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3.寝ても覚めても

 「お~い、新里~、生きてっか~」


 バコンと、頭に響く振動。

 

 「お~う、なんとかな~」


 机に潰れかけてた頭を上げる。

 さっきの振動は、ノートで叩かれたからだろう。俺の脇に立っていた五木の手には「古典」と、黒々ペンで書かれたノート。


 「お前、寝すぎ。朝からずっとそんな感じじゃん」


 「うう~、わかってる~、わかってるけどさ~」


 上のまぶたと下のまぶた。好き合う二人(?)を分かつように、ゴシゴシと目をこする。けど、まだ眠い。油断すると、またまぶたがお互いを求めあってしまう。


 「そんな夜更かししてんのかよ」


 「してねえよ」


 夜更かしは。


 「エッチな動画でも観てたんじゃね?」


 「うっせ。観てねえって」


 そんな余裕はねえっての。

 次いで寄ってきた川成に反論。


 「少年よ枕を抱け。とにかく眠い。それだけだ」


 「枕? 女じゃなくて?」


 「ボーイズ・ビー・アンビシャス。ボーイズ・ビー・ピロー?」


 俺の言葉に、五木と川成が顔を見合わせる。

 普段なら、そこで俺も混ざってアホなこと言って笑うんだけど。なんだろう。そんなことするだけの気力が起きない。

 頭を上げてるのもだるくて、もう一度机に突っ伏す。「机」と「枕」なんか似てるよな。(個人的感想)


 「……俺さあ、最近ずっと夢を見るんだよな」


 「夢?」


 「エッチな夢か?」


 「ちげえ」


 なんで、なんでもかんでもエッチに繋げるんだよ。


 「それがさ、内容は全然覚えてないんだけど、なんかこう、キューッと胸が締めつけられるような、泣きたくなるような感じでさ」


 起きたらすべてを忘れてる。けど、夢を見ていたことは忘れていない。

 手のひらに、目に、耳に。すべてに夢の感触が残っていて。でも、それは目を開いた瞬間に、ザアッと霧散し消えていく。


 「――忘れちゃいけないこと、思い出さなきゃいけないこと……のような気がするんだよな」


 「いい夢だった」、「あー怖かった」なんて感想で、朝飯食ったら忘れてるような、そんなレベルの夢じゃない。すぐに消えていくのに、取り戻さなきゃいけない焦燥感に囚われる夢。


 「なんかさ、映画みたいだな」


 「映画?」


 「あったじゃん。夢の中で入れ替わってるってやつ」


 「私たち、入れ替わってる!? ってやつか?」


 「そう、それ!」


 大正解! 五木が俺を指さした。


 「ってことは、あの田舎神社娘が新里と入れ替わってこっちに来ることもアリ?」


 「隕石衝突、防がなきゃな」


 「映画かよ」


 「映画だよ」


 二人が笑った。

 くそ。こっちは結構真剣に悩んでるのに。

 笑う二人をよそに、軽く頭を抱える。


 (あのノートを見てからだ)


 あれからずっと、おかしな夢を見続けてる。

 欠片も覚えてないのに、取り戻さなきゃいけない夢。

 思い出さなきゃ。取り戻さなきゃ。

 心がギューッと苦しくなって。無理やり抑えつけられてる感情が爆発しそうになって。

 怒り? 悲しみ? 憎しみ? 切ない? 辛い? やるせない? 

 何かわからない。わからないまま、わーっと声を限りに叫びたくて。どうしようもなく胸を掻きむしって泣きたくて。

 渦巻く感情に自分が翻弄されてる。なのに、その感情がどうして生まれてくるのか、それがなんにもわからない。

 たった一つわかることは、この感情が生まれたのは、あのノートを見てからだということ。


 (ノートの小説に感銘を受けた……とか?)


 マンガやドラマを見て感動する――みたいな。


 (たった1ページ読んだだけで?)


 俺が読んだのは、ノート1ページにも満たない、短い文章。それだけで、心動かされるとは、到底思えない。


 (もう一度読んだら、この気持ちに説明がつくか?)


 あのノートがきっかけでおかしな夢を見続けるのなら。その答えも、もしかしたらノートにあるかもしれない。俺が読んだ部分だけじゃない。2ページ目以降。あの小説を全て読み切れば、あるいは。


 (でもなあ……)


 あのノート、桜町が読ませてくれっかなあ。

 机に潰れたまま、ノートの持ち主の背中を眺める。

 桜町。桜町、えっと……桜町、――なんだっけ?

 下の名前は覚えてないけど、クラスメートの桜町。

 俺や五木、川成とは「クラスメート」って括り以外に接点のない男。

 いっつも教室で物静かに過ごしてて、今だって休み時間だってのに、本を読んで過ごしてる。頭もかなり良くって、その顔は、「ザ☆インテリ」って感じの銀縁眼鏡のクール系。今も、その少し髪が流れ落ちた横顔が、「秀才ですけど何か?」ってドヤってるように見える。バカなことを言ったら、無言の「眼鏡クイッ(中指)」でブロック、跳ね返されそう。近寄りがたい。

 そんなヤツに、「お願い、あの小説をもう一回見せて」? 無理だろ。アイツ自身、誰にも見せるつもりはないって言ってたし。

 俺が見たのはたまたま、アイツにとっては迷惑極まりない事故みたいなもんだっただろうし。

 正面から頼むのは無理だろうから、コッソリ机の中から引っ張り出して盗み見……はダメだろうな。さすがに。

 

 「なあなあ、それよかさ。新里、ノート写させてくれ」


 「は?」


 「次の古文さ、オレ、当てられるんだよ」


 だから、お願い!

 話題を変えて、五木が俺を拝む。


 「……まったく、しょうがねえなあ」


 言いながら、机から自分のノートを取り出す。


 「サンキュ!」


 さっそく俺の隣、自分の席に腰掛けて、ノートを移し始める五木。


 「三日は大変だな、五木」


 「おうよ。三日、十三、二十三。ろくなことがねえやな」


 喋りながらも、ノートから目を離さず、筆記のスピードも落ちない。


 「そういう川成も、明後日には大変なんじゃないのか?」


 出席番号三番の五木と、五番の川成。それぞれ、三のつく日と五のつく日は鬼門、仏滅。あらゆる科目、出席番号で当てるの好きな教師の餌食になりやすい。


 「残念でした~。五日は土曜だから、当たらないんだよ~ん」


 「あ、クソ。ずりぃぞ、川成!」


 怒ってペンの速度が落ちた五木。

 なんていうのか、低レベルの争い。


 「ま、当たったとしても、新里のノートを写させてもらっておけば、大丈夫だし」


 「だな」


 「こら待て。お前らなんでもかんでも俺頼みかよ」


 「だって、新里、古典だけ(・・)は得意じゃん」


 「お前、古文だけ(・・)はちゃんと予習してくるしな」


 「……それって、褒めてんのか? それともけなしてんのか?」


 古典だけ(・・)ってヒドくないか?

 まあ、実際、古典以外の予習はしてきてないけど。


 「新里の読み下し文が、いっちゃんわかりやすいんだって」


 「そうそう。超口語訳だしな。お前の訳を使うとさ、ウケがいいんだよ」


 「って、古典にウケはいらないだろ」


 調子に乗った二人のフォロー(とツッコミ)。


 「でも、新里の訳文、わかりやすいし、おもしれえんだよな。先生も笑ってたし」


 「ああ、あの『伊勢物語』な! 駆け落ちした男が、隠した女を鬼にパクッと喰われちまったってヤツ!」


 「巨人じゃねえんだからって、面白かったよな!」


 俺としては、「愛の逃避行(笑)」を真面目に訳したつもりだったんだが。聞いてた連中には、「駆逐してやる!」のアレのように思えたらしい。(そして大笑い)

 古典の訳文。

 「ありおりはべりいまそかり」とか、そういう文法はからっきしだけど、訳文だったら、特に困ったことはない。というか、「これを訳すの? どうやって?」って思うことが多い。書いてあるそのままで意味が理解できるのに、これ以上、どうやってわかりやすく書けと言うんだっていつも思ってる。


 「ほら、授業始めるぞ~! 席につけ~!」

 「ッシャッ!」


 五木が書き写し終えるのと同時に教室に入ってきた古典教師、水谷。

 「サンキュッ!」と軽い挨拶とともにノートを返してきた五木。慌てた川成も、跳ねるように俺の後ろの席へ。さっきまで小説を読んでたはずの桜町は、姿勢も変えず落ち着いて前を向いてる。他にもクラスメートがそれぞれの席に戻って、授業が始まる。

……って、あー、眠い。

 アイツらと喋ってるときはまだいいんだけど、授業が始まっちまうと、アフ……。


 「なんだ、新里、眠いのか?」


 フェイ?


 「よし。今日は趣向を変えて、この列のヤツを当てていくぞ。ってことで、新里。76ページのそれを読め。その後ろは、呼んだところの訳だ。準備しておけ」


 水谷の少し嫌味な笑い。寝ぼけた俺がロクに読めねえことを期待してるんだろうけど。フッ。甘いな。

 別に古文を読むぐらい、俺サマにはオチャノコサイサイ、チョチョイノチョーイだぜ――と、立ち上がった俺のケツに、バインと小さな振動。

 テメエのせいで、おれまで当てられんじゃねえか! どうしてくれんだよ! 

 という、川成のノック式ボールペン攻撃。

 この列……ってことは、俺の読んだ後に、訳を発表させられるのは川成。

 古典ヨユーの俺と、ノート丸写し済みの五木と違って、川成はノーマーク(?)で、なんの準備もしていない。おそらくだけど、川成の後ろに続く席の連中も。


 「昔、男ありけり。その男、身も要なきものに思ひなして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとて、行きけり。もとより友とする人一人二人して、行きけり。道知れる人もなくて――」


 バイン、バイン、バイン。

 

 わかった。

 ノート、見せてやるから、そんなに突くな。

 でないと、ケツがくすぐったくて、笑いながら音読する変態になっちまう。

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