87.アベルくんと石造りの神殿。
87.アベルくんと石造りの神殿。
ヴァレンタイン家を乗せた2台の馬車がセイナリアの街を行く。
何故2台かって?
我々家族だけじゃなく、執事のヨハンにメイドと護衛。
これだけ乗れば、街乗り用の馬車は一杯なんだよね。
1台目の馬車には両親と執事のヨハン、メイドのエレナと騎士団長のチャールズ。
ぶっちゃけ、エレナを抜いた連中だけで、城でテロを起こしても成功させそうなメンツだ。
2台目の馬車には、俺、ロッティー、リーサ、リサ、ローズ、ユーリ。
リーサとリサは紛らわしいが別人格だからね。
リサはロッティーのお付きで12歳のドワーフちびっこメイド1号だ。
ローズは俺のお付きの狼獣人ちびっこメイド2号。
ユーリはヴァレンタイン辺境伯騎士団の副官で、エレナの婚約者。
「ユーリ、向こうの馬車が良かったんじゃないの?」
とりあえず、暇だからユーリをいじろう。
「え?何でですか?」
すっとぼけるユーリ。
「戦力差が前の馬車とこっちじゃ、ユーリとチャールズを代えたところでそんなに変わんないよね。母さんがこっちに来て、リサが向こうに行くくらいでちょうどいいかな。」
俺がそう言うと
「向こうの馬車がおかしいのだわ。元A級冒険者がふたり、二つ名が付かないまでも、辺境最強とうたわれる騎士団長、涼しい顔をした執事だけど、元敏腕の間諜であり、スカウトのプロ。これだもの。」
とロッティー談。
「やっぱり私が向こうの馬車では力不足ですよね?」
ロッティーの話を聞いていたユーリが委縮する。
「そんなことないわ。あなたはチャールズが見込んだ次期団長よ。変なフラグさえ立てなければ大丈夫よ。」
ロッティー、そんな言葉をどこで覚えたの?
今すぐやめなさい。
などと言っているうちに、住宅街を抜け、商業地区に馬車が入った途端、ガクッとスピードが落ちる。
まあ、仕方ない。
商業地区が賑わっているってことは、景気がいい証拠だ。
首都の景気が良ければ、地方にも回せるしな。
全然悪いこっちゃないのだ。
俺は窓の外を眺める。
「わかっていたけれど、随分と歩いている人たちの装いとか、雰囲気がヴァレンティアと違うよね。こっちはみんなのんびりというか、急かしている感じがない。」
俺の言葉を聞いてロッティーが答える。
「そうね、ヴァレンティアは冒険者や軍、騎士団関係者が多いから、どこかセカセカしていたり、規律正しかったりしているわ。」
冒険者の規律は所属パーティーの方針に寄ってしまうのでバラバラだけどね。
父さんや母さんのように、有力貴族出身の冒険者なんてほぼ居ない。
それでもランクが上がって依頼主が大手の商人や貴族になっていくから、上位パーティーの冒険者はだんだんとお行儀も良くなっていくんだとか。
まあ、下位ランクは、同じ地元同士がつるみやすいから、なかなか粗野な状態からの脱却は難しいらしい。
「メイドの数も多いですね。」
ローズが俺越しに窓を見ながら言った。
「だな、貴族の住宅街があるから、必然メイドの数も多くなるんだろうな。ヴァレンティアでは、うちの城か、大きな商人の家しかメイドが居ないしね。」
「なるほど、言われてみるとそうですね。」
ローズは納得したようだ。
「メイド服も流行がある。」
リサがぽつりと言った。
「そうなの?」
俺がそう聞くと、リサはコクリと頷いて
「こっちのメイドのエプロンは、肩の部分にレースの飾りがついている。別邸のメイドのエミさんに教えてもらった。」
「あ、ほんとだ、あそこの子の肩にレースの飾りがついてる。」
俺は窓の近くを通りかかったメイドを見て、リサの言葉を反芻する。
「ヴァレンタイン家のメイド服は比較的新しい型紙を使っている。これは完全にマーガレット様の趣味。わざわざセイナリアから取り寄せている。」
またリサからの新情報だ。
メイド長のマーガレットは裁縫が趣味だからな。
あいつ、ちゃんと身体を休ませていればいいんだが。
待望の第一子妊娠中だからな。
一度流しているんだから、今度こそ大事にしてもらいたい。
「マーガレットがそこまでやっていたなんて知らなかったよ。」
「お嬢様、お坊っちゃん、もうすぐ到着します。」
いつもの御者のおっちゃんが教えてくれた。
「わかりました。」
ロッティーが答える。
アルケイオン様の神殿は商業地区を少し抜けた、閑静なところにあった。
俺たちが乗った2台の馬車が神殿前で停車する。
俺たちが馬車から降りると、目の前に石造りの立派な神殿があった。
実際のところ、アルケイオン様の信者は多くはないらしい。戦争と平和の神様だからね、ぶっちゃけ庶民には関係がない。
その代わり、王家、軍、騎士関係者の信者が多い。
敵国、聖王国との最前線に位置する、我々ヴァレンタイン辺境伯家もその一員となるわけだ。
うちの城にはアルケイオン様の礼拝堂もあるしね。
信者が収入も安定した特権階級の人達や組織ばかりだから、神殿側もお金にも困ってなさそうだ。
馬車を降りた俺たちは、一度集まり、領主御夫婦を先頭に、子供、執事、護衛、メイドの順で神殿前の階段を上って行く。
神殿に入る前から、何かしらの儀式が始まっているような気がするね。
あ、もう一人?もう一柱忘れていた、リーサは俺の肩の上であくびを一つしてる。
階段を上り終えると、神殿の大きく立派な扉を護衛のチャールズとヨハンが丁寧に開けた。
扉の向こうはすぐに礼拝堂だ。
天井が高く、シャンデリアのような華美な照明ではないが、神殿のに格式に見合った魔道具が設置されており、十分な照明が得られている。
礼拝堂の中央で、司祭のような人物が俺たちを待っていた。
多分、父さんが先触れを出していたんだろうな。
「お待ちしておりました、ヴァレンタイン卿。」
その人物は大仰に手を広げ、父さんを迎え入れた。
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