1章 地に落ちた神様
これはある高校生の男に、学校からの帰り道で起きた出来事。
男の名前は「漆 竜木」といった。
彼は普通の高校2年生で、普通の学校生活を送っていた。
彼自身も至って普通の、少し人見知りの男だが、人一倍の優しさを持っていた。
ある日の帰り道。竜木の家の近所に、小さな異変があった。
なんと、ご近所さんの家の塀に、小さな少女が寄りかかって倒れていたのだった。
竜木は焦って近づき、声をかけた。
「お、おーい…大丈夫か…?」
声をかけても返事がなく、竜木はさらに戦慄したが、もう一度声をかけ、今度はユサユサ体を揺さぶってみたりなどした。
「ううん………」
少女は軽く唸った。命はあるようだった。
ところが竜木は、ふと目を丸くした。なぜ最初に気づかなかったのかわからないが、その倒れていた少女には、耳と、大きくふくふくしたしっぽが生えていたのだ。
つまるところ、彼女は所謂『獣人』というやつだろうか。尤も、そんなのが現実にいるとは思えないが。その時の竜木は、夢でも見ているのかと思った。
とりあえずもう一度声をかけてみることにした。
「お、おい……大丈、」
「ふう〜。よく寝たわい」
「……え?」
もう一度声をかけてみようとしたその時、少女は起き上がって声を発した。
竜木は、少女がしっかり生きていたことがわかって安心し、ふうと安堵のため息をついた。
そしてその場から立ち去ろうと、立ち上がった瞬間。
「のう。そなたは何者じゃ」
「…?」
「これ、聞いておるであろうが」
突然話しかけられ、人見知りの竜木は一瞬硬直した。
「……お、俺?」
「たわけ、おぬし以外に誰がおる。おぬしの名は何じゃ」
竜木は正直なところ今すぐにでもこの場を去りたかったのだが、さすがに話しかけてきた人を無視するなど良心のかけらもないことはできなかったので、とりあえず名乗ることにした。
「…竜木。漆 竜木だよ」
「ほほう、竜木か。儂の名は神楽寺 紫苑じゃ。よろしく頼む」
『よろしく頼む』というところに多少ひっかかったのだが、まあいいとする。彼女はちゃんと生きていたのだから、どっちにしろハッピーエンドだ。
「えっ、と…俺そろそろ夕飯の支度をしないとだ。じゃあ、帰るな」
「ふむ…」
竜木が家に向かうところを、紫苑は少し見送った。