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第八話

******



「あの。優香(ゆうか)さんには、色々とお聞きしたいことがあって」


 お昼の公園にて。

 わたしと優香さんは、砂場で遊ぶ理沙(りさ)ちゃんをベンチから見守っていた。


 二人で会話できるまたとないチャンス。

 わたしは、いつになく真剣な声色で(たず)ねていた。それはまるで、大事な仕事の案件か、ってくらいのトーンでだ。

 優香さんも、ある程度は察していたようで、こくん、と頷く。


「私、別に隠したいことなんて何もないから、なんでも聞いて? 香菜江(かなえ)さんをかなり勘違いさせちゃっていたみたいだし。ごめんね?」


「え、ええ。そのことなんですけど……。理沙ちゃんとは、血が繋がっていないんですか?」


 優香さんは目を(つむ)って、物思いに(ふけ)った。わたしは、優香さんの長くて美しい睫毛(まつげ)に魅入るしかない。


 ……一緒に生活を送っている子どもと血が繋がっていないのだから、複雑な事情があるのは間違いない。口には出しづらいよね。今更すぎるが、聞いてしまってよかったのだろうか。


「理沙は、私の姉の子どもなの。姉夫婦は、理沙が産まれてすぐに事故で亡くなってしまって……」


 優香さんは、当時のことを思い出しているのか、寂しげに漏らす。

 わたしは彼女に寄り添って、(つら)い気持ちを少しでも(やわ)らげてあげようと思った。


「すみません、悲しい思い出を聞いてしまって」


「ううん。香菜江さんには知っておいて欲しいから、いいの。ていうか、私ったら、香菜江さんはてっきり知ってるつもりだと思ってた。近所で噂になってるかもしれないし、香菜江さんの耳にも入っているのかな、って」


「近所の人たちも知らないみたいでしたよ。優香さんのことシングルマザーだってみんな言ってましたし。……お互い、勘違いしてたみたいですね」


「ふふっ、そうみたいね。――それでね、大好きだった姉のかわりに、私が理沙を育てようって決心したの。理沙は当時のことなんて覚えているはずがないから、なんにも知らないけど……いずれ、伝えるつもりよ」


 優香さんは、スコップで砂を掘る理沙ちゃんを強い瞳で眺めていた。それはまごうことなき、母親の目だ。血は繋がっていなくても、優香さんは立派な親だった。

 理沙ちゃんだって、容姿がとっても優香さんに似ている。優香さん、お姉さんとそっくりだったんだろうな、って憶測できるけど。それにしたって、優香さんと理沙ちゃんは本物の母娘同然だ。


 優香さんは、他にも色々語ってくれた。

 生活費は、慰謝料などを振り込んでもらっているので、それでやり繰りできること。他に、遺族からの支援金もあること。

 優香さん本人も、遺族の紹介でたまにお仕事をしたりしているらしい。それから、理沙ちゃんをかわいがっているのは、お互いの親類ってことのようだ。


 謎だった優香さんのベールがどんどん脱げていく。優香さんにつきまとっていたいろいろな男性の影は、すべてわたしの勝手な妄想。自分の妄想でやけ酒をしていたなんて、はた迷惑な話だったな……。

 でもこれで、わたしは優香さんの全てを背負う覚悟ができていた。

 ――どんな過去があっても、受け入れるつもりではあったが……メンタルを鍛えてからじゃないとだめそうだったし。過去の相手がいないにこしたことはない!


「わたしにも……優香さんを支えさせてください。支えたいんです、あなたのこと」


「……ええ、おねがい、します。……なんかね、昨日、寝るまでは自分の気持ちに戸惑いとかあるのかな、って思ってたんだけど……。今、香菜江さんとお話してみて、全然そんなことなかった。香菜江さんと一緒にいることを望んでる自分しかいないの。私も、心のどこかで誰の支えかを必要としていたのかもしれないわね。そのお相手が香菜江さんで、とっても幸せよ」


 優香さん、幸せそうにはにかむ。

 なにが功を奏したのかはわからないが、受け入れてもらえてよかった。

 わたしたちには、まだまだ時間が必要だろうけど、今日からともに歩むことが大事なんだ。


 お互い照れてしまって、会話が続かなくなる。


「ママたち、どうしたの? 今日はお顔赤くなってばかりだね」


 いつの間にかベンチの前に理沙ちゃんが立っていて、指摘されてしまった。理沙ちゃんに気づかないほど、わたしと優香さんは二人の空間に(ひた)ってしまっていたらしい。

 

「と、とりあえず、遅くなっちゃったけど、お昼ご飯にしよっか? 理沙は何が食べたい?」


「ん~。亀屋さんのパンがいい!」


「はいはい、じゃあ買って帰りましょうね。ほら、香菜江さんも立って立って」


 すっと、優香さんに手を差し出される。

 わたしは、自然とそれを受け取って立ち上がる。……でも、やっぱり恥ずかしさが勝って、手は握っているのに視線をそらしてしまう。

 ふたりとも、恋愛にはあまり慣れていないようだ。


 こんなんで、夫婦として理沙ちゃんを育てていけるのだろうか。

 いや、まずは恋人からだよね? でも、子育ても手伝ってあげたいし、わたしとしては夫婦スタートでもいいんだけどなあ。


 ただ、この先待ち受けているのは幸せの連続だと確信を持てた。

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