
「もうご存じなのでしょう?頭の中をのぞかれたようですし。」
もう言わなくてもいいよね。
「オスカー王子にかけられた呪術の事か。」
涼しい眼差しで、俺に語り掛けるアルケイオン様。
「そのとおりでございます、アルケイオン様。」
「解呪自体はトレーサが行えば問題はあるまい。魔神の神気を解けばいいだけだからな。」
「問題はそのあとです。これが魔人の信徒の仕業であると、王に報告せねばなりませんが、なぜそれが分かったのか、種明かしもしなければならないでしょう。」
「つまりは、トレーサが神であることも言わなければならないという事だな。」
「そういう事です。」
「私は別にいいけど、アベルたちが困るんでしょう?」
「説明がな、リーサが顕現したころの話から始めなきゃならないし、なぜ今まで黙っていたか、なんてことにもなりかねないしね。」
「でも案ずるな、アベルよ。トレーサがこの問題、難なく片付けるであろう。」
は?
それが出来ないからご相談に参ったのに。
「トレーサよ。其方アベルに呪詛返しの説明はしたのか?」
「あ゛っ!?」
「アベル、やはりこのような輩とつるんでは品位が下がる。なれば余が適当に受肉し、其方の傍に居ろうか。」
「アルケイオン様がいつもお傍にいて下さるならばそれはとても心強いでしょう。しかしながら、アルケイオン様のような神格の上位の神を、私が独り占めするわけにもいきません。」
「アベル、私は良いの?」
「お前が居なくて困るのは聖王国だけだろう?いや、聖王国でも困ったって話は聞かないな。」
「むー!」
リーサはむくれてそっぽを向く。
「むー!じゃなくてさ、呪詛返しってなんだよ。」
「余が説明してやろう。神気を使った呪詛は、呪詛を掛けた者にも掛かっているのだ。呪詛を掛けられた者が何らかで死に至らない限り、強制的に解呪されれば呪詛を掛けた者にそれが返って行く。」
「なるほど、前世で言えば人を呪わば穴二つというやつですね。」
「ふむ、その慣用句ならばピッタリであろうな。」
「であれば、解呪したときに何らかのリアクションがあったものが犯人とみてよろしいってことですね。」
「うむ、そのとおりである。賢い子は余も好ましく思うぞ、アベル。」
「なによ!アベルはあたしの神託の騎士なんだからね!」
まだその設定生きていたんですか!?
「おう、そうであったな。アベルよ、そろそろ乗り換えてもよいのだぞ。」
「神様方を乗り換えるとか、そんな大それたことは出来ませんので。アルケイオン様、リーサが解呪する際に、王子の取り巻きを近くに配置していた方がいいってことになりますね。」
「そのとおりであろう。其方は取り巻きの中に居ると考えておるのだろ?」
「はい、そのとおりでございます。これまでの話で、万事うまくいくでしょう。それではご相談頂き有り難うございました。」
「うむ、もっと甘えてもよいのだぞ?」
「それでしたら、家族と使用人の願いも聞き届けていただければと。」
「そうか、其方は欲がないのだな。あいわかった。ローランドらは可愛い氏子だからな。聞き届けよう。では最後になるが、其方らが考えておったように、王の夢枕に立つようなことはせんからな。」
「はい、呪詛返しによって犯人を捕らえる確率が高くなりましたので、そのようなことは必要がなくなりました。ご厚情、誠に感謝申し上げます。」
「それではな。ヴァレンティア城の礼拝堂にもちゃんと来るように。」
「はい、帰ったら、礼拝堂には通うようにいたします。」
「トレーサ、楽しかったぞ。また来るがよい。」
「アルケイオン、ありがとう。また来るわ。」
「うむ、ではな。また会おう。」
アルケイオン様がそう言うと、パッと光が瞬いたと思ったら、急速に収束する。
そして、祝詞の声が戻ってくる。
ふと見上げて見えたアルケイオン様の像が、優しく笑って見えた。
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