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第四話

******



 一週間が終わり、土曜日がやってきた。

 優香(ゆうか)さんとの約束はすでに取り付けてある。今日は人生の分岐路になりそうな、生涯で一番大事な日の予感がしていた。


 おしゃれとかよくわからないわたしは、スーツで決めて花束でも用意したくなったが、いくらなんでも気取りすぎだろう。カジュアルなスタイルで優香さんの家へ向かう。


 予定では、理沙(りさ)ちゃんと三人でショッピングモールにお出かけすることになっている。これといった買い物があるわけではないようだが、ショッピングモールには子どもの遊び場があったりするので、理沙ちゃんは大好きなのだそうだ。


「優香さん、こんにちは。それから理沙ちゃん、って呼んでいいかな? はじめまして」


 相変わらず、優香さんは律儀(りちぎ)に家の外で待っていてくれた。

 彼女の隣には、手を繋いだ少女も(たたず)んでいる。優香さんの娘である理沙ちゃん、5歳だ。

 理沙ちゃんは特に感情も浮かべず、わたしをじいっと見上げている。困惑した様子でもないが、どことなく、わたしを品定めしているようにも感じた。

 小さい子どもっていうのは、人の本心に敏感だ。わたしが優香さんに下心で接しているの、バレてしまっているのだろうか。冷や汗が背中を伝いそうになる。


「ほら、理沙。ご挨拶なさい? 今日は香菜江(かなえ)さんが遊んでくれるみたいよ?」


「……こんにちは」


 優香さんに(うなが)され、理沙ちゃんはお辞儀する。ちょこんと下げた頭が幼稚園児らしくて、愛らしい。が、やはりよそよそしさは(ぬぐ)いきれず、わたしは警戒されているのだろうか。


 ……しかし、この程度では動揺しない。ちゃんと想定している動きだ。

 怯えさせてしまった場合の戦略はシミュレート済みである。


 わたしは、その場にしゃがみ込んで、理沙ちゃんの目線に合わせた。


「突然お邪魔しちゃってごめんね。わたし、優香お母さんのお友だちなんだ。これ、お近づきの印に理沙ちゃんにプレゼント持ってきたよ。気に入ってもらえると嬉しいな」


 鞄から、包んであるプレゼントを取り出す。

 すると、理沙ちゃんの興味はプレゼントに(そそ)がれた。物で釣るしかできないのも歯がゆいが、初対面なのだからしょうがない。

 理沙ちゃんはおそるおそる包装された箱を受け取ると、わたしを上目遣いで覗き込んできた。


 かわいいな、理沙ちゃん。小さい女の子だからってのもあるが、優香さんの娘だから、純真さが生き写しかのようだ。将来は綺麗な女性になること約束されている。わたしが幼女趣味じゃなくてよかった。


「開けていいの?」


「もちろん」


 優香さんは、わたしたちのやりとりを緊張の面持ちで眺めている。


「あ、しいかわだー! ママ、みてみて、しいかわくれたよ!」


 包みを開けた理沙ちゃんは顔が(ほころ)び、飛び跳ねて嬉しさを表現した。

 しいかわ。わたしが選んだプレゼントは、今ちまたで人気の、なんかしいたけみたいでかわいいやつ、のキーホルダーぬいぐるみだ。特に女の子に好評なようで、女児から大人まで、その魅力に引き込まれるらしい。

 しいかわで理沙ちゃんが無邪気に喜んでいるのをみて、わたしもホッとする。優香さんは、必死に理沙ちゃんをなだめようとしていた。


「あらあら、よかったわね、理沙。ほら、香菜江さんにお礼を言わないとだめよ?」


「香菜江お姉さん、ありがとー!」


 理沙ちゃんは、わたしが与えたキーホルダーのぬいぐるみ三点をにこにことしながら見つめている。

 警戒心は、なくなってくれたみたいだ。


 わたしがふう、っと安堵(あんど)の息をつくと、優香さんが(そば)に寄ってきた。


「あの、プレゼント(いただ)いちゃって、すみません。本当にありがとうございます。お高かったでしょう? なんか、申し訳なくなっちゃって……」


「ああ、気にしないでください。わたし、趣味が少なくて、お金の使い道ないんですよ」


「後で、お返しさせてね? にしても香菜江さん、理沙がしいかわ好きなの、よくわかったわね」


「え、あはは……。以前、優香さんの家にお邪魔したときに、しいかわのグッズがたくさんあったので好きなのかな、って思って」


「さすが香菜江さんね。お仕事ができる人って、気配りもできるのね~」


 優香さんも、理沙ちゃんみたいに無邪気に微笑(ほほえ)む。美しい母娘だ。

 

 ……実際には、優香さんの家の中をジロジロ見てました、って自白したのと同義なのだが、目ざといと思われなくてよかった。優香さんは心が清いから、わたしをこれっぽっちも怪しんでいないのだ。


「じゃあ、行きましょうか」


 ショッピングモールへは、バスを利用して向かった。

 三人でバスに乗り、目的地へ辿り着くころには、理沙ちゃんともすっかり打ち解けることができた。小さい子どもとは一度距離が縮まると、あっという間に親密になれる。


「香菜江おねーさんも、一緒にお馬さんのやつ乗ろうね!」


「うん、いいよ。楽しみだね」


 ショッピングモールの入り口が近づくと、理沙ちゃんははしゃぎだし、走り出そうとする。それを優香さんが(いさ)め、迷子にならないようにしっかりと手を繋いでいた。

 いつもこうなんだろうな。日々のありふれた光景が、簡単に頭に思い浮かんだ。


 わたしも、手を繋いで三人で歩きたい。

 ……まだ、早いよね。家族じゃないといけないよね。


「香菜江さん、理沙に振り回されて疲れない? せっかく、お仕事休みの日なのに」


「いえ、疲れませんよ。普段あんまり運動しませんし、むしろ振り回してくれたほうが健康的な気がします」


 土曜日の正午前なので、ショッピングモールは人でごった返していた。

 夏前なので、気温も高い。

 だが、それ以上に理沙ちゃんが元気だ。


 ひとまず、彼女を満足させるために屋上へ向かうこととした。

 屋上には、今や希少となったプチ遊園地があるようだ。理沙ちゃんがいう"お馬さん"は、屋上に設置してある乗り物のことだった。


 理沙ちゃんを思う存分遊ばせれば、多少は満足してくれるだろう。

 わたしと優香さんは、まるで夫婦のように娘を見守る。時には手を引っ張られ、わたしも理沙ちゃんに付き添った。


 親子になったみたいで、自分が満たされていくのがわかる。


 一時間ほど遊んだ後は、ベンチに座って三人でソフトクリームを手に小休憩だ。

 わたしと優香さんの間には理沙ちゃんがいて、足をぶらぶらさせていた。


「ソフトクリームまでごちそうになっちゃって。香菜江さんは、どうしてそんなに尽くしてくれるの?」


「わたしも楽しいからですよ。独り身でお金の使い道がないのは本当ですし、楽しいことに使っているだけです」


「うーん……。あ、そうだ。今夜こそ、うちでご飯を食べて行ってくれないかしら? ごちそう、作ってあげたいのよね。お礼も()ねて」


「お礼は気にしないでいいんですけど……でも、お邪魔していいなら、お言葉に甘えます」


 わたしが夕飯の誘いを承諾すると、優香さんは屈託(くったく)のない笑みで頷いてくれる。誘いに乗っただけなのに、恋人に送るような笑顔を向けられてしまい、ドキドキする。わたしは、初恋した中学生のように照れて、ついつい顔をそらした。


「今日はたくさん香菜江さんのお話を聞かせてね。私、もっと香菜江さんと仲良しになりたいわ」


「わたしだって、同じ気持ちです……」


 はぁ……雰囲気、とってもいいんだけどなあ。これが男女だったならば、そういう空気になっていくんだろうけど。優香さん、わたしの気持ちにはまったく気づいていないだろうな。まぁ。実際に夫婦だったとしても、理沙ちゃんが間にいるので、イチャイチャ、って感じにはならないだろうけど。


 優香さんは、わたしのモンモンとした態度なんてつゆ知らず、ソフトクリームで汚れた理沙ちゃんの口元を(ぬぐ)っていた。


「ねーママ、香菜江おねーさんってパパみたいだねー」


「うふふ、本当にそうみたいねぇ」


 二人は破壊力の秘めた会話を、のほほんとする始末。

 わたしが喜ぶツボ、全部抑えている親子か何かかな?

 もしも、わたしが人をたらしこむ(すべ)を身につけていたとしたら、「本当にパパになりましょうか?」って流れで言えるんだけどなぁ。現実では、優香さんと理沙ちゃんのやり取りをぼーっと眺めることしかできなかった。


「そうだ。香菜江さんは、何か好きなものとかある? お夕飯の材料、ついでに買っていっちゃおうかしら」


「え、うーん……優香さんの料理ならば、なんでも喜べそうですよ」


「あらあら、お上手なんだから。じゃあ、理沙の好きなやつにしようかしら。理沙がいつもリクエストしてくるから、得意料理なのよね」


 その言葉を聞きつけた理沙ちゃんは、またも大喜び。(にぎ)やかな時間はずっと続いた。


 わたしの人生にはないものだらけだ。わたしには子どもだって当然いないし、一人暮らしなので、三人で笑っていられる時間はかけがえがない。

 さらに、ショッピングモールを後にするころには、わたしと優香さんで理沙ちゃんを挟み、手を繋ぎ、本物の家族のようになっていた。

 わたしは、今の関係を失いたくない気持ちでいっぱいになっていく。


 その上、夕飯をお呼ばれするのだから、優香さんと夫婦になりたい想いで満タンになって、胸が張り裂けそうだった。今日のデートみたいな感触はよかったし、勢いで迫ってしまいたくなるほど、わたしは優香さんに飢えている。


 どうにか飢えていることを悟らせないようにしつつ、三人で帰路を歩んだ。

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