5.手に残る痕
ジッと手を見る。
握ったり、開いたり。
くり返し動かすその手をジッと見つめる。
授業も終わって放課後。クラスの連中も三々五々、それぞれに散らばっていっても、俺は自分の席で、手を眺めていた。
「どうした、新里」
「いや、これって、俺の手……だよな」
思考の外からかかった声に、間抜けな質問を返す。
「――は?」
ナニイッテンダ、お前。
声をかけてきた五木が、眉を歪ませた。
「いやさ、あの剣道の授業の時、なんかおかしかったんだよ」
「おかしいのはお前だ、新里。ま、おかしいのはいつものことだけどな」
「うっせ」
「ってか、すごかったよな、あれ。バシーン、クルクル~って」
説明になってない俺の話に、帰り仕度を終えた川成も混じってくる。
「時代劇みたいっての? あれで、『みね打ちでござる』とかやったら完璧だったのにな」
「桜町は悪者かよ」
剣豪に返り討ちにされ、「ウッ」とか胸を押さえて倒れる役。(みね打ちだから血は出てない)
「なんかさあ、最近ずっとヘンな感じなんだよ。俺なのに俺じゃないっていうのかさ」
言いながら、手を動かすことをやめない。
この手は俺の手。だけど、あの時竹刀を弾き飛ばしたのは、俺じゃない誰かの手。
小学生の時とか、帰り道に傘でチャンバラしたことあるけど、あんなバシーンクルクルできるような(傘)剣豪じゃなかった。俺がなれたのは、掃除時間に(ホウキ)剣豪になろうとして、女子にチクられ先生から怒られるテッパンクソガキ。
だから。
(あれ、なんなんだよ)
打ち込まれる勢いに、強さに、とっさに体が動いたとしても、ああはならないだろ、普通。
あれはまるで、まるで、まるで……
「――なんだっけ?」
「は?」
「あー、ダメだ! 思い出せねえっ!」
モシャモシャと髪を掻きむしる。
頭の中を捜索しても出てこない。何かが奥で引っかかってる。そんな苛立ち。
「なーんかさぁ、最近の俺、なんかおかしいんだよなあ」
「は?」
「だから、いつものことじゃん」
うっせ。
最後まで聞けっての。
「寝てもスッキリしねえしさあ」
「だから欲求不満」
「溜まってんじゃねえの?」
「……お前らに相談しようとした俺がバカだった」
こいつらに真面目な相談したって、茶化されて終わるオチだったわ。
グダッと机に潰れ、前を見る。
視界に映る、桜町の背中。紺のブレザー、この学校内ならどこにでもある普通の背中なのに。なのに、一度見たら、二度と目が離せないっていうのか、なんていうのか。
(キリッと背筋が伸びてるから……か?)
長身なことに加え、その背筋はピンッと伸びている。今だって、そのその首筋から肩、腕、机に置かれたカバンにかかる指まで流れるようにキレイで……って。
(うわあああっ! 俺、なに、考えてんだっ!?)
飛び起き、頭をモシャモシャ掻き乱す。今、俺、何考えてたっ!?
「……新里が壊れた」
「前からだろ」
五木と川成の感想。
まあ、そうだよな。ノベッと机に潰れてたやつが起き上がるなり髪をワシャワシャやったら、そんな感想になるよな。でも、「うっせえ」。
ガタンと、音を鳴らして席を立つ。
「今日は、悪いが先に帰っててくれ」
「どうした?」
いつもなら、部活に入ってない俺たちは、町をぶらついたりしながら一緒に帰るんだけど。誰かに用事があるなら、終わるまでちょっとぐらい待ったりもするのだけど。
「呼び出されてんだよ、飯田に」
「ああ、剣道の」
「今日は、放課後までいるから、絶対来いってさ」
俺が桜町に攻撃をしかけちまったから。
授業中も、その後もみっちり叱られたのに。あの教師は、まだ叱り足りないらしい。放課後も、タップリしごくつもりらしい。
面倒くさいから、トンズラこいてやってもいいけど、そうすると、来週の授業がちょっと怖い。
「剣に型なんてねえのになあ」
剣をふるうのは戦場。生死をかけたそこに、型なんてもんは存在しない。死死にたくなくて、敵を倒したくて、やみくもに剣を振るう。剣の稽古は、そのためのもの。いざという時のために、体に技と動きを覚えさせるために行うもの。素振りや打ち込みを否定する気はないけど、実戦で、敵は面、胴、小手しか狙ってこないわけじゃねえ。薙ぎ払い、振り下ろし、跳ね返す。足の裏に伝わる砂と石の混じった地面の感覚。バネのように体を縮めて力を溜め、反動で敵に飛びかかる。武器は刀だけじゃない。そこにあるすべてが攻撃する武器になり、身を守る楯になる――って、あれ?
(今、俺、何考えてた?)
まただ。
また、おかしな映像が、俺の前にちらつく。
剣を持った相手が、鋭く俺に向かって……。
「新里?」
「あ、いや、なんでもねえ」
額に当てかけた手をギュッと握りしめる。
バカにされるから言わねえけど。
やっぱ、今の俺、なんかヘンだ。